ルミナスは、店を後にする
ゆっくりとカップを傾けたマナは、俯き、肩を落として視線をテーブルの上に固定している。独り言が周りに聞こえていたとは、思っていないようだった。
「……わたしとルミナスだけで話をしてたから、退屈させてしまいましたね。申し訳ありません。」
眉尻を下げたクレアが、マナに対して軽く頭を下げる。ハッとしたように顔を上げて、キョロキョロと視線を彷徨わせたマナは、カーッと顔を赤くした。独り言を聞かれたことに気づいたみたいだ。
マナは手に持っていたカップをテーブルの上に戻すと、クレアに真っ直ぐ視線を向けて、口を開く。
「あの……敬語、やめて下さい。……マナは、クレアさんよりも、ルミナスさんとの付き合いは短いですけど……」
言葉が途切れ、チラッと私を見たマナが「る、ルミナスさんの一番の友達は、マナですからねっ!」と声を上げて、プイッと顔を逸らした。「友達に一番とか無いだろ。」とすかさず指摘したイアンに、マナはジト目でイアンを見ながら、口を尖らせている。
『 一番の友人はマナですからね 』
同じ台詞を、マナは前にも言ったことがある。
………確か、パジャマパーティーをした後だっけ。
あの時は寝たふりをマナがしてたなぁ…と思い出して懐かしく感じた。今でこそ誰に対してもフレンドリーなマナだけど、国を出たばかりの頃、エクレアに対してどう接したら良いか…と悩んでいた。
「ルミナスに可愛い友達がいて、羨ましいなぁ〜。」
クレアが私を見ながら、なんかニヤニヤしてる。
マナの耳と尻尾を見てから私に視線を移したから、触ってみたいと思ってるのかな。
「一番の友達なら…ルミナスとマナは、親友だね。」
クレアが、ニコッと笑みを浮かべた。
『 親友 』
なんて……素敵な響きだろう。
私がジ〜ンと胸を熱くしながらマナに視線を向けると、猫耳をピクピクと動かしてるマナが「しんゆう…?」と呟き、首をかしげる。あまりグラウス王国では、馴染みのない言葉だったようだ。
「そう。親友は、特別な友達のことだよ。」
マナに対する口調を砕けて説明したクレアに、マナが「特別…」と言葉を反復して、私に視線を移す。「ルミナスさんは…マナと親友ですか!?」と若干声を弾ませて、尋ねてきた。
「うん。マナは私にとって…特別な友達だよ。」
言葉にすると少し照れ臭いけれど「私たち…親友だね。」と言って、微笑む。するとマナはパッと明るい表情になり、花が咲くように頰を緩ませた。
「急にどうしたんだ? ……まさか、発情期か?」
「バカ! イアンと一緒にしないでっ!! 」
もーーー! と、マナはふくれっ面になる。口を結んだイアンはソファに深く座り直して、腕を前で組み、少し不機嫌そうな顔をしていた。イアンなりに心配して声をかけたのだろうけど、マナが発情期だとしたら……と想像して、感情的になってカップを破壊してる姿が頭に浮かんだ。
「………あっ、えっと……」
私と目が合ったマナが、気まずそうに視線を逸らす。
「どうしたの? 」
何かあるなら話してほしい。そう思いながらマナに視線を向けたままでいると、紅茶を一口飲んだマナは観念したように、こちらに目を向けた。
「〜〜〜〜っ、く、クレアさんが、ルミナスさんを呼び捨てにして……2人の距離が、すごく近いように感じたんです。なんだか、いいなぁって思って……。」
頰を赤らめ、気恥ずかしそうにしながらマナは言葉を紡いだ。思い返せば…エクレアも、友達のなかで誰も私を呼び捨てにしないし、敬語で喋ってる。クレアと私は前世からの付き合いだから特に気にしてなかったけど、ラージスだけじゃなく、マナも引っかかっていたようだ。
「マナも私のことを呼び捨てにして良いし、敬語もやめていいんだよ?」
「う〜ん…でも、ルミナスさんのことをマナは尊敬してますから、このままで良いですよ。……親友になれて、嬉しいです。」
えへへっと照れたように笑ったマナに「わたしと、友達になってくれるかな?」とクレアが話しかけた。
「はいっ!」
マナの明るい声を聞いて、嬉しそうな笑みを浮かべたクレアが「マナは、どの商品が気に入った?」と尋ねた。「綺麗な音の鳴る、これが好きです。」と返したマナは、テーブルの上でボールを転がして音を鳴らしている。尊敬してるとマナに言われた私は、嬉しくて口元が自然と緩みながら、2人の会話が弾んでる声を聞いていた。ふと…見られている気がして、私はイアンに視線を移す。
「……マナは単純だから、それで良いんだろうが…俺も気になった。2人の距離が近いと感じたのは、他に何か理由があるんじゃないか?」
イアンの言葉に、私は内心ギクっとする。マナが眉を釣り上げてムッとした顔をしているのは『 単純 』と言われて怒っているからだろう。クレアがパクパクと口を動かして、テーブルの上に置いてあるリバーシ改や、他の物を指差している。マナとイアンは私の方を見てるから、クレアの動きに気づいていない。
………? 前世に関することかな……
クレアは声に出していないけど、なんとなく、話してないの? と問われているような気がした。
「知らない言葉が出てたから、話についていけなかっただけ。イアンもそーなんでしょ?」
気にしたって仕方ないじゃん。と言ってクッキーに手を伸ばしたマナはパクっと食べて、「んっ! 美味しいです!」とクレアに向かって満面の笑顔を見せてる。
………そっかぁ〜。もしかしたら、マナは会話に加わろうとして出来なかったのかな。さっき、『オーブン』とか『カフェ』とか……この世界にない単語ばかり並べて、クレアと話してたもんなぁ……。
出身国が違うから…と、マナは思っていそうだ。マナはもう気にしてないようだけど、イアンは私から視線を外さない。
「ルミナス。……何か、隠してることがあるのか?」
イアンの真剣みを帯びた声を聞いて、私は平静を装いながらも戸惑いを感じる。クレアにチラリと視線を向けると「もー。イアンにルミナスさんが、隠し事するわけないじゃん。」と呆れたような口調でマナが喋り、クレアは私だけに見えるように親指を立てていた。
………話した方が良いのかな…で、でもなぁ〜…
どうしよう…と私が口を結んだまま黙っていると、扉が開いて「お待たせしました〜。」と木箱を持っているロリエ会長と、ラージスが戻ってきた。
「ありがとうございます。」
私は立ち上がって、ロリエ会長から木箱を受け取る。木箱は青いリボンで、綺麗にラッピングされていた。………クレアがロリエ会長に教えたのかな?
包装紙で包まれているわけじゃないけど、特別な感じがして、なんだか嬉しい。
「ルミナス、他の店にも行くの?」
「うん。明日王都を発つつもりだから…広場にある店には、一通り行くつもりだよ。」
クレアは立ち上がって「そうなんだ…」と声を落とした。別れを寂しがってくれてるのかな…と思った私は「ま、また遊びに来るからね。クレアもグラウス王国に遊びにおいでよ!」と若干早口で喋る。別れは寂しいけれど、これから会う機会は沢山あるんだ。今回の旅は馬車で移動してるから時間がかかるけど、魔法を使えば、すぐに会いにこれる。
木箱を胸に抱えたまま、クレアを見つめていると……
「ありがとう…ルミナス。絶対、また会おうね。」
「うん!」
笑顔で私とクレアは、再び会う約束を交わした。
「遊びに来る時は、マナも付いてきますからね〜!」と言いながら立ち上がったマナは、すっかりいつもの調子に戻っていた。室内は和やかな空気に包まれたように感じたけど、無言のままでいるイアンは、ムスッとした顔をしている。
………ごめんね、イアン。
答えれなかったことに対して、私は心の中で謝罪した。店を出ることにした私たちは、ロリエ会長達の見送りを受けることになったけど……
「ルミナス。」
部屋を出る寸前、クレアに腕を掴まれて引き止められる。立ち止まったイアン達には店の出入り口の扉前で待っててもらい、一度室内に戻って扉を閉めた私は、クレアと2人きりで向かい合う。
「前世の記憶について、ルミナスは今まで誰にも話してないの?」
私が頷いて返すと、クレアは再び口を開く。
「前世の記憶に関しては人に話すべきじゃないって、身にしみたけど…イアン王子は婚約者なんだし、別に隠す必要はないんじゃない? 前世の記憶があって、今のわたしやルミナスがいるんだから…正直に話した方が良いよ。」
信じてもらえるかは、別だけどね。と言って苦笑を漏らしたクレアを見て、ラージスに信じてもらえなかったのがショックだったのかなぁ…と私は思った。前世の記憶にある知識は、公爵のような輩に目をつけられたら、危険だ。大っぴらに人に言うつもりはないけれど、クレアの言う通り、イアンには打ち明けるべきだとも思う。
「いつかは…話すつもりだよ。」
薄く笑みを浮かべると、クレアは頷き、後押しをするように私の肩を軽く叩いた。イアン達と合流した私は、ゆっくりとした足取りで店を後にする。




