ルミナスは、項垂れる
カン カン カン カン カン カン カン
もしもしかめよ〜と可愛らしい声で歌を口ずさみながら、テンポ良く音が鳴っている。私は固唾をのんで、クレアの手元に注目していた。
ぽろっと玉が落ち……
ガッカリした顔で「あ〜…」とクレアが声を漏らす。………20回位してた! パチパチと私が拍手すると、クレアは照れたような笑みを浮かべる。
テーブルの上には、クレアの考案( 前世の記憶参考に ) した試作品が並んでいる。私たちはソファに座り、クレアに1つずつ説明と実演をしてもらっていた。今は、けん玉の技をいくつか披露してもらった所だ。リバーシの注文が殺到して、一時期は店内が客で溢れていたけれど、予約してもらって客足は落ち着いたとクレアから聞いた。
「クレア上手だね!」
凄い凄いっ! と私が褒めると、ぽっと頰が赤らんだクレアは「……ルミナスも、やってみて。」と言って、けん玉を手渡してくる。
………前世では、小さい頃に遊んでたけど……
立ち上がると、クレアがやった時よりも周りに注目されているような気がした。皿に玉を乗せ「もしも〜」と、緊張しながら始めると……
「あっ!!」
一回しか出来なかった私は、ガクッと項垂れる。
………前世でもそうだった。全然、出来ない。
はぁ…とため息を吐き、けん玉を返そうとしたら、クレアは口を両手で押さえながら肩を震わせて、必死に笑いを堪えていた。
「〜〜〜っ、てっきり……わたしより、出来ると…」
「出来ないよ! 」
むぅ…としながらクレアに、けん玉を差し出す。
小学生の頃、けん玉を上手くなりたくて家で密かに練習を重ねたけど、結局できず、友達の輪に入ることが出来なかった。受け取ったクレアは「ごめんね。」と軽い口調で言って、アハハと笑う。ラージスがクレアと私を交互にチラ見して、不安そうにしてるのは……まぁ、気にしないことにしよう。クレアと私が急に仲良くなって、違和感を感じているのだろう。
「ルミナス。アクア様には珍しい品をお土産にしたいと言ってたよな。この、けん玉が良いんじゃないか?」
イアンがクレアから、けん玉を受け取る。
紐を垂らし、左右に玉を揺らして真剣な表情のイアンが、なんだか可愛いい。心が和みながら「ん―…そう、だね……」と返して、テーブルの上にある品々に、私は視線を向けた。
・リバーシ改……駒が円形ではなく札のように四角い形をしてる。足つきではなく、盤上のみで、シンプルに作られた物だ。凝った細工は一切ない。貴族達からの注文の品が全て納品でき次第、次は平民用として売り出そうとしてる品だそうだ。
・コマ回し……まだ1つしかないけど、数を増やしたいと言っていた。
・布製のボール……クレアの自作で、聞いた時は裁縫スキルの高さに驚いた。中には鈴が入れてある。転がすと綺麗な音が鳴って、マナが手に取って遊んでいた。王子誕生の知らせを耳にして、赤ちゃんの玩具を沢山作りたいと、クレアが楽しそうに話していた。
………リバーシは持ってるもんね。イアンの言う通り、けん玉をお土産にしたらアクア様…喜びそう。
アクア様が遊んでる姿を想像するだけで、口元がにやけそうになる。でも『 試作品 』と言ってたから、売り物じゃないよなぁ……と私が考えている間に、イアンが「いくらだ? 」とクレアに尋ねていた。
「お気に召したなら、無償で…」
「リバーシの金を払っていない。俺たちは買い物をしに来たんだから、ちゃんと金を払う。」
クレアの言葉を遮ったイアンが、腰に下げている小袋を手で揺らして、貨幣のぶつかる音が鳴った。
「かしこまりました。本日お持ち帰りなさるなら、新品をお渡しできませんが…それでも構いませんか?」
クレアが尋ねて、イアンが私に視線を向ける。私が頷くと「大丈夫だ。」とイアンが返答した。
………良かった、売ってもらえるんだ。
新品を用意してもらったら、作るのに日数がかかるだろう。お土産として持って帰れるのが一番良い。グラウス王国に届けてもらうのも悪いし、試作品と言っていたけど、十分に商品として売れる品だ。
「ご購入頂きまして、ありがとうございます。」
クレアがニコッと笑みを浮かべて、頭を下げてくる。並んで座っているロリエ会長とラージスも、揃って頭を下げてきた。
「でも……けん玉は、これ1つだけでしょう? 本当に売っていいの?」
心配になって私が話しかけると「大丈夫だよ。」と笑顔で言ってクレアは、イアンがテーブルの上に置いた、けん玉を手に取り、隣に座ってるロリエ会長に手渡した。
「会長。けん玉を入れるサイズの木箱があるか、探してもらえますか?」
キリッとしている商人モードのクレアは、母親に対しての呼び方や言葉遣いが変わってる。
「確か……クレアちゃん、前に色々なサイズの木箱を頼んでいたものね。」
下唇に指を当てたロリエ会長は、ん〜…と声を漏らして、木箱がどこにあるか思い出そうとしているようだ。2人が並んでいると、姉妹に見えてくる。そしてクレアの方が会長っぽいと思ってしまった。
「ねぇ、ラージス君。一緒に探しましょう。」
立ち上がったロリエ会長が、ラージスの腕をグイグイ引っ張り、立つように促す。ラージスはクレア1人を残してくのが不安な様子だったけど「私だけだと、ルミナス様方を待たせちゃうわ。」とロリエ会長が急かした為、仕方なさそうにラージスは立ち上がり、私たちに向かって一礼してから、部屋を出ていった。
箱を用意してもらっている間に、イアンとクレアがお金のやりとりをする。新品じゃないから、クレアは売り出す予定の値段よりも、値下げしてくれていた。
「飲み物をお持ちします。少々お待ち下さいませ。」
イアンから受け取った貨幣を、大事そうに手に持ちながら、クレアが席を外す。マナとイアンがリバーシ改で遊んでいる間に、クレアがトレーを持って戻ってきた。
「昨日作ったやつなんだけど…良かったら食べて。」
クレアがテーブルの上にカップと、モザイククッキーが数枚載せられた小皿を置いていく。
………え? クレアが焼いたの?
イアンとマナの前に置いている間、紅茶を飲んでみると…すごく美味しい。城の使用人が淹れてくれる紅茶も美味しいけど、クレアの淹れてくれた紅茶の味も抜群だ。次はクッキーを一口かじってみる。
………うまっ!!
思わずクッキーとクレアを交互に見る。店で商品として出せるレベルだ。サクサク加減も中のしっとりした感触も絶妙だし、色が付いてる部分は紅茶を使ってるようだ。
「クレア。紅茶もクッキーも、すごく美味しいよ。カフェを開いたら大盛況しそうだね!」
正面に座ったクレアに視線を向けて私が絶賛すると、クレアは苦笑いを浮かべた。
「ん〜…作るのは好きだけど、オーブンが無いから焼くのが大変だよ。調理器具は自分で作れないし、構造も知らないから…カフェを開くのは無理かな。」
あれば良いな〜とは思うけどね。と言ったクレアに、同意するように私は相槌を打つ。メイドカフェに執事カフェ……コスチュームを用意して…と妄想はいくらでも湧くけど、現実的に考えると大変そうだ。
「オーブンだけじゃなく、ガスコンロがあれば便利だよね。私の魔法で色々作れるけど…調理器具は無理だな…」
頰に手を当てながら前世の記憶を辿ってみるけど、イメージするのは無理だ。仕組みが分からない。そもそも料理をする機会の少なかった私は、調理器具に触れることがあまりなかった。
「火を起こすだけでも手間がかるし、なんでも手作業で作るから、時間がかかるのが難点だよ。リバーシを1つ作ってもらうのも…けん玉だって随分前に依頼して、最近ようやく1つ出来たんだ。どんな物か説明するのが大変だったけどね。」
ふう…とクレアが軽く溜息をつく。
クレアが魔法を使えてたら、あっという間にリバーシを大量に作っていたかも。けれど職人達だって仕事がもらえるから、時間がかかっても任せる方が良いんだろうなぁ…と私が考えていると………
「ルミナスさんが、クレアさんと話してる時……すごく……楽しそう……」
ぽつりぽつりと、独り言のような声が聞こえてきて、私は顔を横に向けた。




