旅立つ者
「お前の意思は…変わらんのだな?」
王子誕生が民達に知らされた翌日。
朝早くハウベルト王の寝室に、シルフォードは着替えを済ませてから訪れていた。ガウンを羽織っている王は、ソファに深く座っている。その隣に座るシルフォードは意志の強い瞳で見つめ返すと、口を開いた。
「はい。アンジェロ兄様と共に行きます。報告のために城へ戻って来たら……僕を新たな領主として、正式に任命して下さい。」
それを聞いた王は、シルフォードの決意は固いと感じて「まずは現状の把握に努めよ。…城を発つ前に、ルミナス様方に挨拶を忘れずにな。」と言って、薄く笑みを浮かべた。
「はい!」
シルフォードは満面の笑みで返す。
ふっと顔を綻ばせ、穏やかな表情の王が両手を大きく広げると、シルフォードは少し恥ずかしそうにしながらも、その胸に飛び込み、ぎゅうっ…と力強く抱きしめられた。
………立派になったな。シルフォード……
2人きりの空間で、旅立つシルフォードの成長を親として感慨深い気持ちになりながら、抱きしめていた腕を解き、久しぶりに頭を撫でる。
頰を赤らめて、くすぐったい気持ちになったシルフォードは、ゆっくりと立ち上がると、王に向かって頭を深々と下げ、部屋を退室した。
公爵の犯した罪は、公にされていないが、領地に赴いて早急に調査する必要があった。
アンジェロが、騎士達を率いて王都を発つことが決まっており、その話し合いの最中に、執務室内にいたシルフォードが、共に行きたいと名乗りを上げた。
『 国王陛下。クラッセ領は王都から遠く離れていますが、海に面した土地を僕は治めたいと、以前から考えておりました。その領地を、僕に任せて下さい。』
もちろん武器には一切興味ございません。と笑顔で付け加えたシルフォードに、聞いていた者達は呆気に取られた。
フィーユは平民の身になり、傭兵として暮らすと本人の強い意志があった為、跡を継ぐ者がいない。そのため新しい領主に土地を治めさせる予定ではあった。クラッセ領は特産品もなく、人口も少ない田舎の領地。今まではそう思われていたが、公爵の証言により、調査してみないことには正確なことが分からずにいる。武器の製造を直ちにやめさせ、危険な物は処分、または回収をして王都に持ち帰る予定だ。今後武器開発をさせるつもりのない王は、何を考えているのか問うと、シルフォードの口から壮大な計画を聞くことになった。
実現できれば、交易がより良いものとなるだろう。領主を務めるのに年齢制限はないが、シルフォードは知識はあっても経験はないため、家臣達の協力も必要となってくる。
アンジェロとシルフォードが戻ってきた頃に、王弟フェラート・クラッセは病死したとされ、シルフォードが新たな領主となるのだが………
それは、まだ先のことだ。
今日の天気はあいにくの曇り空だが、それでも出発に変更はない。使用人達が、アンジェロとシルフォードの旅支度をしている間に、2人は朝食を済ませてルミナスの部屋に向かっていた。
「シルフォード。挨拶したら、すぐに城を発つよ。……母上には別れの挨拶をしてきたのかな?」
並んで廊下を歩きながら話しかけてきたアンジェロに、シルフォードは母親の温かい笑顔を思い出して、くすりと笑みを零す。
「昨日の夜、母上に話しましたよ。僕の旅立ちを喜んでくれました。」
シルフォードは、ずっと母親のことが気がかりだったが、無事に出産して母子共に元気な姿を目にした時から、側を離れようと決心していた。
コンコン
ルミナスの部屋に着くと護衛の騎士が扉を叩いて、アンジェロとシルフォードの訪れを室内に告げる。「どうぞ〜。」と、のんびりとした口調でルミナスが応えた。室内に入ると、ニコニコと機嫌の良いルミナスが、2人の前に歩み寄る。
「ごきげんよう。本日は広場に買い物をしに行くのですけど…アンジェロ王子とシルフォード王子も良かったら、ご一緒しませんか?」
にっこりと唇が弧を描き、小さく首を傾げるルミナスを見て、出立を前にしていたアンジェロとシルフォードの心が揺れる。
特にアンジェロの心は激しく揺れた。
出立を1日遅らせて……と考えが頭に浮かんだが、アンジェロは胸に手を当てて、気持ちを落ち着かせる。今までルミナスの後を勝手に付いて回ったりしたが、初めてルミナスから誘われて、心の中では嬉しくて堪らなかった。一方ルミナスは、皆で買い物楽しそう〜と軽い気持ちで誘っていた。イアンとラブラブの状態に戻り、憂いのないルミナスは、買い物のことで頭がいっぱいだった。
「ルミナス様…実は、僕とアンジェロ兄様は騎士達と共にクラッセ領へ調査に行って参ります。この後すぐに城を発ちますので、ご挨拶に伺ったのです。」
眉尻を下げて寂しげな表情のシルフォードに、2人がクラッセ領に行くことを知らなかったルミナスは「え…」と声を漏らして、目を瞬かせた。
アンジェロは自分が言おうとしていた言葉をシルフォードに先に言われて、不甲斐ない気持ちになる。
ソファに座っていたイアンが「座って話したらどうだ?」と声をかけて、扉の前にいた3人はソファに移動した。マナは仲良くなった庭師の所に行っているため、室内にいるのは4人と、壁際には使用人が数人並び立ち、ルミナスの影の中にはリヒトがいる。
「ルミナス様方がいられる間に、王都を離れることになってしまい……誠に申し訳ございません。」
先ほど出遅れた分を取り戻すかのように、アンジェロがソファに座ると同時に謝罪を述べ、頭を下げた。
「いえ、その…」
口籠るルミナスに、頭を上げたアンジェロの鼓動が早まる。続きの言葉を黙って待っていると……
「今日の買い物で良い品が見つかりましたら、わたくし達は明日にでも、城を発つつもりでいましたの。」
謝る必要ないですわ。と言葉を続けたルミナスは、ニコッと笑う。1日違いになってしまったけど、大して変わらない…とルミナスは思っていた。昨日部屋にこもっていたから、イアンとルミナス、マナとリヒトの4人で、今後の予定を話す時間は十分にあった。買い物から戻ってきてから王に伝えようとしていたので、初耳のアンジェロとシルフォードは、驚いて目を丸くする。
ルミナス達の滞在日数が定かでなかったため、2人はクラッセ領に赴くことを優先したが、ルミナス達の見送りをできないことに、2人は申し訳ない気持ちになる。
「ルミナス。アンジェロ王子達の見送りをしてから、広場に行くか。俺はマナを呼んでくる。」
「そうだね! ……あっ、それなら支度も出来てるし、城の出入り口前で待ってて良いよ。」
イアンからの提案に、ルミナスは名案だと言わんばかりに頷いて返すと、イアンは扉をくぐって廊下に出る。
「わたくし達も行きましょう。」
ルミナスに促された2人は立ち上がって、3人は話をしながら、ゆっくりと廊下を歩いた。
………………
…………
「アンジェロ王子! シルフォード王子!」
どうぞ!! と明るい声でマナが、2人に花束を差し出す。城の外には馬車が横付けされていて、その前にはイアンと、花束を抱えたマナの姿を見てルミナスと2人は驚いた。イアンが呼びに来た時に、見送りするなら花を用意しようと考えたマナが、急いで庭師と用意したものだ。
お礼を述べながら花束を受け取った2人だったが、両手でようやく持てたシルフォードの顔が、色とりどりの花々で見えなくなる。その可愛らしい姿に、思わずルミナスは笑いそうになり、口を手で覆い隠した。
「……アンジェロ王子。またお会いできる日を楽しみにしています。道中気をつけて下さいね。」
ルミナスの優しげな微笑みに、アンジェロの鼓動は早まり、胸が熱くなる。
「……っ……あ、ありがとうございます。皆様も、国にお帰りの際は、道中お気を付け下さいませ。」
嬉しさのあまり、アンジェロの声は微かに震えた。
………また、お会いしてもらえる。これからも交流する機会があるんだ……
そう思うアンジェロは、リゼに会ってから様々なことを知り、肩に重くのしかかっていたものが、溶けて消えたように体が軽くなり、心が満たされたような気持ちになった。
「シルフォード王子。貴方は偉業を成し遂げると…わたくしは信じていますわ。」
顔が見えるように間近で話しかけたルミナスに、胸が高鳴るシルフォードは「はい! 頑張ります!」と声を弾ませ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
………僕なら出来る。必ず成し遂げてみせる。次にお会いする時、立派な男としてルミナス様の前に立つんだ。
そう思うシルフォードは、廊下を歩いている時ルミナスに、何故シルフォード王子も行かれるの? と尋ねられ、自分がやりたいことを正直に話していた。
『 素晴らしいですわ。わたくしも何かお役に立てるなら、協力致しますよ。互いの国で港を作る必要がありますね…完成したら船に乗せて下さい。』
そう言ったルミナスに対して、シルフォードは自分の考えに、自信をもつようになった。初めての試みに不安もあったが、今は何の不安も感じない。将来ルミナスを船に乗せて海を渡る自分の姿を想像して、心が踊り、やる気に満ちている。
アンジェロとシルフォードは影に向かってリヒトにも挨拶をした後、マナとイアンとも別れの挨拶を交わして花束を抱えたまま、馬車に乗り込んだ。2人が羽織っているジャケットのポケットには、リリィが作り、ルミナスから受け取ったハンカチが入れてある。
ルミナス達の温かい見送りに感謝の念抱きながら、城を発ち、城門で待ち合わせていたフィーユと合流して、クラッセ領に向けて旅立った。
お読みいただき、ありがとうございます!
次話、ルミナス視点になります!




