裏側の出来事
翌日。
王子の誕生が民達に知らされ、街中は活気にあふれていた。貴族達は祝いの言葉を送るべく、続々と城へ足を運ばせる。人の出入りが多くなるため、ルミナス達4人は部屋でのんびりと過ごしていた。料理長が食べ切れないほどのお菓子を用意してくれるので、ルミナスは大満足だ。
「ほらほら〜。急いで積み込んでね。」
「はいっす!」
グレイス商会の店舗内で、タクトは元気よくアジールに向かって返事を返し、城に持っていく鞄を箱馬車に積み込む。忙しなくタクトが店内と外を行き来し、その表情はとても生き生きとしていた。アジールは椅子に座りながら、機嫌良さそうにタクトを目で追っている。タクトが積み込んでいるいくつもの鞄の中には、グレイス商会で扱う赤子の衣類が入っていた。
会長のルコットが馬車に乗り込み、アジールが軽い足取りで後に続く。ルコットとアジールの2人は城へ衣類の販売と、赤子に必要な物が他にないか尋ねに行こうとしていた。
「それじゃあ、店を頼むわね〜。」
アジールの投げキッスを受けたのは、タクトだ。
ぶるりと体を身震いさせたタクトは頭を下げ、ウフフとアジールは口に手を当てながら、上品に笑う。グレイス商会で働く商人と、見習いのタクトに見送られながら、馬車は城に向かって進み出した。
………よしっ! 頑張るっす!
店内に戻り、気合いを入れたタクトは、いつも以上に念入りに床や窓を磨き上げる。バルバールの力になりたい一心で、商人をやめると告げて飛び出してきたタクトは、孤児院の子供たちが落ち着き、アンジェロと騎士達がいなくなった後に、バルバールに『 お前は商人になるンだ! さっさと店に行くゾ! 』と言われ、2人で店に戻ってきた。
アジールに向かって土下座する勢いで謝り、タクトを商会で働かせてくれ! とバルバールが必死に頼み込むと、『 あら〜? なんのことかしら? ワタシ、な〜んにも聞いてないわよ。』アジールは、とぼけた振りをしてタクトの発言を無かったことにした為、新たな気持ちでタクトは再スタートできていた。
「タクト。そろそろ船が来る頃だ。荷物の受け取りに行ってくれ。」
「はいっす! 」
店内にいる商人からの指示に、ニカッと満面の笑顔で返したタクトは店の裏口から外に出る。目の前に見える水路の端に、船が停まっていた。
………あれ? いつもの人と、違うっす。
荷物を運んでくる船頭はいつも同じ人だったため、タクトは怪訝に思う。人が変わったっすか? と疑問に思いながら船に近づくと……
船に乗っていた船頭の男に、突然腕を掴まれて船上に引きずり込まれた。ぅわぁ!! と驚いて声を上げたタクトは、うつ伏せに倒れる。「騒ぐな。」と男に耳元で囁かれて、ビクッと肩を震わせた。
「な、………っ……!?」
「声を出すな。……そのまま、立ち上がれ。」
タクトが声を発しようとすると、首元にナイフを突きつけられた。男はキョロキョロと辺りを見回し、船が通り過ぎようとするのが視界に入り、恐る恐る立ち上がったタクトの背中に、船から見えないようにナイフを突きつける。
船が通り過ぎるのを待ち、男はタクトを脅す。
その内容は、広場に荷物を運ぶのを手伝えというものだった。
タクトが口を開こうとすると、男は「殺すぞ。言う通りにしろ。」と威圧的な態度をとる。
荷物の中身は……全て爆薬だ。
船には木箱が数箱積んであり、男は荷物の中身について、タクトに教える気はなかった。
「運んだ後、お前に用はない。俺のことを誰にも言わずに黙っていれば、殺さずに……っ……!?」
男は言葉を詰まらせた。後ろから水の跳ねるような音がして振り向くと、船のへりに、何者かの手がかかっている。水路から船に乗り込もうとしているように見えた男は、警戒してナイフを水路の方に向けるが……
男がその動作をしている間に、水で重くなった体をものともしない身のこなしで、船に上がった者が一気に迫っていた。男は化け物を目にしたような形相で「く、来るなぁあああああ!」と声を上げながら、ナイフを振るう。
ナイフは空を切り、頭に衝撃を受けた男は船上に倒れた。回し蹴りを男に当てた者は足を下ろし、呆然としているタクトに視線を向ける。
「………無事か?」
「〜〜〜〜っあ!? は、はいっす! アルさん、ありがとうございまっす!!」
タクトがペコペコと頭を下げる。
上半身裸のアルは、濡れた前髪をかきあげ、裸足で歩いて男に近づく。足下にはポタポタと水が垂れ落ちていた。
「………っ…ぅゔ……く、クソッ………!」
裏切り者め……と低く、恨みのこもった声を出した男はアルを睨みつける。
「……お前とオレは、違う。」
アルは男が身動きできないように組み伏せたまま、跳ね橋に視線を向ける。水路の向こう側で待機していた騎士達が跳ね橋を渡り、こちら側に移動していた。
騎士により男は縄で後ろ手に縛られて、その間にタクトは急いで店に戻ってタオルを取ってくると、船から降りたアルへと手渡した。
「………すまない。」
「いえ! 助かったっす!」
笑顔でタクトが、もう一度アルに向かってお礼を述べていると、船が近づいてきて騎士が集まっている様子に船頭が首をかしげる。その船頭はいつも荷物を運んできていた者で、顔を見て気づいたタクトが「あっ!」と声を上げて船に近づいた。
アルは受け取ったタオルで体や髪を拭き、男が騎士に連れられながらアルの横を通り過ぎ……
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね…皆、死んじまえ…」
ブツブツと独り言を呟きながら、男は涎を垂らす。騎士は気味悪そうにしながら「さっさと歩け!」と強い口調で言って、男を急かした。
………奴は、闇から抜け出せないな……。
アルは男を目で追いながら軽くため息をつくと、これでオレが顔を知る奴は全員捕らえた…と思いながら、晴れ渡る空を仰いだ。
数ヶ月前に民達が奮起して、オルウェンが悪政を敷いていたこと、亡くなったことは、ニルジール王国内にも伝わっている。オルウェンの命により国内に潜伏していた者達は、それを耳にした時に手放しで喜ぶ事が出来なかった。
家族が、恋人が、友人が………………殺された。
心に募った憎しみは、簡単に消すことはできない。船頭をしていた男は爆薬の管理と情報収集が主で、アルが賞金首になり、仲間にならないかと声を掛けていたが、断られていた。
『 私は傲慢な貴族共とは違う。私がお前たちに居場所を与えてやろう。 』
公爵はリグレットを通して、男と情報を共有した。
潜伏していた者達の存在をアルから聞いて知った公爵は、利用できないかと考えた。
男達は城で行われるパーティーの日、王子達がダンスをしている最中に謁見の間を爆破し、自分たちが味わった絶望を王族と貴族達に、味合わせようと計画した。公爵はそれを聞いて、止めようとはしなかった。自分は扉近くの壁際にいれば安全だろうと考えた公爵は、内気な性格のスティカがダンスをしないのを知っていた為、他の王子達が死に、王もアルの手で暗殺か毒殺をした後にスティカを王として即位させ、傀儡の王として自分が裏で操ろうと画策していた。ルミナスにアルが警告するのは公爵にとって予想外であったが、ルミナスの力を目にして、何としてでも、ルミナスのもつ指輪を手に出来ないかと考えていた。
しかし公爵の企みは……………全て無に帰した。
船頭の男は、アルが騎士達と行動を共にしている姿を目撃し、他の者達が次々に捕らえられているのを知って自暴自棄になっていた。いつも水路を行き来していた船頭は、店に荷物がくる時間帯や商会にいる者達のことも把握している。若いタクトなら簡単に脅せると考えた男は、広場で自分もろとも周囲の人達を道連れに、自殺しようとしていた。
しかし、男をアルは離れた場所から見ていた。
爆薬のことが気がかりだったアルは、迂闊に近づけば被害が出ると考えて、船が停まり、タクトに男が注意を向けている間に船へと近づき、未然に防ぐことができた。
「あ、あの…服と、靴を…」
騎士見習いの少年が緊張した面持ちで、水路に入る前に脱ぎ捨てていたアルの服と靴を手渡した。イアンと手合わせをしていることを知る騎士達のなかには、アルに手合わせを申し込む者がいた。今のところ騎士相手に完勝しているアルの強さと、犯罪者を捕まえる的確な動きに、少年は密かに憧れを抱いていた。
アルが元暗殺者であろうと、少年の目に今のアルは、眩しく映る。
「……わざわざ持ってきたのか。すまない。」
服を着て、タオルを首にかけたアルは、騎士と共に城へ報告しに戻るために歩き出す。
広場は、祭りのような雰囲気に包まれている。
市場が開かれている広場は買い物客で賑わい、音楽を奏でる者や、音に合わせて陽気に踊る者、酒を酌み交わす者……民達は王子誕生を笑顔で祝っていた。
裏側の出来事は、広場にいる者達に知られないまま、こうして終息を迎えた。




