ルミナスは、牢屋へと向かう
――薫ちゃん…なんで見てたのに助けてくれなかったの?
ごめんなさい
――なんで毎日登校すんの?誰もお前に来てほしくないって!クラスのゴミ!
ごめんなさい
――先輩…なんで助けてくれなかったんですか!
ごめんなさい
――使用人を叩くなど!お嬢様おやめください!
ごめんなさい
――産まなければお母様は亡くならなかったのに!
……私は産まれてこないほうが良かったの…?
「―――――ッうっ…。」
重い瞼をゆっくりと開けて、ルミナスはベッドに仰向けのまま天井を見つめる。嫌な汗が額から流れて頰をつたい、ハァ…と深く息を吐いた。
…嫌な夢を見た気がする……なんだっけ…。
夢の内容が思い出せなかった為、まぁ夢だしいいやと早々に思い出すことを諦めた。
…そっか私サリシア王女に部屋に案内してもらって、すぐ寝ちゃったんだ…。
ルミナスは体を起こし辺りを見渡す。家具は全て木造の造りになっていて、一人用のベッドとテーブル、椅子があるだけだ。部屋に入った後少し休もうとベッドに横になって、熟睡してしまったらしい。
部屋に窓は一つもなく、今が朝なのか分からなかった為、ルミナスは部屋から出ようとベッドから降りて立ち上がろうとし…手元に何かある事に気づく。
「ネックレス…どうしよう。」
高価な物だと分かってはいるが、早々に処分してしまいたいルミナスだった。手に持っていても仕方ないと思い、首にネックレスをつける。
そして扉へと向かい取っ手に手をかけ……
「うわっ!」
「ふひゃっ!?」
…扉を開けると目の前にはイアンがいた。イアンはいきなり扉が開くと思っていなかったのか、驚いた表情でルミナスを見ている。ルミナスもイアンがいると思っていなかった為とても驚いた。
変な声を出してしまった…とルミナスは少し恥ずかしそうに俯く。
「あ、えっと…朝の食事持ってきたんだけど、疲れてると思って…部屋で食べた方がゆっくりできるんじゃないかと…あ、後着替えも!」
「わぁ!嬉しいです!ありがとうございます!」
イアンは両手にパンとスープを持ち、肘に服をかけている。ルミナスは寝汗をかいて気になっていたのと、昨日食べた食事を思い出し、笑顔でイアンにお礼を言った。
中に運ぶから…とイアンは部屋の中に入りテーブルの上に食事を置く。
「――ッ服の色は!俺が選んだから…!」
顔を赤くしながら、イアンはルミナスに服を手渡した。
「あ、ありがとうございます。」
服を受け取りルミナスがお礼を言う。イアンの手渡し方が素早かった為、危うく手から落としそうになっていた。
服を両手で広げて見てみると、今着てるものと同じワンピースで色は黒だった。
…そういえば、前世ではよく黒色を好んで着てたな…。
前世の薫のコーディネートは基本的に黒、茶色、灰色の三色で構成されていた。 明るい色は自分に似合うとは思えず、暗い色の方が精神的に落ち着くためこの服の色は嬉しい。
ルミナスは服を眺めたまま薄く微笑んだ。
「――ッお、俺は、出て行くから…ゆっくり休んでて。」
ルミナスの様子を見ていたイアンは、そう言って部屋を出て行こうとしたのだが…ルミナスが「イアン王子!待ってください!」と言って引き止めた。
「私イアン王子にずっと、言いたい事があったんです。森の中で私つい夢中になって、イアン王子の耳を触ってしまったこと…あと急に泣いて困らせてしまったんじゃないかと…王子に対しての数々の非礼、申し訳ありませんでした!」
ルミナスは勢いよく頭を下げて謝罪する。
……イアンから何も反応がない為、ルミナスは頭をあげてイアンの様子を伺う。
イアンは顔を真っ赤にし、耳…耳…と呟いていた。
「…イアン王子…?」
恐る恐るルミナスはイアンに話かける。
「――あ、いや、別に謝罪なんかいらないから!それに名前……イアンでいいし…。」
「えぇ!?それは絶対にダメですよ!王子を呼び捨てにするなんて、不敬すぎますよ!」
慌ててルミナスは反論する。
「―――ッじゃぁ、二人きりの時だけでいいから!」
「…わかりました…。」
本人が良いと言っているなら別にいいのかな…。そう思ったルミナスは頷き了承する。
…でも名前で呼んでいいって事は、少なくとも嫌われているわけじゃないよね。
ルミナスは安心し、あわよくばまた猫耳を触らせてもらえないかな、と考えていた。
ルミナスは嫌われているどころか、好意を向けられているのだが…前世で男性に好かれた事が無いのと、イアンがゲームでヒロインの攻略対象者だったことが頭にあり、嫌われることはあっても、好かれるとは思っていないのだろう。
「…えっと…そろそろ俺は姉上の所に行かなきゃ…。」
「サリシア王女はどこですか?お世話になったお礼を改めて言いたかったんですけど…。」
イアンは扉へ向かって歩いていた足を、ピタリと止める。
「今はやめておいた方がいい。姉上は捕らえた男たちの所だから。」
イアンの声色が変わった。表情はルミナスに背を向けていて分からないが、先ほどまでとは違い淡々と話すイアンに、ルミナスは戸惑う。
「捕らえた男たちのところ…?…処罰が決まったのですか…?」第二王女を攫ったのだ。その事を男たちが知っていたか分からないが、罪が重い事は確実だろう…そう思ってイアンに聞いたのだが、イアンから返ってきた言葉は「拷問している」とルミナスの予想外の言葉だった。
「え?何故、拷問を…?」
「……ライラと同じように攫われた子達がいるんだ。男たちがその仲間の可能性があると、姉上は口を割らせる為に拷問している。」
「他にも子供が…!?」
ルミナスは知らなかった。村の子供たちが行方不明になっていることを。ライラと同じように攫われた子がいることを知り、ルミナスは驚愕する。
「さっき姉上から聞いて知ったんだけど、子供達の手掛かりが何も見つかっていないみたいで、捕らえた男たちが唯一の手掛かりみたいなんだ。」
「拷問したら、子供達の行方がわかるんですか?」
「…いや、男たちが正直に話すかどうか…。」
「――ッそんな…!」
ルミナスは足元がグラリと揺れたような感覚を味わう。手に力が入らず持っていた服が下にゆっくりと落ちた。
私やライラ王女は助かった…。
子供達は…?
怖くて泣いているかもしれない。
自分がどうなるか分からなくて恐ろしくて…。
震えているかも。暴力を受けているかも。
助けて助けてと叫んでいるかもしれない。
助けなきゃ……!
イアンの横を通り過ぎて、ルミナスは走り出す。
突然走り出したルミナスに「ちょ…どこ行くのさ…!」とイアンが驚き、声をあげるがルミナスは構わず足を動かす。
後ろからイアンがあっという間に追いつき、ルミナスを止めようと声をかけるが、何を言ってもルミナスの耳には届かない。
「―――ッ足の傷に障るだろっ!」
止まらないルミナスの様子に、イアンは諦めてルミナスの腕を掴み、動きを止めさせる。ルミナスが一瞬痛そうに顔を歪めたが、それでも前に進もうとし、イアンが声を張り上げる。
「今姉上の所に行っちゃダメだって!」
「……早く…!早く行かないと!お願いします!行かせてください!」
イアンはルミナスの必死な様子にハァ…と息を吐く。
「…牢屋の場所も知らないくせに…。俺が連れてくから…じっとして。」
イアンはルミナスの腕を掴んだまま自分の方へと引き寄せ、横に抱き上げる。
ルミナスが早く!急いで!とイアンを急かし、イアンはルミナスを抱き上げたまま、男たちとサリシアがいる牢屋へと向かった。




