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産声を聞いた者達

 

 室内にいた者達は、カーテンの僅かな隙間から漏れ出た光を目にして、時間が止まったような感覚に陥った。カーテンが開けられ………その光景に息を呑む。まるで若返ったように顔色の良いナターシャが、赤子を抱きながら喜びに打ち震えて、涙を流していた。奇跡を目の当たりにした王族達は、胸の奥に熱いものが込み上げる。


 そして産声は、廊下にいる者達にも聞こえていた。


「赤ちゃん産まれたぁーー!」


 わーい! わーい! と満面の笑顔でマナが、両手を上げてピョンピョン飛び跳ね、喜びを全身で表す。ルミナスが室内に入った時点で、マナは一切不安を抱いていなかった。ルミナスなら助けられると、信じていたからだ。

 椅子に座っている王妃と王子2人は一瞬、顔に喜色を浮かべるが、口を結び、泣き続ける赤子の声に耳を傾けたまま、扉に視線を固定していた。

 ゆっくりと扉が開かれて、穏やかな表情をしているハウベルト王が廊下に出てくる。その表情を目にした王妃は、安堵の息を漏らした。


「元気な男の子だ。……顔を見てくると良い。ルミナス様のお陰で、ナターシャも無事だ。」


 王がそっと肩に手をのせると、王妃は耐えきれなくなったようにハンカチを目元に当てて、小刻みに体を震わせる。


「………っ……おめでとう…ございます。」


 振り絞るように声を出した王妃は、ルミナスが現れるまで、しっかりして。頑張って。と、ナターシャに言葉を掛け続けていた。サンカレアス王国の公爵家に生まれ、隣国ニルジール王国へと嫁いできた王妃は、結婚後に社交の場で初めてできた友がナターシャであった。


 王妃様は立派に世継ぎを産まれました。

 わたくしも頑張りますわ。


 ナターシャが嫁いできた頃に、そう優しい口調で王妃に言葉を掛けていた。第一王子コルテーゼを出産後、王妃はなかなか子に恵まれなかった。貴族には非難の目を向けられ、平然としていても心の中では苦しんでいた時に、ナターシャを側妃として迎えることとなった。王妃は(のち)に、第三王子スティカを産み、それ以降は気負うことなく日々を過ごしていた。しかし、ナターシャに無理をさせてしまったのでは…と体調を崩していることを耳にしてからは、後悔の念に駆られていた。


 室内にいた侍女達が、シーツやタオル類を持って部屋から続々と出てくる。どれもルミナスの洗浄魔法により、新品同様にされていた。ナターシャと赤子も魔法で綺麗にされ、家族だけにした方が良いだろうと考えたイアンは室内に入ることを遠慮して、王妃と王子2人が室内に入る。


「よろしければ、抱いて下さいませ。」


 上半身を起こしているナターシャが、布に包まれた赤子をルミナスの方に向ける。「い、いえ! 危ないですから…」と言いながら、ルミナスは全力で首を振った。ふふっとナターシャが軽く笑い「大丈夫ですよ。」と言って、赤子をルミナスの手に触れさせる。


「こう…ですか?」

「はい。とてもお上手ですわ。」


 ナターシャが小さく首を傾げて、にっこりと微笑む。心の中では、すごく抱いてみたかったルミナスは、壊れ物を扱うような手つきで赤子を抱いた。すやすやと眠っている赤子の可愛らしさに、自然と顔が綻ぶ。


 室内にいる王族達は誰もが心を和ませて、慈愛に満ちた表情のルミナスを見つめていた。


 ………母上……良かった………。


 ルミナスに感謝の気持ちでいっぱいのシルフォードは胸の辺りで拳をつくり、ある決心をしていた。


 王族全員から感謝の言葉を受けたルミナスは、王と共に部屋を退室すると、ルミナスの魔法で癒したことは、決して口外しないように王と約束を交わす。


 その後、ルミナス達はお風呂に入ってから部屋へ戻ることにした。




 ………………



 …………





「……魔力の限界がきた感じは、しなかったです。」

「そうか…少し…増えたようだが…」


 底知れないな。と言って、壁に背中を付けて立っているリヒトは、ソファに座っているルミナスを見つめていた。お風呂後、欠伸を漏らしていたマナは自分の部屋で先に休んでおり、今はルミナスの部屋にリヒトとイアンだけがいる。

 ルミナスとリヒトの会話を聞いていたイアンは、内心ホッとしながら「そろそろ休みましょう。」と声をかけて、リヒトは軽く頷いて返した。


 扉が閉まり、廊下を歩くリヒトの足音を耳に入れながら、イアンはルミナスの隣に腰を下ろす。


「明日は王子の誕生を、街中の人達が知ることになる。ルミナスの功績を無かったことにして…本当に、いいのか……?」


 真剣な表情のイアンは、癒しの魔法を口外しないようにするためとはいえ、ルミナスの行いは立派で、側妃と赤子を救ったことは、国中の民達が知り、感謝すべきだ。と思っていた。


「別にいいよ〜。魔法で癒したけど…出産は、側妃様の頑張りがあったからだよ。」


 ルミナスは赤子の可愛らしい姿を思い出して、頰を赤らめながら、ふふっ…と軽く笑う。


 実際に見た出産は壮絶で、産声を聞いた時は感激のあまり、ナターシャより先にルミナスは号泣していた。無事に産まれて体の力が抜けたナターシャは、その時初めてルミナスがいることに気づいて驚いたが、シルフォードから話を聞いていたため、すぐにルミナスと分かり、お礼を述べていた。自分が危険な状態であったと自覚していたナターシャは、まるで時間が巻き戻ったかのように元気な状態になっているのが、ルミナスの力によるものだと分かったのだ。


 ルミナスの笑みと、謙虚な心に、ギュッと胸が締め付けられる想いがしたイアンは、ルミナスの頰に軽く口づけを落とす。


「………あ、赤ちゃん、すごく可愛かったよ。軽くて、小さくて…。」


 不意打ち気味にされて、恥ずかしさのあまり目を伏せて喋ったルミナスは、若干声が上擦っていた。


 イアンは発情期の時にルミナスに迫り、申し訳なさからルミナスに触れるのをずっと躊躇していた。頰にだが、2日ぶりにイアンはルミナスに触れた。


「………そう、か……。」


 俺たちの子どもの方が絶対に可愛い。と言おうとしたが、イアンは口を噤み、顔を真っ赤にする。幼いルミナスを想像して、心の中で悶えていた。もし、口に出していたら、ルミナスの方はイアンの幼い姿を想像して悶えていただろう。





「イアン…………く、唇に、してほしいな……。」




 恥ずかしそうにしながら言葉を紡いだルミナスに、発情期とは関係なく、イアンの理性が崩れそうになる。気持ちを落ち着かせるために、ルミナスの手を取りながら寝室に移動したイアンは「おやすみ。」と言ってルミナスにキスをした。


「………おやすみ。」


 唇が離れ、はにかんだ笑顔のルミナスを見て、イアンはもっとキスをしたくなったが……堪える。

 ルミナスから『 してほしい 』と言われてから、心臓が鳴りっぱなしだった。



 なんとか平静を装って笑みを返したイアンは、扉をくぐり、それぞれの部屋で眠りについた。



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