ルミナスは、立ち会う
「………え? 会えないの?」
私がキョトンとしていると「誠に申し訳ございません。」と使用人が頭を深々と下げてくる。会えない理由を尋ねても、使用人は頭を下げて謝るばかりで、頑なに教えてくれなかった。珍しいなぁ…と思いながら使用人には下がってもらい、部屋に残ったのは私とイアン、マナとリヒト様だけとなる。
………アンジェロ王子とシルフォード王子、どちらにも会えないなんて……
食事の席でも私たちだけで、王族の人達は誰も姿を見せなかった。ハンカチを渡したかったけど、また明日にしようかな…と考えていたら、イアンが「そういえば…」と顎に手を当てながら難しい顔をする。
「城に戻ってきた時、出迎えする使用人の数が少なかった。廊下を歩いている時も人気がないように感じたが……」
それを聞いて、よく周りを見ているなぁ…とイアンに関心する私は、城に戻ってきた時のことを思い出す。イアンの言う通り、今まで過剰だった使用人の数が減っていたし、食事やお茶を運んでもらう時も、必要最低限な人数だけ揃っていた気がする。
「影の中から、様子を伺ってみてはどうだ?」
足を組み、優雅に紅茶を飲んでいるリヒト様の提案に、う〜ん…と私は迷う。あまり覗き見は好きじゃないけど、アンジェロ王子の姿を今日は一日も見ていないし、何かあったのでは…と不安が過ぎっていた。
「少しだけ…見て来ようかな。」
「では、ルミナスの影に入ろう。」
カップをテーブルの上に戻したリヒト様が、スッと立ち上がる。つられるようにイアンとマナも立ち上がり、私はリヒト様を見上げながら目を瞬いた。
「自分以外の者を影に入れたことがないだろう。入れた者達が外の様子を見聞きできるように、意識したら良い。」
リヒト様が先生モードになっている。
こんな時のリヒト様は、私がやるまで無言のまま、じーっと熱い眼差しを向けてくる。視線が私に集中するなか、軽く息を吐き、早速やってみることにした。
………みんなを、影の中に……
何度もリヒト様がやるのを見ているから、イメージはできる。私の影が一気に広がり、ずるりと3人が影の中に引きずり込まれていった。私自身も影の中に入り、アンジェロ王子の姿を頭に思い浮かべ、影移動する。
………?……何してるんだろう?
影の中から見た光景に、疑問に思う。
静かな廊下は蝋燭の火が灯されて、壁際に椅子が並んでいた。陛下と王子、王女達が勢揃いしている。部屋に軟禁状態だったコルテーゼ王子は、公爵がコメルサン商会を利用していたと分かり、部屋から出されとアンジェロ王子から聞いていた。
誰も言葉を発することなく、暗く沈んでいる。
イアン達にも、外の光景を見聞きできるように意識する。影の中は一切の明かりがないために、互いの姿は見えないけれど、会話はできるようで「何してるんだ?」とイアンの声が聞こえてきた。
………シルフォード王子……?
アンジェロ王子がシルフォード王子の側に行き、しゃがんで、背中をさすっている。シルフォード王子は椅子に座らず、床に体育座りしていて、膝に顔を埋めていた。
………泣いてるの……?
顔は見えないけど、肩を小刻みに震わせている。
ただならぬ雰囲気を感じた私は、外に出よう。とイアン達に声をかけ、影の中から出ることにした。
「―――!! る、ルミナス様…皆様も…なぜ…」
目を見開いたアンジェロ王子と、私は向かい合う。
私の後ろには、影から出したイアン達もいる。俯いていた陛下達も目を剥いて、突然現れた私たちに驚いていた。
「ごめんなさい。アンジェロ王子とシルフォード王子に会えないと聞いて…勝手に来てしまいました。」
顔を上げて私を見つめるシルフォード王子の目には…涙が溜まっていた。
「な、ナターシャは…? 赤子は…? ナターシャの声が聞こえなくなったが…」
陛下の声がして視線を向けると、服が血みどろのお婆さんが部屋から出てきて私はギョッとする。立ち上がり、取り乱している様子の陛下に対して、お婆さんは難しい顔をしていた。
………もしかして産婆かな? そういえば、側妃様は出産を控えて……
シルフォード王子が孤児院に同行しなかったのは、お産が始まったからだったんだ…と考えている間に、産婆の後から暗い表情の王妃様が、口にハンカチを当てて部屋から出てきた。
「……国王陛下。このままでは、ナターシャ様も…赤子も、危険でございます。」
産婆の言葉に、空気が重たくなったように感じた。陛下は肩を震わせて拳を固く握り締め、椅子に座っているリリアンヌ王女は、メイシャ王女を強く抱きしめている。コルテーゼ王子とスティカ王子は、口を結んでいた。
「………っ……はは…うえ………。」
か細い声が聞こえて視線を移すと、青ざめているシルフォード王子の目から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちている。
「大丈夫です。必ず助かりますよ。」
自然と、声が出ていた。
さらさらの頭を優しく撫でると、シルフォード王子は目を瞬かせ「え……?」と呆気に取られたような顔をしている。私の本来扱える魔法なら、不可能じゃない筈だ。察したリヒト様とイアンが、私を呼び止めるけど…
「私のお母様は、私を産んで亡くなったけれど……もし、今も生きていたら…って、何度も思ったことがあるの。……………行かせて。」
そう訴えかけると、マナは「ルミナスさん!頑張って下さい!」と満面の笑顔でエールを送ってくれた。
………魔力が限界になったら、魔人になるとマナには話してないもんね。
リヒト様は私の頭を撫でて、イアンは私の頰にそっと触れて、優しく微笑む。にっこりと笑みを返した私は、産婆と王妃様が出てきた部屋へ向かって歩き出した。
「ルミナス様。貴方様に、これ以上……ご迷惑をかけるわけには、参りません。」
沈痛な面持ちの陛下が、行く手を遮るように私の前に立つ。使用人が頑なに教えてくれなかったのは、私をここに来させないために、陛下が指示をしていたのだろう。陛下だって本心では……奇跡の力を望んでいる筈だ。
「側妃様と赤子……2つの命を、わたくしの魔法で救ってみせますわ。どうか、見守っていて下さい。」
そう言って薄く笑みを浮かべると、くしゃりと顔を歪めた陛下が私の前から避けて、頭を下げた。
全員部屋には入らずに、陛下と側妃様の子であるアンジェロ王子とシルフォード王子、リリアンヌ王女とメイシャ王女が室内に入り、壁際に立って見守ることになった。
室内は緊迫した空気が漂っていて、侍女達が私や陛下達が室内に入ってきたことに驚いていた。侍女達はシーツやタオルを何度も変えたり、産婆の補助をしていたのだろう。私は産婆と共に、カーテンで閉め切られているベッドに近づく。
………こんなに、たくさん血が………
思わず、クラっと立ちくらみしそうになる。
出産に立ち会うなんて、人生で初めてだ。
「わたし……の……からだを……切って……」
弱々しい声で言葉を紡いだ側妃様は、青白い顔をして、頰がこけていた。うっすらと瞼を開け、私の姿が見えていないようで、侍女の1人が何か飲ませようとしても、体に力が入らないようだ。
赤ん坊の身を案じている姿を見て、私は胸に熱いものが込み上げてくる。
側妃様の手に触れると、すごく、冷たい。
「わたくしが…貴方に力を貸すわ。」
側妃様の手を、両手で強く握りしめたまま……
癒しの魔法を行使する。
側妃様の全身が、光に包まれた。
頰がふっくらとして赤みがさし、手には温もりを感じる。光が消える頃には、肌や髪の艶も良くなった。
「ッ〜〜イッ〜〜〜!? ぅゔああああああああああああああああ!!」
カッ! と目を見開いた側妃様が、獣のような咆哮を上げた。儚げな雰囲気の側妃様から発せられた声とは思えないほどだ。痛みに顔を歪め、歯をくいしばり、息を吐き出し、ああああああああッ!と叫ぶ。陣痛の痛みだろうけど、一瞬、魔法のせいかと内心焦ってしまった。
ものすごい力で手を強く握り返される。
つ、爪が食い込んで……い、痛い。
光を目にして呆然としていた産婆は、側妃様の声でハッと我に返り、お産の状況を確認している。側妃様は、ぅゔ〜〜〜〜っ! と唸るような声を出し、いきんでいるのを見た私は「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! 」と、側でラマーズ法を行う。
この世界で一般的ではなかったのか、産婆が目を丸くしていたけど、近くで聞いていた側妃様が私の呼吸に合わせて、ラマーズ法を始めた。
ここからは、母の頑張りが必要だ。
それを何度か繰り返し、ハッハッと短い呼吸をしている時は、魔法で側妃様に水を飲ませて、微力ながらも出産の手伝いをした。
「おお! 頭が見えてきましたよ! 」
産婆の声に合わせ、フーーーーッと息を深く吐き出し……………
「 オギャアーー! オギャアーー! オギャアーー! 」
赤ん坊の、元気な声が響き渡った。
次話 別視点になります。




