表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
228/265

ルミナスは、立ち会う

 

「………え? 会えないの?」


 私がキョトンとしていると「誠に申し訳ございません。」と使用人が頭を深々と下げてくる。会えない理由(わけ)を尋ねても、使用人は頭を下げて謝るばかりで、頑なに教えてくれなかった。珍しいなぁ…と思いながら使用人には下がってもらい、部屋に残ったのは私とイアン、マナとリヒト様だけとなる。


 ………アンジェロ王子とシルフォード王子、どちらにも会えないなんて……


 食事の席でも私たちだけで、王族の人達は誰も姿を見せなかった。ハンカチを渡したかったけど、また明日にしようかな…と考えていたら、イアンが「そういえば…」と顎に手を当てながら難しい顔をする。


「城に戻ってきた時、出迎えする使用人の数が少なかった。廊下を歩いている時も人気(ひとけ)がないように感じたが……」


 それを聞いて、よく周りを見ているなぁ…とイアンに関心する私は、城に戻ってきた時のことを思い出す。イアンの言う通り、今まで過剰だった使用人の数が減っていたし、食事やお茶を運んでもらう時も、必要最低限な人数だけ揃っていた気がする。


「影の中から、様子を伺ってみてはどうだ?」


 足を組み、優雅に紅茶を飲んでいるリヒト様の提案に、う〜ん…と私は迷う。あまり覗き見は好きじゃないけど、アンジェロ王子の姿を今日は一日も見ていないし、何かあったのでは…と不安が過ぎっていた。


「少しだけ…見て来ようかな。」

「では、ルミナスの影に入ろう。」


 カップをテーブルの上に戻したリヒト様が、スッと立ち上がる。つられるようにイアンとマナも立ち上がり、私はリヒト様を見上げながら目を瞬いた。


「自分以外の者を影に入れたことがないだろう。入れた者達が外の様子を見聞きできるように、意識したら良い。」


 リヒト様が先生モードになっている。

 こんな時のリヒト様は、私がやるまで無言のまま、じーっと熱い眼差しを向けてくる。視線が私に集中するなか、軽く息を吐き、早速やってみることにした。


 ………みんなを、影の中に……


 何度もリヒト様がやるのを見ているから、イメージはできる。私の影が一気に広がり、ずるりと3人が影の中に引きずり込まれていった。私自身も影の中に入り、アンジェロ王子の姿を頭に思い浮かべ、影移動する。



 ………?……何してるんだろう?



 影の中から見た光景に、疑問に思う。


 静かな廊下は蝋燭(ろうそく)の火が灯されて、壁際に椅子が並んでいた。陛下と王子、王女達が勢揃いしている。部屋に軟禁状態だったコルテーゼ王子は、公爵がコメルサン商会を利用していたと分かり、部屋から出されとアンジェロ王子から聞いていた。


 誰も言葉を発することなく、暗く沈んでいる。


 イアン達にも、外の光景を見聞きできるように意識する。影の中は一切の明かりがないために、互いの姿は見えないけれど、会話はできるようで「何してるんだ?」とイアンの声が聞こえてきた。


 ………シルフォード王子……?


 アンジェロ王子がシルフォード王子の側に行き、しゃがんで、背中をさすっている。シルフォード王子は椅子に座らず、床に体育座りしていて、膝に顔を(うず)めていた。


 ………泣いてるの……?


 顔は見えないけど、肩を小刻みに震わせている。

 ただならぬ雰囲気を感じた私は、外に出よう。とイアン達に声をかけ、影の中から出ることにした。



「―――!! る、ルミナス様…皆様も…なぜ…」


 目を見開いたアンジェロ王子と、私は向かい合う。

 私の後ろには、影から出したイアン達もいる。俯いていた陛下達も目を剥いて、突然現れた私たちに驚いていた。


「ごめんなさい。アンジェロ王子とシルフォード王子に会えないと聞いて…勝手に来てしまいました。」


 顔を上げて私を見つめるシルフォード王子の目には…涙が溜まっていた。


「な、ナターシャは…? 赤子は…? ナターシャの声が聞こえなくなったが…」


 陛下の声がして視線を向けると、服が血みどろのお婆さんが部屋から出てきて私はギョッとする。立ち上がり、取り乱している様子の陛下に対して、お婆さんは難しい顔をしていた。


 ………もしかして産婆かな? そういえば、側妃様は出産を控えて……


 シルフォード王子が孤児院に同行しなかったのは、お産が始まったからだったんだ…と考えている間に、産婆の後から暗い表情の王妃様が、口にハンカチを当てて部屋から出てきた。


「……国王陛下。このままでは、ナターシャ様も…赤子も、危険でございます。」


 産婆の言葉に、空気が重たくなったように感じた。陛下は肩を震わせて拳を固く握り締め、椅子に座っているリリアンヌ王女は、メイシャ王女を強く抱きしめている。コルテーゼ王子とスティカ王子は、口を結んでいた。



「………っ……はは…うえ………。」



 か細い声が聞こえて視線を移すと、青ざめているシルフォード王子の目から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちている。



「大丈夫です。必ず助かりますよ。」



 自然と、声が出ていた。


 さらさらの頭を優しく撫でると、シルフォード王子は目を瞬かせ「え……?」と呆気に取られたような顔をしている。私の本来扱える魔法なら、不可能じゃない筈だ。察したリヒト様とイアンが、私を呼び止めるけど…



「私のお母様は、私を産んで亡くなったけれど……もし、今も生きていたら…って、何度も思ったことがあるの。……………行かせて。」



 そう訴えかけると、マナは「ルミナスさん!頑張って下さい!」と満面の笑顔でエールを送ってくれた。


 ………魔力が限界になったら、魔人になるとマナには話してないもんね。


 リヒト様は私の頭を撫でて、イアンは私の頰にそっと触れて、優しく微笑む。にっこりと笑みを返した私は、産婆と王妃様が出てきた部屋へ向かって歩き出した。


「ルミナス様。貴方様に、これ以上……ご迷惑をかけるわけには、参りません。」


 沈痛な面持ちの陛下が、行く手を遮るように私の前に立つ。使用人が頑なに教えてくれなかったのは、私をここに来させないために、陛下が指示をしていたのだろう。陛下だって本心では……奇跡の力を望んでいる筈だ。


「側妃様と赤子……2つの命を、わたくしの魔法で救ってみせますわ。どうか、見守っていて下さい。」


 そう言って薄く笑みを浮かべると、くしゃりと顔を歪めた陛下が私の前から避けて、頭を下げた。


 全員部屋には入らずに、陛下と側妃様の子であるアンジェロ王子とシルフォード王子、リリアンヌ王女とメイシャ王女が室内に入り、壁際に立って見守ることになった。


 室内は緊迫した空気が漂っていて、侍女達が私や陛下達が室内に入ってきたことに驚いていた。侍女達はシーツやタオルを何度も変えたり、産婆の補助をしていたのだろう。私は産婆と共に、カーテンで閉め切られているベッドに近づく。


 ………こんなに、たくさん血が………


 思わず、クラっと立ちくらみしそうになる。

 出産に立ち会うなんて、人生で初めてだ。


「わたし……の……からだを……切って……」


 弱々しい声で言葉を紡いだ側妃様は、青白い顔をして、頰がこけていた。うっすらと瞼を開け、私の姿が見えていないようで、侍女の1人が何か飲ませようとしても、体に力が入らないようだ。


 赤ん坊の身を案じている姿を見て、私は胸に熱いものが込み上げてくる。


 側妃様の手に触れると、すごく、冷たい。



「わたくしが…貴方に力を貸すわ。」



 側妃様の手を、両手で強く握りしめたまま……

 癒しの魔法を行使する。


 側妃様の全身が、光に包まれた。


 頰がふっくらとして赤みがさし、手には温もりを感じる。光が消える頃には、肌や髪の艶も良くなった。



「ッ〜〜イッ〜〜〜!? ぅゔああああああああああああああああ!!」



 カッ! と目を見開いた側妃様が、獣のような咆哮(ほうこう)を上げた。儚げな雰囲気の側妃様から発せられた声とは思えないほどだ。痛みに顔を歪め、歯をくいしばり、息を吐き出し、ああああああああッ!と叫ぶ。陣痛の痛みだろうけど、一瞬、魔法のせいかと内心焦ってしまった。


 ものすごい力で手を強く握り返される。


 つ、爪が食い込んで……い、痛い。


 光を目にして呆然としていた産婆は、側妃様の声でハッと我に返り、お産の状況を確認している。側妃様は、ぅゔ〜〜〜〜っ! と唸るような声を出し、いきんでいるのを見た私は「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! 」と、側でラマーズ法を行う。


 この世界で一般的ではなかったのか、産婆が目を丸くしていたけど、近くで聞いていた側妃様が私の呼吸に合わせて、ラマーズ法を始めた。



 ここからは、母の頑張りが必要だ。



 それを何度か繰り返し、ハッハッと短い呼吸をしている時は、魔法で側妃様に水を飲ませて、微力ながらも出産の手伝いをした。



「おお! 頭が見えてきましたよ! 」



 産婆の声に合わせ、フーーーーッと息を深く吐き出し……………











「 オギャアーー! オギャアーー! オギャアーー! 」








 赤ん坊の、元気な声が響き渡った。



次話 別視点になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ