ルミナスは、心が癒される
「ルミナスさまっ!」
「ルミナスしゃま〜〜!」
馬車を降りてすぐ、幼い子ども達が集まってきた。
ちょこちょこ足を動かす姿が、なんとも可愛らしい。
………ああ〜…心が癒される〜〜………
顔をだらしなく緩ませている自覚はある。
護衛として付いてきた騎士が、木に馬を繋げる手を止めてボーっとこちらを見ている気がした。
………そんなに変な顔をしていたかな?
ふにっと自分の両頰を摘むと、ケラケラと子ども達が笑い声を上げた。
「一緒に中へ入ろう。」
「「はーーい!」」
子ども達が元気いっぱいに返事をしてくれて、ふふっと私は小さく笑う。
「み、みんな…落ち着いて。ルミナス様方に失礼のないように…」
「リリィ。わたくしは子どもが大好きだから、大丈夫よ。」
私が言葉を掛けても、リリィは子ども達に目を配りながら、ハラハラしている様子だった。
「〜〜〜〜ンの、くそガキッ! 走り回る元気があンなら、外に行きやがれッ!」
孤児院に入ると、怒鳴り声を上げて眉間に皺を寄せているバルバールと出くわす。手には細い足首を掴んでいて、宙ぶらりんになっている男の子はギャーギャー騒ぎながら腕を振り回し、バルバールから逃れようと必死に抵抗していた。広間ではハナと他の子たちが縫い物をしていて、私の姿に気づくと作業の手を止めて立ち上がる。私と入ってきた子ども達が、ハナに手招きされ、リリィと一緒に私の横を通り過ぎていった。
「……あ? ルミナス様……なンか、用か?」
バルバールが、眉間の皺を深めて怪訝そうな顔をする。男の子がピタリと動きを止め「ルミナスさま〜助けてよぉ〜!」と猫撫で声で言うと、バルバールがパシン! とおしりを叩いた。
「女みてェな声だしてンじゃねェ! ルミナス様に助けを求めるなッ! 」
男の子が堰を切ったように、うわーーん!と泣き出し、見兼ねた私が「下ろしてあげて。」とバルバールに訴える。軽く舌打ちしたバルバールが泣き続ける男の子を、乱暴に……いや、怪我をしないように考慮しているのか、凄くゆっくりと下ろした。
地面にペタンと座り、ぐしぐしと目元を手で擦る男の子を見下ろしながら「…ったく、甘やかされやがって…」と独り言を漏らしたバルバールは、私に視線を移す。何の用があって来たのか返答してなかったから「子ども達の様子を見に来たの。」と私が言うと「はぁ…」とバルバールは気のない返事をした。
「お菓子とワインを持ってきたわ。」
バルバールは途端に、目の色を変える。
さっきまで泣いていた男の子が「お菓子っ!! 」と明るい声を上げ、私が手ぶらなのを確認すると、手提げのバスケットを肘にかけているマナとイアンに視線を向けた。飛び出ているワインボトルを目にしたバルバールは、ニヤリと笑みを漏らしている。
「おいっ! ルミナス様に、ちゃんと礼を言えよ!」
バルバールが合図を出すように声を上げると、広間にいる子ども達が…
「「 ありがとうございます!! 」」
声を合わせて頭を下げてきた。ヤンチャな男の子も立ち上がって、キチンと頭を下げている。ちらちらと上目遣いで早く欲しがっている様子の幼い子ども達を見た私は、すぐにイアンとマナに目配せした。ハナを筆頭に、縫い物を片付け、奥から運んできた木製の皿が長テーブル上に並べられる。テキパキと動く子供たちの様子を長椅子に座りながら見ていると、バスケットから早々にワインボトルを2本取り出していたバルバールは、どこかに置いてきたのか、手ぶらで奥から戻ってきて、私たちの前に腰を下ろした。
「クッキーは日持ちするから、しまっとけよ。」
バルバールが声をかけると、バスケットの中身を均等に皿に分けているリリィが、コクリと頷く。全員に行き渡るように用意はしてきた。マフィンを1つずつお皿に載せられて、子ども達は全員に配り終わるのを我慢して待っている。少年2人の姿が見えなかったからバルバールに尋ねると、2人は広場に行って靴磨きをしているそうだ。
「……とっても…美味しいです。」
バルバールの隣に座ったリリィが、マフィンを一口食べて幸せそうな笑みを浮かべる。周りを見ると、子ども達みんな、美味しそうに食べてくれていた。
………石鹸や塩も、持ってこようかな……
残りがどのくらいあるか…旅の分自分達が使う分を残したら…と、私は考えを巡らせる。王妃様と王女達が石鹸を気に入って、是非買いたいと言ったから、殆ど売ってしまった。タダでは決して受け取ろうとしなく、イアンが管理している袋の中身が沢山の金貨で輝いている。孤児院に持ってきたお菓子を作ってもらったり、普段美味しい食事を作ってもらってるお礼を兼ねて、料理長には塩を渡した。
………少しだけど、また来た時に持ってこよう……
そう決めている間に、隣にマナがいなくなっていた。食べ終わった幼い子ども達に、遊ぼう〜遊ぼう〜と手を引かれて歩いている。こちらを見ていたマナに「私も後で行くね。」と言って軽く手を振ると、マナはニコッと笑いながら頷いて返し、子ども達と外に出て行った。
「……甘ったるくて、食い切れねェ…。」
バルバールが、空になったリリィの皿に自分の食べかけのマフィンを載せる。半分も食べていない。
茶色の目を柔らかく細めたリリィは「…バルバール兄さん、ありがとうございます。」と言って、皿を持って席を立った。後で食べるようで、他の子たちと一緒に皿を片付けに奥にいく。リリィの為にわざと残したんじゃ…と思いながら見ていると、一瞬目が合ったバルバールはプイっと顔を逸らして頭をかいた。
「お前が院長なんて、大丈夫かと思ったが…」
傭兵より向いてるぞ。と言って、イアンがフッと笑みを浮かべた。
「院長なンか、やりたくねェが……王子様の命令だから仕方なく、だ。」
不満そうな顔をしているバルバールだけど、子ども達とのやりとりを見ていると、私も向いていると思う。なにより子ども達はバルバールを慕っているし、バルバールも子ども達を大切に想っているように見えた。
バルバールは傭兵をやめて、孤児院の院長になった。
それを聞いたのは、昨日アンジェロ王子が部屋に訪れた時だ。地下室からは大量の武器が見つかり、銃や銃弾も見つかっている。院長室の棚や、念のために子ども達の部屋や小屋の中も、隈なく調べられた。バルバールに懐いている子ども達の様子を見たアンジェロ王子が、君なら院長として適任だ。と言って、任せたそうだ。バルバールが普段小屋で寝泊まりしていたのも、判断材料の1つとなったのだろう。アンジェロ王子はバルバールに院長が犯した罪を話しているけど、子ども達には一切伝えていないと言っていた。
キョロキョロと周りを見回し、広間に私とイアン、バルバール以外に誰もいないことを確認する。
「バルバール。子ども達には…貴方が新しく院長になったことを話したの?」
小声で質問すると、バルバールは何か思い出しているのか私に視線を向けないまま「あ〜……話したゼ。」とぼんやりした口調で返した。バルバールの呼び方が変わっていなかったのは、まだ子ども達が慣れていないからだろう。院長は2日前に騎士に連れていかれたから、勘が良い子なら院長が何か罪を犯して捕らえられたんだと分かっているかもしれない。院長のことは子供たちに、どう話したのか質問しようとしたけれど、リリィが手に何かを持って姿を見せたため、私は口を噤む。
「あの…ルミナス様、これ……」
リリィは綺麗に折り畳められたハンカチを、私に渡そうと差し出してくる。バルバールが「おい、そりゃあ…」と何か言いかけていたけれど、リリィにジッと見つめられて口を閉じた。
「わたくしに?」
「は、はい…まだ、上手くないんですけど…。」
恥ずかしそうに目を伏せたリリィの言葉に、私は目を丸くする。
………リリィの手作りなんだ。
緊張してるのか、少し震えている手からハンカチを受け取ると、5枚重ねられたハンカチは上品な生地で、どれも隅に草花の刺繍が施されていた。店で並んでいてもおかしくない出来だ。この生地や、刺繍に使った糸はどうしたんだろう…と疑問に思っていると、アンジェロ王子から聞いたことを思い出す。
『 私と騎士が突然孤児院内に入ったことで、子供たちを泣かせてしまいました。子供たちに罪はありませんから…怖がらせた詫びをしたいと言いましたら、バルバールに布と糸が欲しいと言われてプレゼントしましたよ。』
このハンカチは、プレゼントされた物で作った品だろう。
「ルミナス様に声をかけられて、とても嬉しかったです。もし、良ければ…その……」
自信なさそうなリリィに、私はハンカチをそっと膝の上に載せると「ありがとう。大切に使うわ。」と言って優しく微笑む。リリィは、嬉しそうに顔を綻ばせた。なぜ5枚なの? と質問すると、夢中で作りすぎちゃいました…と答え、はにかんだ笑顔を見せるリリィが、可愛くて堪らない。私1人で使うのは勿体ないと思って、ハンカチは私とイアンとマナ…残り2枚はアンジェロ王子とシルフォード王子に渡すと言ったら、布と生地をもらったお礼を…と、リリィから言伝を預かった。シルフォード王子は今日一緒に来る筈だったし、渡してあげたら喜ぶだろう。バルバールにシルフォード王子がそのうち来るかもしれない。と教えたら、面倒くさそうな顔をしていた。
「……ルミナス。木兎亭の店主がどこにいるか、バルバールに聞くって言ってなかったか?」
リリィが、飲み物を用意します…と言って、再び奥に行ったあと、話しかけてきたイアンの言葉に私はハッとする。
「そうだった……どこにいるか知ってるかしら?」
「あ〜…路地でぶっ倒れてたからよぉ…帰る家がねェって喚いてたから、ウチでこき使ってるゼ。」
そう答えたバルバールは、上を指差す。アンジェロ王子に聞いても知らなかったから、きっと孤児院内を調べ終わった後に連れてきたのだろう。バルバールに呼んできてほしいとお願いすると、席を外したバルバールが、二階から酒場の店主を連れて戻ってくる。
肩を落としている店主の顔は隈が酷く、どんよりと暗かった。店でバルバールや他の傭兵に怒鳴っていた時のような威勢はない。自分の店が焼けて帰る家がないのだ。落ち込むのは当然だろう。
「店があった場所に、わたくしと一緒に行きましょう。酒場を新しく建てるわ。…なるべく前と同じような造りにするから、任せてちょうだい。」
胸を張って私が店主に言葉を掛けると、店主は理解できていないのか、目を皿のようにして呆然としていた。
「ルミナス様なら…出来そうだなァ。」
バルバールが、店主の肩をバシバシと叩く。
強めに叩かれて痛かったのか、くしゃりと顔を歪めた店主は、テーブルにバン! と両手を付けた。
「……っ……よろしく、お願いします……。」
テーブルに付く勢いで頭を深々と下げ、ぽたっ…と水が落ちたように見える。リリィが飲み物を配り、店主は木製のコップを手に取ると、ぐびっと一気に飲み干した。
「〜〜〜バルバール! 世話になったなッ! 」
酒場を再開したら一杯奢ってやるッ! と声を張り上げた店主は立ち上がり、バシンッ!! とバルバールの背中を叩いて、ガハハハと豪快に笑う。
どうやら元気が出たみたいだ。
「ンだよ……たった一杯かよ…」
ブツブツ文句を吐きながらも、バルバールの口角が僅かに上がっているように見えた。
コップの中身を飲み終えると、イアンと一緒に私は外に出た。
鬼ごっこや縄跳びをして子ども達と遊んでいると、時間はあっという間に過ぎる。
日が暮れるまでに城へ戻りましょう…と遠慮がちに護衛に声をかけられ、店主を呼び、私たちは馬車に乗り込んだ。子ども達に見送られながら孤児院を後にして酒場近くまで馬車で移動すると、私たちは路地に足を踏み入れる。
「親っさんだ!」
「親父……っええ !? る、る、ルミナス様っ!?」
殆ど燃えて残骸だけの場所に、何人も傭兵が集まっていた。見覚えがある。私が接客した時に店に来ていた人達だ。店主が「お前ら…なんで、ここに…? 」と尋ねると「いつもの習慣で、つい…」と答えた傭兵の男性は、他の傭兵達と酒を持参して集まることにして、付近の家には、なるべく騒がないようにすると話しも通してあるそうだ。他の酒場に行く気にならなかったと笑いながら言って、店主が眉間に皺を寄せ、必死に涙を堪えているように見えた。
二階は見てないから部屋の間取りが分からないけれど、店内と厨房は一通り見ていた私は、瞼を閉じ、頭に思い浮かべる。店主と傭兵達が固唾を飲んで見守っているなか、魔法を行使した。
………こんな感じかな……。
新しく建てた酒場を見て呆然としていた店主を、中に入るように促す。調理器具も揃えなくちゃいけないし、全く同じとはいかなくても、それでも店主は満足そうな笑みを浮かべ、はしゃぐ傭兵達に向かって怒鳴り散らしていた。
「ルミナス様! ありがとうございました!!」
何度も店主は頭を下げてきた。
店に来たら食事とエールをご馳走してもらう約束を交わし、私たちは酒場を後にする。
明るい笑い声が響いている路地を歩き、城へ戻るため、御者に馬車を進めてもらった。
………綺麗だなぁ……。
馬車の窓から、夕日に照らされている街並みを眺める。
この時は、まさか……
城内が緊迫した状況だとは、思いもしなかった。




