2日後
「……わたしと、同じ日に死んでたんですね。」
クレアがテーブルの上に置いてあるカップに手を伸ばし、少し冷めた紅茶を一口飲む。互いに喋り続けていたから、喉が渇いた私も紅茶で喉を潤した。
孤児院を後にしてから、2日経った。
医師の治療を受けて休んでいたクレアが、今日城を出ると耳にして、2人きりで話をしたかった私がお茶に誘ったのだ。青空の下、色とりどりの花々が咲いている中庭で、白で統一された品の良いテーブルの上に紅茶とお菓子を用意してもらい、少し離れた場所に騎士が数名護衛として並び立っている。使用人たちを下げ、リヒト様には騎士の影の中に移動してもらったから、私とクレアの周りには誰もいない。前世の記憶絡みの話になるから、誰にも聞かれたくなかった。
クレアは記憶が戻ったのは塔から助け出された後で、学園にいた頃と卒業パーティーの日のことを改めて謝罪された。
クレア……未央ちゃんは、課長にセクハラを受けていた証拠を得るために、家に課長を呼び出していた。携帯で言葉を録音してるのがバレて、逆上した課長にベランダから突き落とされたそうだ。失敗しちゃいました〜。と軽い口調で話していたけど、それを聞いて、もっと私が……と後悔が押し寄せた。携帯が壊れていたかハッキリと分からないけれど、私が逃げ出したことを正直に打ち明けると、誰だって逃げ出しちゃいますよ。と笑い飛ばしてくれたクレアに、私の心は救われた気がする。逃げ出した後に車とぶつかって死んだことを話すと、クレアは悲しそうな顔をしていた。
「あの、ルミナス様…」
「ねぇ、私たち今は同い年なんだし呼び捨てで良いよ。敬語もやめて。」
「え? ですが…」
「私……クレアと友達になりたい。」
照れながら私の願望を口に出すと、クレアは花が咲いたような笑顔を見せて「……嬉しい。ありがとう、ルミナス。」と笑顔のまま返してくれた。穏やかな風がふわりとピンク色の髪を揺らし、可愛らしいクレアを見ていると心が和む。前世では年下だったけど、気兼ねなく話せるクレアとこれからも良好な関係でいたいと思った。
「あっ…さっきは何を言いかけてたの?」
「ん〜…なんでルミナスが、魔法を使えるのかなって疑問に思って。この世界ってゲームに似てるけど、魔法があると知らなかったから驚いたよ。」
わたしも使えるかな? と少しワクワクした表情で、大皿に載ったクッキーに手の平をかざし、浮け〜と念を込めているようだった。クレアになら話しても大丈夫だろうと思った私は、自分が魔法を使えるようになった経緯を簡単に説明する。私が王族の血を引いてることや、リヒト様が魔人と呼ばれている存在で他にも3人いることを話すと凄く驚かれた。
「……内緒だよ。」
「もちろん誰にも言わないよ。身分が高い人に狙われたくないもん。」
わたしは、か弱い普通の女の子みたいだし。と言ってアハハと軽く笑ったクレアは、目を伏せて自分が魔法を使えないと知り、少し残念そうにしていた。
「でも、魔力をもっているのは魔人とルミナスだけなんて……魔人はどうやって魔力は得たんだろう。会ったことないけど、神様っているのかな〜…。」
クッキーを一口かじり、もぐもぐと噛みながらクレアが空を仰ぐ。
『 神は世界を作り、水や大地、空気や動植物、そして人…様々なものを生み出した 』
アクア様が以前『 神 』について教えてくれたことがあった。………まさか、ね。
私は今まで大して気にしたことがなかったし、魔力がどうやって…とか、考えても分からない。少し頭を使った気になって、甘いクッキーを1枚2枚…と食べ進める。普段クレアは節約のために甘い物は控えているそうだけど、私が勧めると喋りながらお菓子を堪能していた。
「…クレアは、ラージスが好きなんだよね?」
ゲホゲホっ…! と、クレアが両手で口を覆い隠しながら噎せる。やっぱり…と思いながら「告白しないの?」と私が追い打ちをかけるように質問を重ねると、クレアの顔が真っ赤になった。
落ち着くと、顔を赤くしたまま上目遣いで私をじっと見つめたクレアが「……しませんよ。」と小さく言って顔を逸らし、口を尖らせる。
ラージスも好きと言ってたんだから、相思相愛なんじゃ…と、孤児院でのことを思い出しながら私が話すと、途端にクレアは眉尻を下げ、切なそうな表情になった。
「……わたしは商人として暮らしていくけど、ラージスは…きっと国に帰ったら騎士を目指すと思う。だから…」
わたしが気持ちを伝えたらラージスを困らせちゃう。と声を落としたクレアはクッキーをつまみ、パクっと一口で食べると、美味しい。と言って口角を上げた。
………そうだ。ラージスは見張りとしてクレアの側にいるんだもんね……
最低1年間はこの国にいるから、今後のことはどうなるか分からないけれど、ラージスが気持ちを伝えないのは将来のことを考えているからかもしれない。2人の今後に私がでしゃばるわけにいかないし、陰ながら見守っていよう…と思いながら紅茶を飲んでいると、クレアが「あっ…」と何かに気づいて声を漏らした。
「クレアちゃ〜〜ん! 迎えに来たよー!」
弾んだ声が中庭に響き、続けざまに キャアッ! と悲鳴が耳に入る。見れば、クレアの母…ロリエ会長が生垣に頭から突っ込み、後ろに付いていたラージスが慌てた様子で手を貸していた。
「もう…危なっかしいなぁ…。」
クレアは椅子から立ち上がって軽くため息を吐くと、乱れてしまった髪をそのままに、こちらに向かって走ってくるロリエ会長を見ながら、クスッと小さく笑う。
「ルミナス、広場に来るなら是非店に寄ってね。」
「うん。まだ買い物してないから…」
絶対に行くね。と言って微笑むと、クレアは嬉しそうに顔を綻ばせた。ロリエ会長とラージスが私たちの所まで来ると、軽く挨拶を交わして3人は並んで歩いていく。笑い声を上げながら楽しそうなクレアの横顔と3人の後ろ姿を、私はその場で見送った。
………さて、と……。
残った1枚のクッキーを食べて、カップの中身を飲み干す。カン、カンと軽快な音が、離れた場所から鳴っていた。遠目で2人の姿を立ち上がって見ながら、私は小さく微笑む。クレアとお茶をしている間、ときどき木剣の打ち合う音が鳴り響いていた。
護衛の騎士たちと使用人達が動き出し、リヒト様も私の影の中に移動している筈だ。目線を落とした私は、大切な指輪をそっと指先で撫でる。あの日、城に戻る途中でアクア様たちが、一斉に指輪から話しかけてきて戸惑った。アクア様が私から指輪の魔力が離れていることに気づき、何があったか事情を説明すると、3人ともこちらに来ようとしていた。もう大丈夫ですよ。と言って、なんとか怒りを鎮めてもらったけど、4人が勢揃いしていたら大変なことになっていただろう。
身を案じてくれる人達の存在に嬉しく思いながら、私は手合わせをしている2人の元に向かって歩き出した。




