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逝く者

リグレット視点の話になります。

 

「リグレット!! なんで俺を庇ったんだ!? お前は獣人を恨んでいたんだろッ! 」


 イアン王子の声が、すぐ側で聞こえた。


 顔を横にした私は、苦しくて短い呼吸を繰り返す。振り絞るように声を出そうとしたが、口から血を吐き出して咳き込んでしまう。胸の辺りが火をつけられように熱い。うっすらと目を開けると、自分の周りの地面が赤く染まり、範囲が広がっていく。



『 会長に、獣人を拐ってこいと命じたのは私だからな。殺されるのは計画の内だった。 』


 気絶した振りをして、油断した隙を突こうと倒れたまま耳を傾けていた私は、公爵の言葉に息を呑んだ。


 会長が、そんな命令を受けていたと知らなかった。


 会長が、望んで引き受けたとは到底思えなかった。


 私が復讐する相手は……………獣人ではなかった。


 公爵が銃を二つ持っていると知っていた私は、捕らえられる前に、銃を奪って公爵を殺そうと考えた。アルに邪魔をされてしまったが、イアン王子に向かっていこうとしたと思われたのだろう。


 公爵を見据えていた私は、倒れたまま上着の中に手を伸ばそうとしているのを見ていた。手足の痛みも忘れて、咄嗟に、イアン王子の前に足を動かしていた。




 後悔は、していない。



 ………………



 私の出身村は川が近くにあり、自然豊かで穏やかな村だった。家は酒場 兼 宿屋で、家の手伝いをして利用客の旅商人から色々な話を聞かせてもらった。


 母の笑顔が好きだった。優しい父の、大きな手で頭を撫でられるのが好きだった。両親と3つ年が離れた泣き虫な妹との生活は、幸せだった。



 疫病が蔓延(まんえん)するまでは。



 村人の看病に行こうとする両親を、当時6歳だった私は、何度も、何度も、衣服を掴んで扉から出ていかないように呼び止めた。村人の殆どは病に侵され、無事な家族は自分達だけだった。


 家から決して出ないで。妹を頼むね、お兄ちゃん。


 そう言って、母は私と妹を抱きしめ、父は頭を軽く撫でてから、毎日家を出ていた。村は隔離され、川の使用も禁止され、穏やかな日常を送っていた笑顔で溢れた村は、死の村へと変わり果てた。


 日が暮れても両親が家に帰ってこなかった日。

 泣き続ける妹をあやして寝かせた後のことだ。

 うだるような暑さで目が醒めると、外が騒がしく窓から覗くと、外の景色が赤一色に染まっていた。

 松明を手に持つ兵士が次々に火を放ち、全てが炎に包まれていく。迫ってくる火を見た私は、妹を連れて裏口から外に出た。


 母の言いつけを破ってしまったという後悔の念と、恐怖を感じながら逃げるように走り続けた。自分達は生きてると名乗り出れば、後の状況は変わっていたかもしれない。当時は怖くて、怖くて、堪らなかった。もう走れない。と言って泣く妹を背負い、火から遠ざかるために村を出た。


 何日、何週間………


 どれだけ、そうして過ごしただろう。じりじりと日差しが照りつけるなか、川の水を飲み、作物を盗み食いして、妹の手を引きながら行くあてもなく歩き続けた。


 お兄ちゃん…泣き虫だね。


 いつもは私が妹に言ってる言葉を、冗談ぽく枯れた声で言った妹は最後、涙を見せずに笑顔で()った。小さくやせ細った妹の体を土に埋めて、自分一人だけ残り、それからの記憶は曖昧で、自分でも何故そんな行動をしたのか分からない。妹が死んだ後に闇雲に歩き続けた私は広い道に出ると、道の真ん中で寝そべり、そのまま意識を手放した。


 目が覚めると、固い地面の上ではなくベッドの上にいた。久しぶりのまともな食事と人の温もりに、赤子のように泣き続けた。


 もう大丈夫。頑張ったな。一緒に暮らそう。


 優しく宥めてくれたのは、何度か村に来て旅の話を聞かせてくれていた、商人だった。

 当時は幼く、その人の言葉に身を任せるだけだったが、今にして思えば病で死に絶えた村の子どもを匿うことは、危険な行為だったと思う。

 子どものいなかった家庭で、私は周りの目から隠されるように日々暮らしながらも、特に不自由を感じることはなかった。


 4年後、赤ん坊が産まれた。

 名前はヘンリー。

 小さな、小さな手が、私の指を握った瞬間、亡くなった妹を思い出して泣いてしまった。


 それから2年後、私が12歳の頃に家を出た。

 家の中に閉じこもってばかりで手伝いも碌に出来ずに、これ以上世話になるわけにはいかないと思ったからだ。私を救ってくれた商人が、商会の偉い立場であることを、その頃初めて知った。


 公にはできなくても、君は息子で、家族の一員だ。


 そう言って送り出してくれた時、止めどなく涙が溢れた。私はもう泣くことがないように強い男になりたくて、剣の道を志した。騎士に教えを乞うのは到底無理だが、酒場に行けば傭兵がたむろしていると聞いて行ってみると、1人の男が私に剣を教えてくれると言って、有り難く付いていった。


 それから6年間は……苦痛を()いられた。


 剣の師事も受けたが、私は夜な夜な金持ちの相手をさせられた。慣れた頃には、平気で口から嘘の言葉ばかりを並べて、表情を取り繕うのが上手くなり、涙は枯れ果てた。


 18歳の時に、初めて人を殺した。


 腕力も、剣の腕も、衰えていた傭兵の男より私の方が上となっていて、罪悪感は微塵も感じなかった。金持ちの機嫌取りは、それからも暫く続いた。利用してやると考えて、言葉遣いを直し、仕事の斡旋をしてもらった。


 仕事をこなしていくうちに周りからの信用を得て、傭兵の中で一目置かれるようになった。


 グレイス商会で護衛依頼を度々引き受けていた頃、会長から依頼がきた。10年以上会わずに連絡も取っていなかったが、久々に再開した時は断ろうと思っていた。正直、会いたくなかった。

 表面はいくら取り繕っても、中身が腐ってしまった自分の姿を見られたくなかった。


 立派になったな。一度きりだ。頼むよ。


 縋るように言われて、救ってもらった恩もあった私は、笑顔を作って了承した。行き先が獣人の国と知った時は驚いたが、警戒されないように1人で町に入るから湖で待っていてほしいと会長が言い出した時は、正気を疑った。


 心配いらない。わたしは商人だ。商売をしてくるだけだ。


 頑なに1人で行こうとする会長は、そう言って満面の笑顔を見せた。そして、会長が戻ってきた時は変わり果てた姿になっていた。

 その姿を目にした時、自分でもよく分からない感情が胸の中に渦巻いた。私が培ってきたものは容易く砕かれ、獣人の力に恐れ(おのの)いた。


 村から逃げた時と、自分は何も変わっていない。


 会長の奥さんと、ヘンリーに合わす顔がなかった。

 ヘンリーは、私のことを何も聞いてはいない筈だ。

 私は……………………なぜ、生きているのだろう。

 負傷した為、暫く依頼を受けずに無気力に過ごしていると、公爵から呼び出された。


 会長を殺した獣人に復讐をしたくはないか。いずれ獣人は全て人間の奴隷になる。私の手足となって動いてほしい。もちろん、決定権は君に委ねよう。


 公爵の言葉一つ一つが、私の心に火をつけた。


 復讐を誓い、グレイス商会で商人の護衛や他の依頼を受け続け、公爵からの仕事はどんなことも喜んで引き受けた。もともと汚れていた手が、体が、更に汚れても気にならなかった。


 近々、国内の情勢が変わり、他国も荒れるだろう。


 手紙で綴られた一文を読んだ時、私は身を引き締める思いをした。公爵が王都から離れている間は、コメルサン商会の会長から、内密に手紙を渡されて指示を受けていた。バルバールが酷い目に合っているのは知っていたが、助けようとは思わなかった。裏表のないバルバールは、私を苛立たせる存在だったからだ。



『 獣人と白き乙女に不敬を働く者は、何者であろうと重い罪が課せられる 』



 その知らせを耳にした時、言葉を失った。


 依頼で王都から離れない時以外は、毎夜辺りが寝静まっている頃に会長の屋敷を訪れ、公爵からの知らせがないか手紙の有無を確認していたが、ある夜、会長が日中に黒髪に銀目の男が店に現れ、コメルサン商会の名を利用し、ここに行き着いたと話していたことを聞いた。会長と副会長は自分達の身が危ういと感じて、しらを切って店から追い払っていた。


 捕まる可能性が少しでもあれば、即座に会長と副会長、その家族もろとも即座に処分しろ。


 そう前もって指示を公爵から受けていた私は、実行に移した。コメルサン商会の商人に扮した盗賊を使い、公爵の領地へとオスクリタ王国から買った奴隷を材料と共に運んでいることを、知られないための処置だ。銃という武器を造るために、鍛治職人と人手が必要だったと公爵から聞いていた。盗賊たちも処分対象だったが、行方は未だに見つかっていない。


 その時の男が暗殺を生業としている、アルという男と知ったのは、後のことだった。


 鐘が鳴り、ルミナス様たちが訪れると王都内の警備はより厳しくなっていた。公爵は表向き寄付金を孤児院に渡しているとして、院長を通して私は指示を受けていた。小屋でバルバールが寝泊まりしているのが厄介だったが、日中酒場にいることが多いために堂々と出入りしていれば、誰かに怪しまれることは無かった。


 酒場に火をつけることに、躊躇はなかった。


 あの酒場は12歳の時に店に入ったきり、行くことがなく、見たくもなかった場所だ。


 馬で駆け、マルシャン商会の店内に向かって火事だと叫んで知らせると、ラージスがすぐに外に出てきた。周りが火事に注意を向けている隙を狙って店内に入り、クレアを気絶させて店の裏口付近で身を隠した。公爵の馬車が店に来ると、指示どおりに私はクレアを公爵の馬車に乗せ、後は護衛として公爵の馬車に付き添った。孤児院に着くとクレアを降ろして地下室に運び、小屋で待機を命じられていた。



 ………………




「リグレットーーーーッ!!!」




 なんだ、バルバール……



 仕事がほしいのか………



 タクトが気になるのか…



 酒の誘いなら、


 いつも断ってるだろう。











 最後は………笑顔で……………………



お読みいただき、ありがとうございます。

次話 ルミナス視点になります。

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