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ルミナスは、静観する

 

 姿を見せたクラッセ公爵は、こちらに向かって歩きながら状況を確認するように周りを見回していた。

 その手には、地下室にいた時には持っていなかった剣を持っている。


 ………やっぱり、フィーユだった。


 走り出していたタクトが足を止め、顔をフィーユに向けている。バルバールはフィーユを凝視して何か言ってるようだけど、聞き取れない。2人とも、フィーユだと知って驚いたような反応をしていた。


「向こうから来たな。」


 リヒト様の声がして振り向くと「そうですね。リヒト様は手出し無用です。」とイアンが返して、リヒト様が腕を前で組み、軽く頷いた。


 ………あれ?


 アンジェロ王子と騎士2人が、どこにもいない。私がラージスの戦いを見ている間に、何かあったのだろうか。視線を移してアルと目が合った…瞬間、サッとイアンが視界を塞ぐようにして立ち、少し驚く。


「ルミナス。指輪は必ず、俺が取り返してみせる。」


 私に背中を向けているイアンの表情は見えないけれど、真剣みを帯びた声を聞いて「う、うん…。」と小さく返答した。イアンと久しぶりに言葉を交わしたような気になって、なんだか緊張する。


「ルミナス様……っゔぅ……。」


 クレアは傷が痛んだのか、その場にしゃがみ込んだ。


「貴方は城に行って、治療を受けた方がいいわ。」


「け、けど…ラージスが……」


「ラージスなら大丈夫よ。」


 だって、あんなに強いんだもの。と言って、しゃがんで目線を合わせた私が微笑むと、クレアは水色の目を柔らかく細めて、小さく頷く。


 ………クレアは、ラージスが好きなのかな。


 あれほど痛がっていたのに、リグレットとの戦いを見守っていたクレアは、ラージスが心配で仕方なかったのだろうと思った。細い手足に付けられている枷は、クレアにとって不自由で重たいものだ。傷口も早く医者に見せた方がいい。そう考えた私は、立ち上がり、リヒト様に視線を向ける。


「リヒト様。マナとクレアを城にお願いします。それと…陛下に事情をお伝え下さい。」


 イアンの足でも城に早く伝えに行けるだろうけど、2人を運ぶことも考えたら、リヒト様に頼むのが一番いい。公爵に対して怒りを露わにしていたけど、私の頼みにリヒト様は、分かった。と、即答してくれた。


「クレア。また…城で会いましょう。」


 私の言葉に、可愛らしい笑みを返したクレアが影の中に消えていく。マナとリヒト様の姿も見えなくなり、この場に残ったのは私とイアン、アルの3人だけとなった。


「リグレットは、バルバールに罪を負わせようとしていた。クラッセ公爵の部下のようですが…? 」


 ラージスの声がして、私は再び向こう側を覗き見る。降り続く雨の勢いは小降りになり、声が聞き取りやすくなっていた。ラージスはフィーユを警戒しながらも、公爵と少しずつ距離を詰めている。地面に倒れているリグレットは、動く気配がない。


「リグレットは、ただの傭兵で私の部下ではない。…フィーユ、いつまで突っ立っている。さっさと来い。」


 公爵が睨むように視線を走らせ、フィーユはゆっくりと足を前に進ませてラージスの横を通り過ぎ……


「オイッ! ドレスはちゃんと突き返したンだろぉーな!? 」


 バルバールが声を上げて、フィーユの足がピタリと止まった。よく分からないけど…2人の間で何かあったのかもしれない。フィーユは返答せずに再び足を動かして、公爵の隣に並び立つ。


「クラッセ公爵。今から兵をここに連れてきてもらいます。リグレットを問い詰めれば、真実が明らかとなりましょう。」


 ラージスは剣を鞘に収めないまま、公爵と向かい合う。すると公爵は俯いて……


 耐えきれなくなったように、急に笑い声を上げた。


「…ふっ…真実、か…。酒場に火を放ち、クレアを誘拐したのはバルバールではなく、リグレットだ。」


 断言した公爵に「テメェが、リグレットに…ンなことやらせたのかッ!」とバルバールが声を張り上げてタクトの横を通り過ぎ、公爵に近づいていく。


「おい、よせ!」

「バルバール兄ちゃん!」


 ラージスとタクトが呼び止めるが、歩みは止まらない。公爵が鞘から剣を抜き、鞘を地面に放り落とすと、バルバールに切っ先を向けた。


「平民の分際で、私に対して無礼であろう。」


 口を慎め。と公爵が鋭い声で言い放つ。足を止めたバルバールは、それでも、下がろうとはしなかった。


「リグレットも望んでしたことだ。…そういえば、お前が獣人を受け入れたことに、リグレットは失望していたぞ。」


「……はァ!?」


 バルバールが、怪訝そうな声を漏らす。


「数年前に獣人に殺された会長は、血の繋がりのないリグレットと数年ほど生活を共にしていた。リグレットは目に負傷を負わされたことよりも、獣人に会長を殺されたことに対する恨みを抱えて、今まで生きてきたのだ。」


「…ンなこと、俺は…」


「知らない者が殆どだろう。私は昔、その商会と懇意にしていたからな。」


「リグレットが…」


 バルバールが、倒れているリグレットに視線を向ける。同じ傭兵でも、あまりお互いの身の上について語ることはないのか、バルバールは驚いているようだ。


『 数年前に獣人に殺された会長 』


 商人としかサリシア王女から聞いていないけど、もしかしてカルメラを誘拐しようとした男のことかもしれないと思った。



「オイ、いつまでここにいる気だ。」


「分かってる。」


 こそこそと、私の後ろでイアンとアルが話し合っている。イアンの声が少し苛立っているように聞こえたけど、出るタイミングを伺っているのかもしれない。

 機嫌良さそうに饒舌(じょうぜつ)に語り始めた公爵は、リグレットが倒されたというのに余裕を感じた。私たちが地下室から出ているとは思いもしないだろうし、この場にいる者たちは、口封じをする気なのかもしれない。私はこのまま静観し、話に耳を傾ける。


「リグレットの恨みは深く、大いに役立った。」


 公爵の唇が不気味に弧を描く。まるで意図してそうしたかのような言い方に疑問に思った。


「テメェは…リグレットを利用したのか!?」


 バルバールの怒声が響き渡る。


「…そもそも会長に、獣人を拐ってこいと命じたのは私だからな。殺されるのは計画の内だった。」


「な…ッ! クラッセ公爵! なぜ、貴方はそんなことを…!」


 公爵の言葉に、信じられないといった様子でラージスが声を上げた。


「陛下は、以前から獣人と交流しようと考えていたが、私は獣と言葉を交わす気など毛頭なかった。獣人と人間が交流を深めては困ると……相談も受けていたしな。」


 奴隷にするなら別だが。と言った公爵は、剣を持たない方の手で顎をさすり、微笑する。


 ………相談? 誰に………まさか、公爵はオルウェンか、ジルニアと繋がりがあったの?


 公爵は王の指輪を手に入れようとしていたみたいだったし、方法は分からないけれど…どちらかと連絡を取り合っていたのかもしれない。


「クラッセ公爵。……全て白状していただく。私と共に城に同行願います。」


 剣を収めなければ、無理やりでも連れてく。と低い声で言って、ラージスの纏う空気が変わったように感じた。狼狽える様子のない公爵は落ち着いていて、バルバールと、その側に歩み寄ったタクトの2人に視線を向ける。


「バルバール。お前に罪がないことを私が証言してやろう。実際に罪を犯したリグレットを兵に引き渡す。ここで見聞きしたことは、胸の内にしまっておけ。」


 そうすれば生かしてやる。と言って、公爵は2人から興味を失ったように視線を外した。


「〜〜〜〜ふっ、ざけンなッ!! テメェ…」


「バルバール! お父様に逆らわないで!」


 公爵に詰め寄ろうとしたバルバールに、ずっと黙っていたフィーユが素早く動いて、公爵とバルバールの間に入った。


「フィーユッ! テメェは知ってたのかッ!! 」


 バルバールが手を勢いよく振り、フィーユの頭を掠めたようで、被っていたフードが落ちる。



「〜〜〜〜っ……リグレットが、お父様の下で動いていたのも、私が自分の意思で行動していたことが…全てお父様の手の内だったと、知ったのも……っ……部屋を出て行った、後のことよ……。」



 言葉を詰まらせながら、苦しげに言葉を紡いだフィーユに、バルバールは口を噤んでタクトを背に庇うようにしながら数歩後ずさる。




 マントの中に隠し持っていたようで、フィーユは銃を構えて……銃口が、バルバールに向けられていた。


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