モリエット男爵と、ヒューズ宰相の思惑
――国王が三人をグラウス王国へ向かわせることにした、その日の夜のこと……
城内で働く、一人の文官の男がモリエット男爵の屋敷を訪れていた。
「チッ…ルミナスは未だ見つからんのか…。騎士団も役には立たんな…。」
自室で男爵は、椅子に座りながら正面に立つ男からの話を聞いていた。
男爵は城内での情報をこの文官から得ていたのだ。
この男はヒューズの下で働いている文官の内の一人で、今日ヒューズが文官達へと話した情報を早速持ってきたのである。
情報を得る際に多額な報酬を支払わなければならないが、それは仕方がないと男爵は割り切っていた。
「ええ。それと明日の朝にマーカス王子ならびに騎士団長と宰相のご子息三名が王都を出立し、グラウス王国へ向かうそうですよ。ルミナス嬢の捜索依頼と友好な関係を築くためとかで…。」
「ふん…あの獣だらけの野蛮な国に行くなど、全員に死んでこいと言ってるようなものだな。」
「ええ。本当に…それで、報酬をいただきたいのですが…。」
「ああ。」
男爵は机の引き出しを開け貨幣が入った袋を取り出す。男はそれを嬉々とした表情で受け取り「また何か情報が入りましたら伺いますので…」と言って部屋を退室していった。
その様子を見て男爵はフンと鼻息を鳴らし、椅子にもたれかかる。
あの男はそろそろ用済みか…いや、城内の伝手は残しておくべきか。
この国を出るにしても、手土産の一つも無しではな…。
考えを巡らせていた男爵は、先ほど男から得た情報を思い出す。
あり得ない事だが、もしも、王子達が友好な関係を築いてきたら…それを未然に防ぐことは手土産になるのではないか…
「…おい、依頼を頼みたい。」
男爵の声に反応し、一人の男が天井裏から音を立てずに男爵の前に現れる。全身黒い服を着て口元も隠している男は男爵の言葉をじっと待っている。
「王子ならびに同行している二人の暗殺を依頼する。森の中…グラウス王国に入る前に始末しろ。報酬はいつもと同じ依頼達成後だ。」
男爵が男に向かって言うと、その男は無言のまま頷くことで了承の意を示し再び音を立てずに闇に消えた。
…三人だけなら容易に始末できよう。森の中で殺されてるとなれば、疑わしいのは獣人だ。両国が友好など今後もありえぬ。
男爵はほくそ笑む。
これで一つの手土産ができたと、喜ばしく思いながら…。
―――その後 城内 ヒューズ宰相の執務室では…
「そうですか。文官の者が男爵邸に…。その男はすぐに捕らえ、話を聞くことにしましょう。」
「はっ!」
男爵邸を見張らせていた密偵が、宰相の元へと報告にきてヒューズは指示を出す。ヒューズはわざと文官全員に今日の話をした。男爵と繋がりがいる者がいるか探りを入れる為と、これから男爵がどう動くか知る為である。
…豚が餌に食いつきましたか…
ヒューズはフッと笑みを浮かべる。
…あとは副団長へお話しして、動いてもらうとしましょう。
そう考えたヒューズは、急ぎ執務室を出て副団長の自室へと向かう。
――コンコン
「俺は寝てるぞ〜。」
「…寝ている方が返事を返すのはおかしいと思いますが…話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、入っていいぞ〜。」
部屋にいる男は軽い口調で部屋に入る許可を出す。
扉のドアを開けてヒューズが部屋に入り、ソファへと視線を向ける。
男は部屋のソファに横になり、気だるげそうにして眠そうに口を大きく開けてあくびをしている。
「どなたか尋ねずに部屋に入れるなど…無用心ではないですか?」
「な〜に、もし不審者だったら斬り捨ててやるさ。」
そう言ってハハハと自分の頭側に立てかけておいた長剣を手に取り笑う。
ライアン・フォン・サンカレアス
この国の第二王子であり、騎士団の副団長をしている。父親譲りの金色の髪と瞳をしており、剣の才能は騎士団長も認める実力者である。
「宰相が来たっつーことは、俺にも任務が与えられるのか?」
「ええ、明日の朝マーカス王子達がグラウス王国へ向けて出立しますので、王子達に気づかれぬよう跡をつけてほしいのです。そして王子達に対し獣人の接触は構いませんが、人間の場合は捕縛するようお願い致します。」
「ああ、りょーかい。…マーカス達がグラウス王国に行く目的は?」
「ルミナス嬢の捜索願いと、友好関係を結びに行ってもらうのですよ。」
「…どうせ目的はそれだけじゃねーだろっ。マーカス達を囮にするとは宰相も人が悪いなぁ〜。親父や団長からはルミナス嬢の捜索任務には加わらずに自室で待機するように言われていたが……俺が行かされるって事は…マーカス達が任務を失敗したら見捨てて俺が代わりに、ってことか?団長や宰相の息子も行くんだろ?いいのかそれで。」
「ええ、国王が三人を向かわせる決断をしたのです。あなただけを向かわせる事も考えたでしょうが…私の息子へも機会をお与えになってくださり、感謝していますよ。もちろん騎士団長も。」
ライアンは普段はお調子者で口調も荒いが、公務となると王族としての振る舞いはキチンとする男だ。
聡明で剣の腕もあるライアン以上の適任者はいないであろう。それを分かっているからこそ、任せらる。
国王の執務室で話しを終えた後、それぞれの息子達に任務を与えた。息子達は張り切って任務に望むことだろう。獣人の国に王族が赴くのは今回が初となる。
二百年前に種族間の争いがあった際、人間側も獣人側もお互い被害は甚大だった。しかし獣人に対し人間側の死亡人数は圧倒的に多く、その争いで人間側は獣人の身体能力の高さを身をもって知ることになったのだ。
その争いがきっかけで、それまで獣人を奴隷扱いしていたサンカレアス王国とニルジール王国は奴隷制度そのものを廃止とした。
未だにオスクリタ王国は奴隷制度が残っているが。
種族間の溝は年月が経っても簡単には埋まらない。グラウス王国に立ち寄った商人が国に入っただけで殺されそうになったとか…人間を見ただけで攻撃してくるなど、情報は噂でしかなく確かなものはないが、獣人は野蛮で危険な種族だとイメージを持つ者がほとんどだ。
マーカス達が向かったと聞いたら、貴族達は向かう事が処罰と考える者もいるだろう。
…任務を無事に自分たちで達成できれば、一番良いのですがね…。
ヒューズはそう思いながらライアンの部屋を後にする…
…そして次の日の朝三人はそんな大人たちの思惑など知らぬまま、グラウス王国へと旅立っていった。
別視点が続きましたが次話からルミナス視点となります。




