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ルミナスは、謝罪する

 

 後ろを振り向くと……


 影の中から姿を現した、リヒト様がいた。


 なぜか上半身だけ出して止まっている。地下室が薄暗いから、その光景が不気味に見えた。


 クレアは驚きのあまり言葉が出ないようで、口を大きく開けて、目を白黒させている。「これは…床に……いや、これも魔法なのか…?」とアルは、私の隣に並び立ち、まじまじとリヒト様を見ていた。


「ルミナス、指輪はどうした?」


 私だけをジッと見つめて周囲を気にした様子のないリヒト様の問いに、内心ギクッとする。指輪を持っていないことは、リヒト様にお見通しだ。


「実は、薬で眠らされて…目が覚めた時には指輪が外されてました。今はクラッセ公爵が持っています。」


 ごめんなさい!! と謝罪して頭を深く下げる。大切な指輪を奪われて、逃げられてしまったんだ。自分の警戒心の無さと、不用心さに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ルミナスが謝る必要はない。その人間を簡単には殺せないな。……残酷な、死を与えてやる。」


 うなるような低い声に、私はゆっくりと頭を上げる。オッドアイの瞳が怪しく光、リヒト様がものすごく怖い顔をしていてビクッと体が震えた。ヒィッ! とクレアが短い悲鳴を上げて、体を小刻みに震わせている。隣からは、ゴクリと喉を鳴らす音がした。イアンに対して怒っていた時の比ではないくらいに、重く空気が張り詰めたように感じる。


「……イアン。暴れなくても出してやるから、もう少し待て。」


 フッと空気が和らいで、目線を落としたリヒト様が影に話しかけてるように見えた私は、首をかしげる。


「イアンも一緒に来たんですね。どうしているか気になっていたんです。…外から話しかけて、イアンに聞こえるんですか?」


 影の中に引きずり込まれた者は暗闇の中で、外の音と景色は遮断されていると思って、私は質問した。

 ………暴れているのは、発情期のせいかな?

 きっと私が部屋を出て行った後、リヒト様は影の中に入れたのだろう。未だにイアンは興奮状態なんだと考えていると、リヒト様が目線を上げて口を開く。


「発情期は終わらせたから安心していい。城から影を渡って移動してきたが、取り込み中だったから暫く影の中から見ていた。意識していれば、影の中にいる者達も外の景色や音を見聞きすることができるぞ。」


 へ〜…と私は思わず声を漏らす。上半身だけなのは、影の中への意識を途切らせない為なのかもしれない。


 ………んん?


 リヒト様の言葉に、いくつか疑問が湧いた。


「…影の中には、いつからいたんですか?」


「その男が、ルミナスに想いを告げているあたりからだ。イアンが顔を赤くして今すぐ出せと喚いてる。」


 リヒト様が軽く溜息をついて、私は影を凝視する。

 クレアとの会話は聞かれていなかったようだけど、アルとのやりとりを見ていたようだ。


「影の中に人が…?」

「オルウェンが使っていた、影を操る魔法か。だが、何故……」


 クレアは影の中に人がいることに、にわかには信じられないようで、アルはブツブツと独り言を呟いて思考に耽っている。リヒト様が魔法を使っていることに疑問に思っているようだ。魔人の存在を知らないのだから仕方がない。


 リヒト様は影の中にイアン以外にも人がいるような言い方をしてるし、発情期を終わらせたって…城を離れている間に何があったのか気になるけど……


「リヒト様。クラッセ公爵から、指輪を取り返します。」

「……指輪の反応は建物のすぐ側だ。まだ移動をしていないようだな。影の中に入れるから外に出よう。」



 一気に、足下が黒一色に染まる。



「え…? な、な、何これ…!?」

「ッ…!?」


 クレアとアルが驚いている様子を見て「2人とも大丈夫よ。すぐ外に出れるから安心して。」と私は声をかけて微笑んだ。



 体が、影の中に沈んでいく。


 私が落ち着いているから、2人は取り乱さずに口を閉じて、リヒト様の魔法に身を委ねた。



 視界が、完全な闇に包まれる。



 何も見えず、何も聞こえない。



 今は外の景色と音を遮断しているみたいだけど、リヒト様に守られているような安心感があった。





 頭に水が落ちてきて雨の匂いが鼻につく。移動したんだ…と思いながら、雲に覆われた空でも眩しいくらいに感じて、目をパチパチと瞬かせた。小さな畑らしきものや木が数本あり、その先には城壁が視界に入る。孤児院の裏手に出たようだ。


「――――クレアは、どこにいるッ!!」


 荒々しい声と、金属同士のぶつかる音が耳に入ってきた。そろりと建物の陰から覗き見ると、マントを羽織っている赤髪の人がリグレットと剣を交えていた。


 ………ラージスだ!


 その近くにはタクトとバルバール、孤児院の壁際に立っている人はフードを被っていて顔が見えないけれど、フィーユかもしれない。


「ルミナス。全員出した。」


 声をかけられて後ろを振り向くと……


 私の後ろにはリヒト様が立っていて、壁際には地面に横になっているマナがいる。クレアは上半身を起こした状態で、ピンクの髪を揺らしながらキョロキョロと周りを見回していた。アンジェロ王子と騎士が2人いることに驚いたけど、随分と顔色が悪いように見える。イアンはアルを睨んでいて、今にも掴みかかりそうだった。


「クレアは罪を犯した女だろう。 君は見張り人としてこの国にいると耳にしている。何故それほど必死なのか…理解に苦しむね。」


 金属音が鳴り止み、リグレットがラージスに質問を投げかけていた。ここからでも会話が聞こえてくる。


「私がクレアを好きだからだ!! 」


 ラージスが声を張り上げて、こちらまでビリビリと伝わってくるようだった。剣の打ち合いが再開したようで、後ろを見ると…クレアの顔が真っ赤になり、ぷるぷると震えていた。


「……うそ…ラージスが、わたしを…」


 足に力を入れて立ち上がろうとしたクレアに、近くにいた騎士が手を貸していた。サンカレアス王国にいた時からラージスがクレアを好きだろうとは思っていたけど、想いを本人に伝えてなかったようだ。


「怪我をしているのだから、動かない方がいい。」


「大丈夫、です……っ……ラージス…が……」


 アンジェロが声をかけても、クレアは歩みを止めずに私の方に来て一緒にラージスたちを見る。真剣で戦っている最中に声をかけるわけにもいかず、静観していると……


 ガキン!! と剣がぶつかり合い「ぐ…!」と声を漏らしたリグレットが、ラージスの剣を弾いて後退する。リグレットは肩で息をして、息一つ乱していないラージスの方が、私の目からは優勢に見えた。


「ここから反対側に指輪の反応がある。」


「リヒト様、俺が取り返してきます。」


 私の後ろではリヒト様とイアンが話をしていて、クレアは心配そうにしながら、戦いに見入っていた。


 ………バルバールとタクトは、なんであそこに…?


 疑問に思っていると、バルバールがタクトの腕を掴んで起き上がらせる。声は聞こえないけれど、建物が密集している方をバルバールが指差してタクトに行けと言っているような仕草をしていた。


「―――! 逃がさないと、言っただろう!」


 タクトが動き出したのに気づいたリグレットが、タクトめがけて剣を振るい、バルバールがタクトを庇うように前に立つ。


「そんなことは、させないッ!!」


 一気に距離を詰めたラージスが、剣を下から払って鈍い音が響き渡る。リグレットの剣が手から離れて宙を舞い、その刹那、眼帯が付いて死角になっている方の頰めがけてラージスの拳が当たって、リグレットが吹っ飛んだ。


 かなりの力が込められていたのか、地面に倒れたリグレットは動かない。


 隣でクレアが「すごいっ…ラージス、すごい…っ。」と感動しているようだった。鎧を付けているリグレットの方が体格が大きく見えたし、ラージスが戦っているところを初めて見た私は、その強さに驚いて呆然とする。きっとイアンのように、日々鍛錬をしているのだろう。


「今のうちに兵士を呼んできてくれ。ここは任せろ。」


 ラージスが話しかけ、固まっていたバルバールが頷いて返している。壁際に立って静観していた人に対して、「お前も私と戦うのか?」とラージスが体の向きを変え、剣を構え直していた。




「 フィーユ! いつまで私を待たせる気だッ!! 」





 苛立ち混じりの怒声が響き、私はラージスたちから、その奥へと視線を移した。


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