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相対する者

 

 地下室の扉に鍵をかけた後、公爵、院長、フィーユの3人は、院長室に場所を移した。


「ヨゼフ、鍵は私が預かる。…それと、剣を寄越せ。お前は子供たちと普段通り暮らしていればいい。」


「か、かしこまりました…。」


 強張った表情をしているヨゼフ院長は、室内の隅にある棚の鍵を開けた。その中には金庫の他に、武器がしまわれている。鍵と剣を受け取った公爵は、腰に下げている短銃をフィーユに手渡して「弾を込めておけ。」と指示を出した。


 公爵は鍵を上着のポケットに入れて、ほくそ笑む。


 この鍵は特殊な形をしているため、同じものをすぐには作れない。誰かがこの場所に辿り着いたとしても、暫くは時間を稼げるだろう…と考えながら、弾を込め終えた銃を受け取って腰に下げた。


「フィーユ、銃をマントの中に隠しておくんだ。」


 公爵の言葉にフィーユは小さく頷き、マントの中で銃を隠すように持って、目線を落とす。


「お前は…私の言う通りにしていればいい。」


 公爵は乱暴な手つきでフィーユの頭にフードを被せると「次は躊躇するな。」と言い放ち、手を離した。


 ………私は、お父様から…逃れられない……。


 フィーユは唇を噛み、自責の念に駆られていた。

 ズブズブと底なし沼に体を沈めていく感覚に陥るなか「行くぞ。」と声をかけられて、重たい足を前に進ませる。院長が先導するように扉を開けると、院長室の扉の前には1人の少女が立っていた。院長は一瞬目を見開くが、フッと軽く息を吐く。


「おや…リリィ、どうしたんだい?」


 部屋にいないとダメじゃないか。と言って、院長はリリィの頭を優しく撫でた。


「ご、ごめんなさい。あの、ルミナス様は…? 」


「ああ、ルミナス様なら…お帰りになったよ。」


 伏し目がちなリリィの背中に手を添えた院長は、部屋に戻るように促そうとしたが、コホンと軽く咳払いが背後から聞こえてきて、院長はビクッと肩を震わせる。


「ヨゼフ院長。私の見送りはせんで良い。子供たちと一緒にいたまえ。」


 …釘を刺しておけ。と院長にだけ聞こえるように、公爵が囁く。ルミナス様がいらしたことを他言しないように、子供たちに言って聞かせなければ…と考えた院長は、公爵に向かって深々と頭を下げた。


 院長はリリィの手を握りながら二階へ上がっていき、公爵はフィーユを連れて広間を通り、木製の扉を開ける。外は雨が未だに振り続き、従者が公爵が出てきたのを目にして馬を操り、庭に停めてあった馬車を孤児院の出入り口前に横付けした。


「リグレットを呼んでこい。」


 公爵は先に馬車に乗り込み、フィーユは「はい…」と小さく返事をして足を動かせる。小屋に向かうと、扉を開けて藁の上に座っているリグレットに「馬車に来てちょうだい。」声をかけた。すぐに外へ出てきたリグレットが向かおうとすると……


「オイッ! リグレットーーー!!」


 リグレットが小屋から出てくる姿を目にしたバルバールが、路地から飛び出してきた。フィーユは指でフードを深く被り直して顔を逸らす。バルバールが走ってくる姿を見ながら、リグレットは小さく笑みをこぼした。


「話がしてェと思ってたから、ちょうど良かったゼ! 俺はなんも悪さしてねェのに兵士が捕まえようとしやがるンだッ!」


 リグレットの前で止まり、早口で喋ったバルバールは、肩に担いでいた袋を地面に置いて、フ〜〜…と深く息を吐く。雨に当たり続けて全身びしょ濡れのバルバールは、服が肌に張り付いていた。パーマがかった髪が目にかかって、舌打ちしながら手でかきあげる。


「…私もバルバールに用があったから、会えて良かったよ。」

「あ…? 〜〜〜〜イッ !!? 」


 バルバールの横を通り過ぎようとしたリグレットは、手を下げたバルバールの手首を強く掴み―――


 瞬時に地面に倒して押さえつけた。


 泥水が口の中に入ったバルバールはガハッ! と吐き出しながら顔を横に向ける。

 なんの警戒もしていなかったバルバールは、簡単に組み伏せられた。


「兵に引き渡す前に…抵抗しないよう、両腕か両足を折っておいた方が良いかな。」


 どちらがいい? と微笑みながらリグレットは、無慈悲な選択を投げかけた。バルバールは「っはぁ!? 」と息を吐くように声を出す。


「本当は、殺した方が煩わしい口を塞げるんだけど…それはやめてくれって、頼まれてるしね。」


 チラリと後ろに視線を向けたリグレットは、フッと笑みを浮かべた。フィーユはマントの中で銃を握りしめながら体を震わせる。


「何、言ってンだ…? 俺を、お前が…?? 昨夜、俺は見回りしてただけだ…リグレットの口から、そう兵士に、説明を……っ…」


 痛みに顔を歪めながら、バルバールは途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「私は、見回りの仕事を受けてはいない。だから、君が何を言っても無駄だよ。」


 笑みをそのままに告げられたリグレットの言葉に、理解が追いつかないバルバールは混乱する。


 ………なんだ…なんで、リグレットは……


 うまく頭が回らないバルバールに「抵抗しないなら、今だけは…痛い思いをしなくて済むよ。」とリグレットが穏やかな口調で話しかけた。抵抗してもリグレットに勝てると思えなかったバルバールは、強張っていた体の力を抜く。後ろから腕を引かれて立ち上がり、手首は強くリグレットに掴まれたまま、逃げられないようにされていた。


「さて、私と一緒に兵士の詰所へ行こうか。」

「やめろっす!!」


 リグレットの声に被せるようにして、木の陰に隠れていたタクトが、猛スピードで走ってきて鎧めがけて体当たりをする。リグレットはバルバールに意識を向けていたために一瞬驚いたが、それでもタクトの力ではリグレットの体はビクともしない。


「タクトか…バルバールを庇うなら、君も同罪だ。」


 鋭い視線を向けたリグレットに、バシャッと水たまりに足を踏ん張るようにつけたタクトは、キッ!と睨み返した。


「リグレット!! さっさと、俺を連れてけッ!」


 自ら足を前に進ませたバルバールの前にタクトは立ち、両手を大きく広げて行く手を遮る。


「バルバール兄ちゃんは…何もしてないっす! 」


「君の言葉など、誰にも届かないさ。邪魔をするならバルバールが痛い目を見るけど……」


 いいのかい? とリグレットは腰に下げている剣を鞘から抜いて、バルバールの腕に切っ先を向ける。

 口を噤んだタクトは、両手を下げて悔しげに拳をつくる。その手は、小刻みに震えていた。


「それともタクトを痛めつけた方が良いかな…」


 リグレットの囁きを耳にしたバルバールは、足を上げてタクトを蹴り倒す。痛みと衝撃で後ろに倒れたタクトは、固く瞼を閉じてお腹を抑えながら咳き込んだ。その姿を見下ろしながら、バルバールは歯をギリッ! と強く噛みしめ、口を開く。


「余計な真似すンじゃねェ!さっさと失せろッ!!」


 空気が震えるような怒声を上げたバルバールに、タクトは瞼を薄く開けて、その目にじわりと涙を溜めた。タクトとバルバールが互いに家族のように想っていることを知るリグレットは、クックックッ…と肩を震わせて笑い声を漏らす。


「バルバール…君が火をつけていないことも、クレアを拐っていないことも私は知っている。だが、それを証言する気はないよ。平民は…立場と力が上の者には逆らえないのさ。」


 バルバールとタクトは、リグレットの言葉に怒りのこもった眼差しを向ける。冷めた目をしたリグレットは、2人からの視線に気にした様子はなく、剣を鞘に収めると「さぁ、行くんだ。」とバルバールに歩くよう促した。


「それが真実なら、捕らえられるのはお前の方だ。」


 後ろから低い声がして、フィーユとリグレットは後ろを振り向く。


 小屋の裏手で身を潜めていたラージスが颯爽(さっそう)と現れて、水を払うかのように羽織っているマントをひるがえすと、腰に下げている剣を鞘から抜いて構えた。


「貴様は…クレアの居場所を知っていそうだな。」


 詳しく聞かせてもらうぞ。と言ってラージスは被っていたフードを下ろして視界を見えやすくすると、殺気を込めた眼差しでリグレットを見据えた。

 一体いつからあそこに…と考えながら、リグレットは予期せぬ事態に眉をしかめる。


 ラージスが何故、この場所にいたのか……

 それは、城で公爵が席を外している間にシルフォードから頼まれたからであった。



『 確証はないんだけどね…僕は、クラッセ公爵が怪しいと思っているんだ。だから、どこに向かうか後をつけてほしい。君なら自由に動けるだろう。』



 シルフォードは、ラージスにそう話していた。


 なぜシルフォードが怪しいと思っているかをラージスは尋ねようとしたが、公爵が戻ってきたために聞くことはできなかった。ラージスは公爵を疑っていたわけではなかったが、クレアの行方を見つけるための糸口が何か掴めれば…と考えて、城から発つ時に単独で公爵の後を付けていた。

 馬車は最初に広場に向かってロリエ会長を店舗に降ろすと次に宿屋に寄り、人が馬車に乗り込む姿を建物の陰からラージスは目にしている。そして次に馬車が停まった場所が孤児院だとは知らなかったラージスだったが、ここで何を…? と怪訝に思い、孤児院から離れた場所の城壁前まで来ると、壁伝いを歩いて小屋の裏手に身を潜めた。そうして息を殺しながら、会話を盗み聞きしていたのである。



 孤児院の庭は雑草を抜いたばかりで草は生えていなく、朝から続く雨で土の地面はぬかるんでいる。ラージスは足を滑らせないように両足に力を入れて、剣の柄を固く握り締めた。ラージスから放たれる殺気に、フィーユはゴクリと唾を飲むと、孤児院の壁に向かって足を数歩動かす。


「バルバール、タクト…もし逃げようとしたら、即座にどちらかを斬りふせるからね。」


 リグレットは淡々と言い放ち、掴んでいた手首を振り離して、剣を抜く。



 バルバールは地面に倒れたままのタクトの側に駆け寄り、相対するリグレットとラージスの間には、一触即発の緊張感が漂っていた。

次話 ルミナス視点になります。

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