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目指す者 2

 

「〜〜〜ッだあああ! クッソ! 」


 ゼェゼェ…と息を切らしながら、バルバールは人気(ひとけ)のない細い路地内で立ち止まり、背中を建物の壁に付けてズルズルと地面に腰を下ろす。


「誰だよ、クレアって! ンな奴、知らねェっつーの!! 」


 不満をぶちまけるように声を荒げたバルバールは、濡れた髪を払うために、左右に首を大きく振る。しかし降り続ける雨が髪を濡らして、いくら払っても意味はなかった。


 宿屋を後にして歩いていると、バルバールは兵士に行く手を遮られた。クレアを攫ったのはお前か! と兵士に問い詰められて、バルバールは訳が分からずその場から逃げ出してきたのだ。マルシャン商会で働くクレアには、少なからずファンができている。明るく愛想の良いクレアは、独身男性たちの注目を浴びていた。兵士達はクレア捜索にやる気がみなぎっていたが、バルバールは名を上げてきたマルシャン商会の名を知っていても、クレアのことは全く知らなかった。


「……っはぁ〜〜…どうすっかな……。」


 額から垂れてきた水を乱暴に片腕で拭い、空を仰ぐ。雨が目に入りそうになって眉間に皺を寄せながら目を細めたバルバールは、そのクレアって奴が見つかンねェとヤベェな…と考えながら、重たい腰をゆっくりと上げた。

 いくら違うと否定の言葉を並べても、バルバールは自分の言葉など軽いと思っている。コメルサン商会の会長等が殺された時、バルバールは容疑者の1人として騎士に連行されて、問い詰められた経験があった。素行(そこう)の悪さから疑いの目を向けられて、拷問される手前までいったが、アルが賞金首になったことで解放されていた。


「あっ!! 」


 雨が石畳の上に降り続けるなか、バシャ! と水の跳ねる音と何者かの声に、バルバールは一瞬ビクッと肩を震わせる。兵士が来たのかと思って走りだそうとしたが……


「バルバール兄ちゃん! 見つけたっす!」


 その聞き覚えのある口調に、バルバールは踏み止まって振り返った。


「……は? タクト…こんなトコで何してンだ?」


 広場にある商会の店舗で、日々忙しく働いていることを知っているバルバールは、タクトの姿に目を丸くした。『 見つけた 』と自分のことを探していたような口ぶりに、バルバールは戸惑いを感じる。

 雨を凌ぐためにマントを羽織ってフードを被っているタクトは、軽く呼吸を整えると大きく口を開く。


「すーーーっごく心配したっすよ! 酒場の親父さんがバルバール兄ちゃんが捕まるかもしれないって教えてくれたっす!」


「……はぁああ? 」


 首をかしげるバルバールに「どこかに身を隠さないとダメっす!」とタクトは早口でまくし立てる。

 早足で側に近寄ったタクトが、呆気に取られているバルバールの手をガシッ! と両手で掴んだ。


「酒場に、兵士が来たのかぁ? 」

「 ? …酒場は燃えたじゃないっすか。 」


 地面にドサッと肩に担いでいた袋を落として、バルバールは瞠目する。燃えた…? とバルバールが小さく声を漏らしたのを耳に入れたタクトは「……え? もしかして、バルバール兄ちゃん知らなかったっすか?」と驚いた後、昨夜酒場が燃えてバルバールに放火の疑いがかけられていることを話した。

 それを聞いて、あの時か…と見回りの途中で見た煙のことをバルバールは思い出す。兵士に止められた時はクレアのことしか聞かれていなかったため、自分に二つも容疑がかかっていることに、バルバールは困惑した。


 酒場が燃えて王都内にある兵士の詰所で休んでいた店主は、バルバールが犯人の疑いがあるとして行方を探すと兵士たちの会話を耳にして『 アイツは、そんなことする奴じゃねぇ!』と訴えかけた。しかし耳を貸してもらえずに、店主は適当に理由をつけて詰所を後にした。商会で管理している、商人見習い達が寝食を共にしている建物から広場に向かっている途中に、タクトは店主と出くわして事情を聞いた。火事があったことは知っていたが、まさかバルバールが犯人扱いされているとは思っていなかったタクトは、ずっとバルバールを探していた。


「俺と一緒にいたら、テメェまで疑われちまうだろ〜が。さっさと店に戻れッ!! 」


 タクトの手を振り払って睨みつけるバルバールに、嫌っす! とタクトは言い返した。


「商会に迷惑がかからないように、アジールさんに商人を辞めるって伝えてきたっす! 」


「〜〜〜〜!? っざけンなッ! お前は俺と違って頭がイイくせに……馬鹿なことしてンじゃねェよ!!」


 バルバールは、タクトの胸ぐらを掴んで軽く持ち上げる。


「……小さい頃のこと、あんまり覚えてないっすけど…オレを助けてくれたのが、バルバール兄ちゃんだって、知ってるっす。」


 つま先立ちをしているタクトは、真剣な表情でバルバールを見つめていた。昔話をし始めようとするタクトに、バルバールは舌打ちして手を離す。


「誰かがオレを優しく抱きしめてくれたのは、ハッキリと覚えてるっす。孤児院を出るまでは、それが院長先生だと思っていたけど…そうじゃなかったと知ってからは、オレは……オレは! バルバール兄ちゃんの力になりたいって、ずっと思ってたっす! 」


 目に涙を溜めているタクトの声は上擦っていた。

 バルバールは、頭をかきながらタクトから顔を逸らして溜息をつく。


 10年ほど前。娼館の外でゴミを漁っていた幼い子どもを見つけたバルバールは、孤児院に連れ帰った。院長が娼館に赴き事情を尋ねると、最近亡くなった母親は生前子どもに名もつけず、虐待していたという。厄介者扱いされていたその子どもは孤児院で暮らすようになり、バルバールが『 タクト 』と名を付けた。人を怖がっていたタクトが孤児院に慣れるまで、バルバールは甲斐甲斐しく面倒をみていた。


 ……クッソ…院長だな。口止めしたのに言いやがって……


 当時のことを聞かれても本人には教えるなとバルバールは院長に言っていたが、商人見習いとなって孤児院を出る時に院長はタクトに話していた。感謝の気持ちを胸の内にしまっていたタクトだったが、前に問答無用で騎士に連れていかれた時とは違って、早く事情を知ることができたタクトは、居ても立っても居られなかった。


「いいから、今すぐ戻れッ!」

「嫌っす!」


 向かい合って互いに一歩も譲らない姿勢でいると、別の路地からこちらに向かってくる、いくつもの足音と声を耳にしたタクトは「早く孤児院に行くっす!」とバルバールに声をかけて駆け出した。


「オイ! 孤児院に行ったって、兵士に待ち伏せされてるかもしんねェ! 」


「地下室があるっす! もし兵士がいたらオレが気をそらすから、バルバール兄ちゃんは隠れるっす!」


 タクトの言葉にバルバールは、そんなトコあったな…と記憶を探る。院長に地下室は使ってないから絶対に行かないように厳しく言われていたが、昔タクトを連れてふざけて地下室への階段を2人で降りたことがあった。扉は鍵がかかっていて先に進めなかったが、見つかって院長にキツく叱られた記憶がある。


「…院長に匿ってもらうかぁ…。俺は見回りをしてたんだから、リグレットに何とかしてもらうしかねェな。」


 舌打ち混じりに独り言を漏らしたバルバールに、タクトは「自分も役に立つっす!」と胸を張った。


「毎日こき使われてるから、体力には自信あるっすよ! バルバール兄ちゃん、もっと早く走るっす!」


 ダッ! とスピードを上げたタクトは、どこか楽しげな表情をしている。バルバールはその背中を追いながら思わず笑みがこぼれた。



 ………ったく、人の気も知らねェで……



 馬鹿にされても、物のように扱われて身を切り刻まれても、バルバールは傭兵をやめようと思ったことは、一度もない。







『 ばるばーる兄ぃたん。この向こうには、なにがあるの? 』


『 ん? 城壁の向こうには町や村があって、うんと遠くには他の国もあるんだぞ。 』



『 ボク…いろんなとこに、行ってみたいな。 』


『 そうか、だったら… 』












『 タクトは大きくなったら、商人になって商売をするんだ。俺が傭兵になって、側でずっと守ってやるからな。 』






 タクトが孤児院の生活に慣れてきた頃に交わした会話を、バルバールは今でも鮮明に覚えている。当時タクトはキョトンとしてバルバールの言葉を理解していなかったが、それでも視野を広げたタクトにバルバールは、心の底から嬉しく感じていた。


 ……タクトが5歳で、俺が13歳だったか……


 タクトが覚えてるわけねェか。と思いながら、タクトの隣に追いついたバルバールは、2人並んで孤児院を目指して走り続けた。


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