表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/265

目指す者

 

「……イアン、いつまで(ほう)けている。」


 イアン。とリヒトが再度呼びかけるが、ソファの背もたれに寄りかかって座っているイアンは、半裸の状態でボーっと遠くを見つめていた。壁に背中を預けて腕を前で組んでいるリヒトが、イアンの頰をパン! と自分の手ではなく影を使って叩く。すると痛みにハッと我に返ったイアンが、頰に手を当てながら顔を横に向けた。


「……あれ? 俺……」


「お前がわたしを、ルミナスと勘違いして襲ってきた時は肝が冷えたぞ。」


 キョロキョロと周りを見回すイアンに、リヒトはため息混じりに話した。

 リヒトは壁から離れて、床に無造作に置いてあった服やベルトを手に取り、イアンに向かって放り投げる。咄嗟に手を出してそれらを綺麗にキャッチしたイアンは、自分がしでかしたことを、じわじわと思い出して顔がカーッと熱くなった。


 ――――俺! なんてことを……ッ!!


 昨夜から剣を振り続けて、体の火照りや違和感は単にやりすぎたせいで疲れが出たのかと思っていたが、ルミナスとマナがアルの話をしているのを耳にしてから、体の奥に抑え込んでいたドス黒い欲が溢れ出した。ルミナスを今すぐ自分のものにしたいという衝動に駆られて、必死に抑えていたが……


「〜〜〜ゔぅ…! ルミナスに、合わす顔がない…」


 ルミナスを押し倒して触れた感触も、何もかもを鮮明に覚えているイアンは、服と剣を胸に抱えながら耳まで顔を赤くして項垂れる。


「ルミナスに迷惑をかけるな。」


 淡々とした口調で言い放ったリヒトに、イアンはバツの悪そうな顔をして目線を落とすと、前髪をかきあげ……髪の湿った感触に、イアンは瞬きを繰り返す。


 ……ん? そういえば……


 体の中に渦巻いていた欲望や、火照りが収まっていた。あれが発情期がきた感覚なのかと、イアンは今更ながらに思う。今は冷静に思考できて、やけにスッキリとしていた。


「俺、確か水を浴びて…」


 急に水が降ってきたのは、ルミナスの魔法だと察しがついた。ルミナスの逃げるような後ろ姿を見て、追いかけようとして……それからの記憶がなく、イアンは首を捻る。室内の調度品類は傷だらけのままで、位置は元の場所に戻っていた。


 リヒトに尋ねようとしたイアンがチラリと視線を向けると、目があったリヒトが口を開く。


「わたしも獣人に発情期があるのは知っていたが、目にするのは初めてだった。イアンの発情期が終わるまで、面倒みたくないからな。実験…でなく、……」


 歯切れ悪いリヒトに怪訝な顔をしたイアンが黙って続きの言葉を待っていると、口元に拳を当てて軽く咳払いしたリヒトが「魔法を使って強制的に終わらせた。」と顔色を変えないまま話した。


「そう…だったんですか…。」


 ありがとうございます。と手間をかけさせてしまった侘びを込めてお礼を述べたイアンだったが、俺の体は大丈夫なんだろうか…と不安が()ぎる。詳しく尋ねようか迷ったが、なんとなく聞かない方が良いと思ったイアンは口を(つぐ)んだ。


 ……発情期が、いつ終わるか分からないもんな。


 その間ルミナスだけでなく、周りにも迷惑がかかってしまう。初めての発情期を無事に乗り越えれて良かったと、イアンは前向きに思うことにした。


「ルミナスはマナと一緒に戻ってくる。…2人に謝る口上を考えておくんだな。」


「ゔっ……はい……。」


 冷ややかな眼差しを向けられて、イアンは小さく肩を落とした。……とりあえず、服を着よう。

 上半身だけとはいえ裸でルミナスに迫った自分を思い出し、羞恥で今すぐ駆け回りたい気分になる。

 服を着て剣を腰に下げたイアンが、なんて謝罪すれば良いかを考えていると……廊下を歩く複数の足音が扉の前で立ち止まるのが耳に入って、ゴクっと喉を鳴らした。


 コンコン


 扉を叩く音がして、わざわざルミナスたちならノックをしないだろうと思ったリヒトが、影を操り器用にドアを開ける。扉の先にはアンジェロと、その後ろには護衛の騎士が2人いた。


「失礼致します。……ルミナス様たちは、まだお戻りではないのでしょうか?」


 王の執務室から再びこちらに来たアンジェロが、室内に一歩足を踏み入れて話しかけた。


「まだだが…………ん? おかしいな。」


 リヒトがアンジェロに視線を向けて返答しようとしたが、何かあったのか…。とリヒトは独り言を呟く。


「? ルミナスとマナは、どこかに行ってるんですか?」


 城内のどこかにいると思っていたイアンは、リヒトに歩み寄りながら疑問を口にした。


「どこにいるか場所は分からないが、城から大分離れたな。それより気になるのは…ルミナスから、指輪の魔力が離れていることだ。」


 行ってみるか? とリヒトがイアンに聞くと、はい! とイアンは即答した。


「えっ、あの…! 是非とも、私もご一緒に…」


 アンジェロが慌てて会話に加わる。リヒトがルミナスの所在が分かることに疑問に思いながらも、ルミナス達に何かあっては大変だと、気が気でなかった。

 護衛達も付いていく気満々で「では、馬車の手配をすぐに…」「他に護衛の者は何人付けましょうか…」とアンジェロに話しかけている。




「……面倒だな。わたしが連れてくか。」




 魔力感知でルミナスのいる場所を把握しているリヒトは、説明するのを(はぶ)いて影の中に全員入れようとする。室内と廊下に一気に広がった黒い影に、アンジェロと護衛の騎士2人は驚愕の叫び声を上げながら影の中に姿を消した。俺は走ります! とイアンは抗議するような声を上げていたが、抵抗むなしく影の中に体を沈めていき、室内にリヒト1人が残った。




 リヒトは魔力感知をしながら、ルミナスのいる場所を目指した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ