ルミナスは、不安を覚える
「…アル。貴方は相手が誰であろうと殺すの? 」
「そうだ。オレは今までそうして生きてきた。」
当然だと言わんばかりのアルの言葉は、そうしなければ生きてこれなかったかのように私には聞こえてきた。ゲームでは、アルがヒロインに自分の過去を語るシーンがある。貧しい村で育ったアルは両親に売られて、買った男はアルに対して容赦がなかった。毎日死と隣り合わせで生活していたアルは幼少の頃から人を殺す術を学ばせられて、アルが最初に人を殺したのは10才頃だった筈だ。瀕死の重傷を負うこともあって、自分の感情を表に出さなくなったアルは、ヒロインの前でだけ感情を露わにする。よく私は画面越しに悶えていたけど、この世界のアルがゲームと同じ成り立ちとは限らない。
クレアの手を強く握りしめたままでいると、いつのまにか震えは止まって、少し暖かくなった気がする。
「ルミナス様…ありがとうございます。」
私が手の力を緩めるとクレアの声が聞こえて、そっと手が離れていった。クレアは再び移動しようとしてるのか鎖の音がしたけど、その音以外にかすかに施錠を解くような音が聞こえてくる。
クレアも気づいて動きを止めたようで、私は奥に視線を向けて目を凝らす。
扉の開く音がした後に、小さな火の明かりがいくつも目に付いた。暗闇に目が慣れてたから、それらの温かみのある明かりが、眩しいと感じて私は目を細める。揺れる蝋燭の明かりが左右二手に分かれて壁に向かっていく。目が明かりに慣れてくると、左右の壁際にはいくつも大きな木箱が並んで置かれていて、その箱の上に手に持っていた燭台を載せている。1人は院長で、もう1人はマントを羽織ってフードを被っているから、誰か分からない。
足音がこちらに向かってきて、私は正面に視線を向ける。近づいてくる人物に驚いた私が声を出そうとしたけど、「そんな…ッ! な、なんで…」と私より先にクレアの動揺している声が耳に入ってきた。
「公爵様が…わたしを拐ったんですか…?」
私の右斜め前にいるクレアが、床に膝を付けながらクラッセ公爵に問いかけた。クラッセ公爵はクレアの商品を気に入ってた人だから、クレアは今信じられない気持ちでいっぱいなのだろう。なぜクレアを拐ったのか公爵の意図が分からず、私は疑問を抱く。
クレアはふんわりと裾の広がる可愛らしいドレスを着ていて、床にずっと座っていたせいか、背中やお尻の部分が汚れていた。
クラッセ公爵は口を噤んだまま、蔑むような目でクレアを見下ろしている。
……指輪は…クラッセ公爵が持ってる……。
クラッセ公爵の着ている丈の長い上着のポケットから、アクア様たちの魔力の色が私の目には見えていた。
「クラッセ公爵…今すぐ、わたくしの指輪を返しなさい。」
私が公爵を睨みつけると、こちらに目を向けた公爵の唇が、不気味に弧を描いた。
「ルミナス様がこちらに来たのは…予想外でした。しかし護衛を1人も付けないなど…あまりにも不用心ですな。」
壁を背にして座っている私の前まで公爵が歩み寄る。公爵は私を見下ろしながら、再び口を開いた。
「指輪は預かっております。私に従うと誓うなら…そちらで眠っているご友人と共に、すぐに城へ送ってさしあげますよ。」
「…指輪を返す気はないのね。」
公爵は無言のまま笑みを深める。
指輪が、私にとっての人質のようなものだ。
公爵は指輪が魔法を使うために必要だと知っていて、思いがけず力を手に入れたことに優越感に浸っているようだった。今の私は、魔法を使えない普通の女と公爵の目には見えているのだろう。
「…クレアを、どうするつもりなの?」
チラリとクレアに視線を向けると、クレアは呆然としたまま床に手を付けて俯いていた。
「おや…クレアが気になるのですか?」
ルミナス様は、本当にお優しい方だ。と言って、公爵が顎をさすりながら微笑する。なんだか馬鹿にされたような気がしてイラッとしたけど、公爵が続きを話そうとしているようだから私は口を結んだ。
「前世の記憶をもつ、クレアの知識は大変危険でございます。」
公爵の言葉に俯いていたクレアが…え? と小さく声を漏らして「…信じていなかったんじゃ…」と言葉を続けた。
「私は信じている。だから、お前を秘密裏に拐わせたのだ。武器に関する知識があるのか遠回しに聞いても、お前は口を濁して話そうとしなかったが…何か隠しているようだったからな。」
拷問すれば、全てをさらけ出す気になるだろう。と言って口角を上げた公爵を見て、私はゾッとする。クレアはヒッ…! と小さく悲鳴を上げて体を震わせていた。他人事に思えなかった私はドクドクと胸の鼓動が早まるなか「武器…? 国内は平和だというのに、そんな知識を得て…貴方はどうするつもりなの?」と平静を装って質問した。
「…ルミナス様が、知る必要はございません。」
フッと笑みを浮かべた公爵に、私は不安を覚えて身震いしそうになる。
……前世の知識を公爵が欲していたなんて…。クレアが前世でどんな人生を歩んでいたか知らないけど、兵器に関することは、確かに危険だ……。
もしも私が来なかったら、クレアは行方が分からないまま酷い目に合わされて殺されていただろう。
私が座ったまま考えごとをしている間に、公爵は私から離れて木箱の側に立つマントを羽織っている人の方に歩み寄り、院長は扉の近くに移動していた。
「ルミナス様、少々お待ちくださいませ。先にすべきことを済ましてしまいます。……オイ、ルミナス様から離れろ。」
私の隣で静観していたアルは立ち上がって数歩前に足を運ばせると「 そこで止まれ 」と公爵の指示に従って立ち止まった。
……先に、すべきこと…?
公爵の言葉に怪訝に思う。まさか私がここに来て状況が変わったから、アルにクレアを殺させるつもりなんじゃ…と考えた私は「クレア、わたくしの後ろに…」と声をかけるけど、クレアは公爵から目線を外さなく、私の声が耳に入っていないようだった。
「 お前は、よく働いてくれた……」
公爵がマントを羽織っている人に、目配せする。
アルの背中でよく見えないけれど、その人は何か細長い物を手に持っているようで、鎖の音がして視線を移すと、クレアが顔色を変えて立ち上がっていた。
「 報酬を受け取れ。」
地下室に、乾いた音が響き渡った。




