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ルミナスは、微笑ましくなる

 

「この辺りから泣き声がしたんですけど…。」


 周りを見回しているマナの猫耳が、ピクピクと動いてる。マナが音を聞き取りやすいようにと思ってバリアーを張ってないから、私もマナも全身びしょ濡れだ。城壁の上を進んできた私たちの今いる場所からは、城が遠くに見える。かなり離れてしまったけど、マナの足と私の魔法ならすぐに戻れるだろう。


 ……あれ? あの子…何してるんだろう?


 目を凝らして街並みを見下ろしていると、壁近くの石造りの建物の庭に、私から見て背中を向けている少女が小屋の側に立っていた。雨に濡れるのも構わずに動く気配もない。ただジッと立っている姿に怪訝に思った私は、顔を横に向けて「ちょっと下に降りてみよう。」と声をかける。すると「はーい!」と元気よく返事したマナは颯爽と飛び降りて、私は魔法で足下を動かしてエスカレーターのように、下に向かって降りていった。


 少女は後ろから近づく私たちに気づいた様子はなく、小さな肩が落ちて俯いている。私の目からはその後ろ姿が、どこか寂しそうに感じた。


「こんにちわ。家の中に入らないと風邪ひいちゃうよ。」


 私の声に、少女の肩がびくりと跳ねた。恐る恐る振り返った少女に私がニッコリと微笑みかけると、少女の茶色の目が溢れんばかりに見開かれる。少女の額は濡れた前髪が張り付き、肩まである髪の一部は頰に張り付いていた。


「……え? 」


 ぽつりと声を漏らした少女は、私達が突然現れたことに戸惑っているようだったけど「ここは、あなたの家なの? 濡れた体を乾かしましょう。」と私は少女の背中をポンポンと優しく叩いて、中に入るように促す。呆然としている少女は私の手に押されるように辿々しく歩き出した。抵抗を示さないから、この家に住んでいるのは間違いないようだ。家の出入り口まで歩いてきたら、マナが後ろから付いてきてないことに気づいて庭を見ると、小屋の横で立ち止まっていた。


「マナー! 中に入ってこの子を乾かすから一緒に来てー!」


 私の声に反応して、小屋に視線を向けていたマナがハッとしたように慌てて走ってくる。どうしたの? と聞いてみると、ん〜…なんでもないです。とマナは笑顔で返して、木製の古ぼけた扉に視線を向けた。


「……ルミナスさん、建物の中から子どもの声と足音がしますよ。」


 扉を指差しながら話したマナに、家族が中にいるのかな? と疑問に思いながら私は扉に手をかけた。


 ……この子を乾かしてあげたら、城に戻ろう。


 そう思った矢先に何人もの高い声と足音が耳に入ってきて、目に飛び込んできた光景に驚いた私は、開けた扉に手をつけたまま固まった。


「あーっ! リリィおねぇちゃん、入ってきたよ!」


「コラッ! 動かないで! まだ濡れてるでしょう!」


 バタバタと素っ裸の幼い男の子が走り回っていて、少女がタオルを手に持って追いかけている。周りにいる幼い子どもたちがキャッキャと笑い声を上げていた。なかには大人しく座っている子もいるし、自分の髪を拭いてる子や、とにかく、子どもの人数が多い。

 まるで保育園みたいだ。

 リリィとは外にいた、この子のことだろう。リリィが中に入り、私とマナも後に続いて一歩足を踏み入れて扉を閉める。子どもたちは皆が濡れてるようだ。もしかしたら外にいたのだろうかと思っていると、男の子を追いかけていた少女がピタリと動きを止めた。


「……り、リリィ…その、人たちは…?」


 毛先まで堅く三つ編みしているおさげ髪の少女は、タオルを両手で握りしめながら口を大きく開けている。シン…と子どもたちの声と足音が急に止んで、他の子どもたちも私たちの方を見て、ポカンとした顔をしていた。「あっ、えっと、ハナ…あのね…」とリリィはオロオロしながら私と少女を交互に見て、返答に困っている様子だった。


「ハナって…名前? 」


 リリィの言葉に反応したマナが、足を一歩前に出しておさげ髪の少女に質問した。マナの声が若干高くなったように感じる。「え!? は、はい…」少女がいきなり話しかけられて驚きながらも頷いて答えると、「いい名前だね!」とマナが弾んだ声を上げた。


 花=ハナ…きっとマナの脳内では、こうなっているに違いない。


「怪しい者じゃないから安心して。みんな濡れてるみたいだから、私が乾かしてあげるね。」


 砕けた口調で、ニコリと笑みを浮かべた私は手を前にかざす。ふんわりと温かい風がこの場全体に行き渡るように魔法を行使した。怯えさせないように、ゆっくりと乾かしていると、子どもたちは自分の体を見たりお互いを見合ったり、反応はそれぞれ違う。リリィは自身の胸に両手を当てながら凄く眩しいものを見るような目で私を見つめていた。


 頃合いを見て魔法を消すと、男の子がテーブルの上に飛び乗って「〜〜〜っ、すっげぇええー! なに今の!?」と興奮した様子で高らかに声を上げた。

 ハナが背後から男の子を捕まえて引きずるように無理やり降ろし「何すんだよ!」「もう! 服を着なさい!」と言い合う姿を見て、ついクスッと私は笑ってしまう。


「あ、あの…ありがとう、ございます…。」


 リリィが頰を赤らめて、もじもじしながらお礼を言ってきた姿に私はキュンとした。

 ……ん〜…偉いね。可愛いね〜。

 心まで温かい気持ちになった私がリリィの頭を優しく撫でると、リリィは照れたような笑みを浮かべる。他の子どもたちも私がしたと理解が追いついたようで、口々にお礼を言ってきた。男の子に服を着せ終わったハナが緊張した面持ちで私たちの前に来ると、チラリとリリィに視線を向けた。突然来た私とマナに困惑しているように見えて、一応名乗った方が良いかな…と思った私は口を開く。


「驚かせちゃってごめんね。私はルミナス。こっちは獣人のマナだよ。」


 隣に立つマナに視線を移して私が自己紹介すると、ハナは自身のスカートをギュっと掴みながら「や、やっぱり…」と小さな声を漏らした。私とマナは今マントを羽織っていなく、フードを被ってないから頭が丸見えだ。容姿の特徴を耳にしていたら、ハナには素性の察しがついていたのだろう。


「「「 ええええーーー!?」」」」


 驚いた声を上げた幼い子どもたちが、私とマナの前に集まってきた。少女達が慌てた様子で子どもたちを止めようとするけど、純粋な好奇心に満ちた眼差しを向けてくる幼い子どもたちの無邪気な笑顔に、私は微笑ましくなった。

 子どもたちをよく見ると、女の子の数が多いみたいだ。幼い子どものうち男の子は1人だけのようで、大声を上げながら私に突進する勢いで走ってきたのを、ハナが振り返って食い止めている。


「何を騒いで…」


 不意に男性の声と、何かがいくつも落ちる音がして子どもたちに向けていた視線を、私は正面奥に向けた。床にコップらしき物が、いくつも転がっている。割れる音がしなかったから木製の物だろう。

 赤茶色の髪をした男性と、その背中からこちらを覗くようにして見ている2人の少年の姿があった。


「院長先生っ!」


 ハナが男の子の腕を掴みながら男性の前に駆け寄って、男の子がギャーギャー騒ぐのを無視しながら何やら話をしている。きっと私とマナのことを話しているのだろう。


 ……あの人『 院長先生 』って呼ばれてるんだ。


 子どもたちの多さを見て学校のような場所かと思ったけど、建物は結構古いようだし子どもたちの衣服は質素なもので平民の子達に見える。この場所はもしかして…と私が考えている間に目の前の子どもたちが二手に分かれて院長が真っ直ぐ私に向かって歩いてきた。先ほどまで騒いでいた男の子は、院長と手を繋いで大人しく口を噤んでいる。目線を下げてふくれっ面になってるけど、小さな手がしっかりと院長の手を握り返している姿を見て、院長が好きなんだろうなと思った。



「お初にお目にかかります。この孤児院の院長をしております、ヨゼフと申します。噂に名高いルミナス様のご尊顔を拝しまして、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。」


 男の子から手を離して床に跪き頭を垂れた院長の、しっかりとした挨拶に私は驚いた。なんだか貴族慣れしているように見える。こちらに向かって歩いている時に顔色が悪かったから、私の素性を知って緊張してるかと思ったけれど、言葉に詰まることなくスラスラと言っていた。男の子や他の子どもたちも、少女と少年たちに促されながら、見よう見まねで床に膝をつけて頭を下げる。


 辿々しくも一生懸命に真似する子どもたちの姿に、私は小さく笑みを浮かべた。


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