向かい合う者
城内。
ルミナスとマナが退室した後、王弟のクラッセ公爵はロリエ会長とラージスを部屋に残して、護衛と共に王の執務室に向かっていた。途中でアンジェロと廊下で出会い、2人は足を止めて向かい合う。
「イアン王子にリバーシを渡せましたか?」
微笑むアンジェロは、公爵たちが執務室に訪れた時に室内にいたため、クレアが行方不明なのも聞いていた。イアンが突然執務室に訪れて昨夜の件で捜索状況を王に尋ねた後に、公爵がリバーシを渡したいと部屋から出て行った所も見ている。
城内や周辺を隈なく探させているが、アルの行方も爆発を起こした者の行方も未だに見つかっていない。
大広間のシャンデリアが吊り下げられていた真上は謁見の間で、爆発の衝撃により窓ガラスは割れて絨毯などが使い物にならない状態となっていた。謁見の間付近を見回りしていた兵は、首に針が刺さった状態で発見されている。その針は睡眠薬が塗られていて命に別状はなく、目が覚めた後に何があったか話を聞くと、黒いマントを羽織ってフードを被った者が数名現れて、廊下の火が消されて暗闇になったところまでしか覚えていなかった。
「ええ、アンジェロ王子。ルミナス様もいらっしゃったので、お渡しできて良かったです。」
公爵は薄く笑みを返した。「そうでしたか。それでルミナス様たちは……」とアンジェロはルミナスたちが部屋に戻ったことを公爵から聞くと、軽く挨拶を交わしてルミナスたちの元に向かって歩き出す。表情には出さないが、固く拳を握りしめて前を見据えるアンジェロの瞳は、昨夜騒動を引き起こした者に対しての静かな怒りに満ちていた。
アンジェロが去った後に扉の前に立つ衛兵が公爵の訪れを知らせて、王が許可を出すと室内に入る。
護衛の者たちを下げさせて室内に2人だけになると、王は机に固定していた目線を正面に向けた。
「…フェラート…何か、話があるのか?」
1人で再び来た公爵に怪訝に思いながら王が尋ねると、公爵は別室で起こった出来事を話し始める。イアンがクレアに疑いの目を向けていること。ラージスに掴みかかり、ルミナスが仲裁に入って止めたがイアンの機嫌が良くないこと。リバーシを渡してルミナスたちが部屋に戻ったことを報告した。
「それと、私の個人的な質問があるのですが…」
よろしいでしょうか? と穏やかな表情で公爵が尋ねた。実の兄弟であり、2人きりの状況であっても、かしこまった口調を決して崩さない。王が頷いて返すと、公爵は金色の瞳で王を見据えた。
「昨夜はルミナス様のお力に大変驚きました。陛下は…いつから、知っていらしたのですか?」
「いつから、とは明確に言えんが…目にした通り、あの方が特別なのは明らかであろう。」
机の上で手を組む王に、公爵は思案顔をした。
「…ええ。パーティー会場にいた皆が、ルミナス様に感銘を受けたでしょう。私は心からルミナス様を敬服いたします。」
公爵は、ゆったりとした足取りで王の目の前まで歩み寄る。
代々王に伝えられてきたことを、公爵に王は話していない。数ヶ月前にジルニアからの手紙が届き、自国も争いに巻き込まれる可能性があるとして王は手紙を送り、公爵は領地から兵を引き連れて王都に駆けつけた。争いが収まり兵を領地に帰したが、公爵は王都に残って度々城に訪れていた。
「……ルミナス様方の怒りに触れなかったから良かったが、国を危機に追い込もうとする輩を…決して許さぬ。」
整った顔を歪めて怒りを露わにしている王は、組んでいる手の力を強めて爪が食い込み、白い肌に僅かに血が伝っていた。王の指に視線を固定していた公爵が、ゆっくりと口を開く。
「陛下、随分と顔色が優れないようですが…休まれた方がよろしいかと存じます。」
「休んでなどおれんッ!!」
ダンッ!と机を叩いて声を荒げた王は、額に手を当てながら項垂れた。
「ルミナス様は誰隔たりなく救いの手を伸ばされる、慈悲深い方とお見受けしました。陛下に何かあっては国の一大事でございます。どうか…お身体をご自愛下さいませ。」
沈痛な面持ちで話した公爵は、臣下の礼を取る。
顔を上げた王は軽く息を吐いて心を落ち着かせると、話題を変える。
「…フェラート、暫く領地に戻っておらんだろう。夫人は大丈夫なのか?」
「ええ。回復に向かっておりますが…ルミナス様とイアン王子にお目にかかれましたし、そろそろ領地に帰るつもりでございます。」
薄く笑みを浮かべた公爵に「そうか。」と王は一言だけ返した。公爵夫人は体調が思わしくなく、療養に付き添うために公爵は、辺境の領地にいることが多かった。
……………
………
「シルフォード王子…どうしてこちらに?」
「暇を持て余してたので、クラッセ公爵が戻るまで世間話に付き合ってもらっただけですよ。」
執務室を後にした公爵がロリエ会長とラージスのいる部屋に戻ると、室内にはソファに座るシルフォードとヘンリーの姿があった。じゃぁ、またね〜。と立ち上がってロリエ会長に手を振ったシルフォードは、公爵と向かい合う。
「クラッセ公爵は、孤児院の子たちを気にかけていると耳にしました。視察に行きたいと思ってるので、僕を孤児院に連れてってほしいです。」
シルフォードは小さく首を傾げて、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
「……ええ、陛下の許可を得ないといけません。不審な輩がどこにいるか分かりませんから、出歩くのは危険です。またの機会にしましょう。」
そうですね。と笑顔で返したシルフォードは、公爵に頭を下げたヘンリーを連れて、部屋を退室する。2人の後ろ姿を目で追っていた公爵は、顎をさすってフッと笑みを浮かべた。ロリエ会長たちに視線を移した公爵は、行こうか。と声をかける。
ラージスはクレアの捜索に加わると言って城に残り、公爵はロリエ会長と共に馬車に乗って、城を後にした。
一方、ルミナスたちの元へ向かっていたアンジェロは客室に着くと使用人たちから話を聞き、室内を目の当たりにして唖然としていた。そして顔面蒼白の護衛からはルミナスが消えたと報告を受ける。ルミナスが瞬間移動したのだと察しのついたリヒトが落ち着いた様子で「すぐ戻るから大丈夫だ。」とアンジェロに告げると、行方を捜索しようとしていたアンジェロは思いとどまり、この事を知らせるために再び王の執務室に戻ることになった。




