ルミナスは、ぶつかる
血の味がする。
唇が離れると熱い吐息がかかり、呼吸を整える暇も与えられずに再び唇を塞がれた。触れるだけのキスとは違い、むさぼるようなキスを繰り返されて、甘い熱に浮かされる。強く掴まれたままの腕が麻痺したように動かなくて、痛みすら感じなくなってきた。
―――――!?
腕を掴んでいたイアンの手が離れたかと思ったら、別の部分に触れてきて、体がビクッとはねる。唇を塞がれたままで声を出すこともできない。先ほどまで私を拒絶していた態度とは違って求められるのは嬉しいけれど、私は今の状況に戸惑うばかりだ。
心臓が鳴りっぱなしで苦しい。
「〜〜〜〜っんん…!」
息が、く…苦しい。
自由になった腕を動かして、手をイアンの胸に押し当てるけど、ビクともしない。足を一歩後退りすると、背中に腕を回されて拘束するように強く抱きしめられる。
それでも足を動かそうとしたら、イアンが突然足を前に動かして、ベッドに吸い込まれるように押し倒された。
「…ふっ……ぃ、イアン……?」
はぁ、はぁと息を荒くしているイアンは、頰を上気させていて、自分の唇をペロリと舐める。艶っぽい仕草に私はゾクっとした。鋭く睨むような眼差しは、まるで獲物を仕留めようとする獣のようだ。
熱を帯びた金色の瞳から目をそらせずに、仰向けのまま体が硬直したように動けない。ギシっ…と軋む音を僅かに立てながら、イアンは上体を起こした。
――――えっ…!?
イアンがベルトを外して自分の服を脱ぎ始める姿に、私は目を見開く。脱いだ服とベルトを床に落として、上半身裸になったイアンの…引き締まった肉体が露わになった。
――――あわわわわっ!!
大胆な行動をするイアンに驚きながら私は心臓の鼓動が再び早まり、顔が茹で上がったように熱くなる。リヒト様から受けた傷は浅いようで、血が止まっていることにホッとしたのも束の間、イアンは一言も言葉を発することなく、私の両肩を掴んで顔が間近に迫ってきた。
「 イア…っ…」
私が口を開くと、言葉を遮るように唇を落とされる。話をしようと思っていたから、急な展開についていけない。イアンの体温が湯気が出そうなくらいに熱く感じて、もしかして熱があるのでは…と心配に思って身じろぎする。すると、肩を掴んでいる手に力が込められて、瞼を固く閉じた私は痛みに身を震わした。
唇が離れて、プハァっ! と思い切り息を吐くとイアンの黒髪が頰にかかって、くすぐったい。
「〜〜〜〜っ、ひゃああああっ!?」
首すじを舐められた私は変な声を上げてしまう。
瞬時にイアンの手が私の口を塞いで、ング…と声がくぐもる。イアンにされるがままの私は逃げ出したい衝動に駆られて、目に涙が溜まってきた。
いつもなら私を壊れ物を扱うように触れてくるイアンの手が、今は欲望のままに……
……あれ? もしかして……
ふと、イアンの今の状態にグラウス王国で聞いていた話が頭を過った。
「ルミナスさん! 大丈夫ですか!?」
「ルミナス!?」
マナとリヒト様の声がしてハッとする。
リビングにいた2人は、私が大きな声を出したから来てくれたようだ。顔を横に向けると、目を丸くしているマナの姿が視界に入った。
「マナ…っふぁ!? イアン、やめ…っ!」
イアンの口が耳に迫って吐息がかかる。2人を気にした様子もなく暴走状態のイアンに顔を向けようとしたら「よっ、良かった、です。えーっと…お邪魔、みたい…ですね。」途切れ途切れに言葉を紡いだマナの声が耳に入って姿が一瞬で消えた後にバタン! と扉の開く音が聞こえてきた。
――――マナ!!
一気に私の中の熱が冷める。
「イアンは欲求不満だったのか。わたしも部屋から出ておこう。」リヒト様が振り返ったのを見て「待って下さい!」私は慌てて制止の声を上げた。
味見するかのように舌を這わせるイアンに、私は唇を噛んで集中して魔法を行使する。バケツをひっくり返したような勢いの水を大量に上から降らせて、イアンの手が緩んだ隙にベッドから転がり落ちた。
「リヒト様ッ! イアンは、きっと発情期がきてるんです! 私はマナを呼び戻しますから、あとを頼みます!」
ガバッと上体を起こして声を上げると「…そうか…分かった。」こちらを向いて僅かに目を見開いたリヒト様が軽く頷いて返し、起き上がった私はすかさず扉に向かって走る。後ろからイアンの唸るような声がしたけど、気にせず開いたままの扉をくぐって廊下に出た。
「マナ…マナはどこに行ったの!?」
先ほどの魔法で浴びた水が、額から伝ってくるのも構わずに、廊下にいた使用人たちに尋ねた。
「だ、誰かが飛び出してきて、あちらに…申し訳ございません。一瞬のことで…」
歯切れの悪い返答をした護衛の1人が、指差した方に私は足を運ばせる。「ルミナス様!? お待ちくださいませ! 」呼び止める声がしたけれど、私は止まることなく走り続ける。けれど、私の走るスピードなんて大した速さじゃないから、護衛が後から付いて走ってきていた。「追いかけた者がおりますゆえ…」後ろから話しかけられるけど、マナのスピードに付いていけると思わなかった私は、そう。と前を向いたまま素っ気なく返した。
……どこ行ったんだろう。もし城の外に出てたら…
私でも追いつけない。魔法を使って高い位置から探した方が早いかな……
このまま走っても意味がないと思った私は、一度立ち止まって呼吸を整える。窓から外を見ると雨が止んでいる様子もない。
「る、ルミナス様…お体を乾かしませんと…」
少し躊躇しながらも気遣うような口調で声をかけてくれた護衛に振り返った私は、大丈夫よ。と返して微笑むと、風魔法で濡れた髪と服を乾かす。
……マナ……
魔力感知をしても行方は分からない。私やイアンを心配してくれていたマナに、イアンの様子が変だったのは、きっと発情期がきたからだと教えてあげたい。
イアンのあんな姿見て、マナは今どんな思いでいるのだろうかと、私は気が気じゃなかった。
……足の速いマナを止めるには……
最速の案が思い浮かんだ私は護衛に「今から私は姿を消しますが、心配はいりません。マナと一緒に戻ってきますから。」と話しかけた。「え…? は、はい…。」ポカンとした表情の護衛は、理解してないようだったけど、私はマナの姿を頭に思い浮かべて……
瞬間移動する。
城内の廊下と護衛が立っていた景色が一瞬で変わり、強い衝撃を正面から受けて体が後ろに傾く。ぶつかる瞬間に声が聞こえたような気がしたけど、雨の音が混じって聞き取れなかった。
雨が目に入って瞼を閉じると同時に、背中に衝撃を受けて私は痛みに悶える。




