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ルミナスは、塞がれる

 

「クラッセ公爵、それは…クレアが冗談で話していたことです。別の人物として生きた記憶があるなんて…」


 信じられませんよ。とラージスが苦笑混じりに話すと隣でロリエ会長がふふっと、何かを思い出したように軽く笑う。私から目線を外さないまま微笑んでる公爵は、私の返答を今か今かと心待ちにしているように見えた。


「…わたくしには、関係ないことですわね。急いでますので、これで失礼しますわ。」


 平静を装って作り笑いを浮かべると「それは、それは…大変失礼致しました。」公爵は笑みを深めて、立ち上がり一礼する。ロリエ会長とラージスも立ち上がって礼を取り、私とマナは扉に向かって歩いた。


 心臓がバクバクと早まったまま廊下に出て、扉が閉まると一気に緊張が解けたように、ふー…と深く息を吐く。「イアン、部屋で大人しくしてますかね〜。」

 マナは『前世の記憶』について関心はないようで、廊下の先を見つめて、む〜っと声を漏らした。

 イアンを心配しているマナを見て、なんだかいつもと立場が逆みたいで少し可笑しく思いながらも、今の私は頭の中がこんがらがっているため、廊下を歩きながら考えを整理することにした。


 ……クレアも、私と同じ前世の記憶が…?


 リバーシを実際に見た時に、まさかと可能性の一つとして考えたけれど、本当に前世の記憶があるなら、一体いつからだろう。なにより、カミングアウトしていることに驚いた。


 ……私は誰にも言ってないのに…。


 ラージスの口ぶりだと重く語られた訳でなく、私って実は前世の記憶があるんですよ〜。と軽いノリで話していそうだ。

 クレアは、私と同じ日本人だろうか。

 クレアは、どの程度記憶があって、何をラージス達に話したのだろうか。

 …………。

 もう会うつもりはなかったけれど、クレアが戻ってきたら会いたい気持ちが私の中に芽生えてきた。



「……ルミナスさん…?」


 マナに声をかけられて、私は自分の足が止まっていたことに気づく。数歩先で立ち止まっているマナが、心配そうに私を見つめていた。「あっ…ごめんね。」すぐさま私は足を動かして、マナの隣に追いつき並んで再び歩き出す。



「ルミナス様っ!」


 歩いている途中で、後ろから声をかけられた私は足を止めて振り向く。

 聞き覚えのある高い声に、誰か予想はついた。


「ごきげんよう、シルフォード王子。」


 挨拶をして微笑むと、シルフォード王子も挨拶を返してくれて、その後ろにはいつも連れている侍女や護衛と………ヘンリー?

 昨日のパーティーで紹介された商人のヘンリーが、緊張した面持ちでシルフォード王子の側にいた。


「突然お声をかけてしまって、申し訳ございません。今よろしいでしょうか? 父上の元でイアン王子も交えてお話があるのです。」


 真剣な表情のシルフォード王子に、疑念を抱いた私は小さく首を傾げる。

 ……陛下の所で? イアンも?

 何か大事な話のようだけど、ひとまずイアンと話をしてからでないと…そう思った私は口を開く。


「ごめんなさい。(のち)ほどでも、構わないかしら?」


「はい。ヘンリーも僕も、いつでも空いてますから。父上は執務室にいますし、ルミナス様のご都合にお任せ致します。」


 にっこりと笑みを浮かべたシルフォード王子は、ヘンリーと一緒に別室で待っていることになった。

 ヘンリーも話に加わる内容なのかと疑問に思ったけれど、イアンと話をして落ち着いたら使用人に声をかける約束をした。シルフォード王子たちと別れて、私とマナは再び部屋に向かって歩き出す。



 私たちが使用している客室に近づくと、廊下に控えている使用人や護衛の姿が視界に入った。


「ルミナス様…」


 使用人の1人が私とマナに気づいて視線を向けると、私の名を呟く声が僅かに震えていた。

 顔色が悪くて、怯えているように見える。

 ……何に?

 そう私が思った矢先に、ドンッ! と室内から何かが扉にぶつかった音がして、ガシャァン!と何かが割れたような音も聞こえてくる。

 使用人は口に手を当てながらヒッ…! と声を漏らして、体が小刻みに震えていた。


【ルミナス、戻ってきたようだな。イアンの憂さ晴らしに付き合っていたら部屋が酷い有り様になってしまった。入らない方がいい。】


 ……え!? 憂さ晴らしって…まさか、部屋の中で手合わせでもしてるの!?


 指輪から話されたリヒト様の言葉に、私はギョッとする。部屋にいてとは言ったけれど、部屋の中でそんなことしないでほしい。きっと物音がしても使用人と護衛は室内に入らないようリヒト様に言われて、ただ廊下で静観することしかできなかったのだろう。


 じっと待つことが出来なかった私は、恐る恐るドアノブに手を伸ばした。


「……っ……!?」


 扉をあけて最初に視界に入ったのは、リヒト様の後ろ姿。左手に鞘を、右手に抜き身の剣を持っている。旅の間に獣を狩る時にリヒト様が使用していた剣だ。扉の側には壺が割れて破片が散乱していた。先ほどの物音は、これを投げてぶつかった音だろう。

 室内にあるソファやテーブルは倒れて、足下の絨毯や調度品の数々が、鋭利なもので斬り付けられた跡がある。リヒト様に対峙するようにして立っているイアンは肩で荒く息をして抜き身の剣を持ち、服は所々破れて血が滲み赤くなっていて、ギラついた目でリヒト様を見据えていた。


 死闘を繰り広げているかのような、張り詰めた空気に私は息を呑む。


「えー!? 部屋がめちゃくちゃじゃないですか!」


 も〜〜〜っ! と声を上げたマナが、私の後ろに付いて室内に入ると扉を閉めた。


「…ルミナス達が来るまでに、イアンの熱を冷まそうとしたが…なぜだか、悪化した。」


 前を向いたまま話したリヒト様が、軽く肩で息をしている。白いローブには傷一つ見当たらないけれど、どうやらリヒト様は魔法を使わずに剣だけでイアンを相手していたようだ。


「イアン、もう(しま)いだ。」


 リヒト様が鞘に剣を収めたけれど、イアンは剣を前に構えたまま引こうとしなく、まるで手負いの獣のように見えた。


「イアンッ!!」


 私が呼びかけると、イアンは身じろぎして苦しげに顔を歪めながら鞘に剣を収めた。傷の手当てをしようとリヒト様の横を通り過ぎてイアンに歩み寄ろうとしたけど……


「〜〜〜〜っ、来るなァ! 俺に、近づくなッ!!」


 荒々しい声を上げて、イアンは背を向けて私を遠ざけるように寝室の方に姿を消す。拒絶するイアンの態度に、私は唇を噛んでその場に立ち尽くした。


「……リヒト様、マナ…ここの片付けを、お願いします。私はイアンと話をしてきます…。」


「ルミナス、やめておけ。」


「ルミナスさん…。」


 2人が引き止めようとするけど、私は首を振る。


「最初は昨日のことがあって、苛立ってるだけかと思ったけど…イアンが私に冷たくするなんて…ありえないよ。」


 自分自身に言い聞かせるようにして言葉を紡いだ私は、振り向いて2人に微笑みかける。リヒト様がため息をついて「何かあればすぐに行く。」と言ってくれて、「ルミナスさんに、もし酷いことしたらイアンを許しませんから。」とマナが拳をつくってフンと鼻息を荒くした。くすっと小さく笑った私は、2人を残して寝室に向かって歩く。



「 イアン? 」



 窓から見える外は、まだ雨が続いているようだった。イアンの姿が見当たらずにキョロキョロと視線を彷徨わせると、寝室の隅で縮こまっているイアンの姿を見つける。


「……っ…来る、な……」


 自分の体を両腕で抱きしめるようにして床に座っているイアンが、声を震わせながら呟いた。

 私はどうしても言っておきたいことがあって、イアンの言葉を無視して口を開く。



「イアン。叩いて、ごめんね。嫌いって言ったけど…私はイアンが大好きだから、だから、お願い…話をしよう…」


 拒絶しないでほしい。

 冷たくしないでほしい。

 お願いだから…


 不安に駆られながら一歩ずつ歩み寄ると、唇を強く噛んで血が伝っているイアンは、ゆっくりと立ち上がった。近くでイアンの姿を見て、せめて傷の手当てだけでもしたいと私が考えていると……












「………っ……だめ、だ…もう、……」



 イアンに腕を掴まれて力強く引き寄せられた私は、言葉を発する間も無く……唇を塞がれた。



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