ルミナスは、思考が停止する
「ルミナス様、クレアのことは私からお話させていただきます。その前にお茶をいかがですか?」
貫禄のあるクラッセ公爵が微笑み「…え? ええ、いただくわ。」と私は出鼻をくじかれた気になりながら返答した。使用人たちが動き出して私とマナに紅茶を淹れてくれる。
私やマナが温かい紅茶を飲んで一息ついてると、もう泣くのはやめたまえ。と気遣うような口調で話しかけたクラッセ公爵が、ズボンのポケットから取り出したハンカチをロリエ会長に手渡していた。ロリエ会長は恐縮そうにしながらお礼を言って、目元を拭う。先程から持っているハンカチは、よほど思い入れがあるものなのか握りしめたままだ。
落ち着くのを見計らっていたのか、使用人たちを部屋から退室させた公爵が口を開く。
「陛下に伝えて捜索をしてもらうことになりましたが、クレアは昨夜から行方不明になっております。」
驚いた私は、へ…? と声を漏らす。まさか行方不明になっているとは思わなかった。
しかし…と公爵が言葉を紡ぎ「すぐに行方は見つかるでしょう。」と金色の目を細めて薄く笑みを浮かべる。余裕を感じれる公爵の態度は、先ほど涙を流していたロリエ会長を安心させるためだろうかと思った。
「イアンに…そのことを伝えたのかしら?」
「はい。イアン王子にリバーシをお見せしましたら、クレアを呼ぶように申されて…行方不明と伝えたら急にラージスに掴みかかったのです。」
答えてくれた公爵は、横に視線を流してラージスを見つめる。ラージスは神妙な面持ちで重たい口を開いた。
「私とクレアは…以前ルミナス様を深く、傷つけました。昨夜のパーティーで起こった出来事は、ロリエ会長から聞いて知りましたが…行方不明になったクレアを、イアン王子は疑っているのです。」
『また傷つけようとしてるんじゃないのかッ!?』
イアンの言葉が頭に過ぎり、ズキリと胸に刺さるような痛みが走る。クレアが何か企んでいるとイアンは考えて、ラージスに怒鳴っていたのだ。
……あれは…私のことを…私が、婚約破棄された時のように、また、傷つけられると思ったから…?
そう考えて、イアンの元に今すぐ向かいたい気持ちを抑える。まだ聞きたいことが残っているからだ。
「ねぇ、ラージスは…何故この国にいるの?」
私が質問すると、目を僅かに伏せたラージスが自分がここにいる経緯を説明してくれる。
ラージスはクレアの見張りとしてサンカレアス王国から共にニルジール王国に来た。最低一年間はクレアの動向を報告するように、ライアン王子に任務を与えられたそうだ。そしてクレアは自分の母親がこの国いるかもしれないと言って、商人に尋ねてマルシャン商会に行き着き、クレアは商人として働き、ラージスはロリエ会長とクレアの住居で寝食を共にして、商会の手伝いをしながら生活している。
話を一通り聞き終えた私は、ラージスに厳しい眼差しを向けた。
「…クレアが行方不明になった昨夜、貴方は何をしていたの?」
私の質問に一瞬空気が重たくなったように感じる。
ラージスが沈んだ表情になり、ロリエ会長がなんとか堪えてるけど、再び涙が溜まっていた。
「昨夜は…ロリエ会長が歓迎パーティーに行くのを店で見送り、そのまま会長が戻るまで私はクレアと一緒にいる予定でした。」
「本当はクレアちゃんもパーティーに出席する筈だったんです…。」
うぅ…と唸るような声を出しながら肩を落としているロリエ会長に、私は頭に疑問符が浮かぶ。「クレアもパーティーに…? 」小さく首を傾げていると、ロリエ会長が再び口を開く。
「リバーシの説明は、わたしよりもクレアちゃんの方が上手くできますから…店を出る直前までクレアちゃんもドレスを着て準備してたんですけど…」
やっぱり行けないって…と声を落として瞳を潤ませているロリエ会長は、パーティーに無理やりでも連れてけば良かったと思っているのかもしれない。
……私と顔を合わせづらかったんじゃないかな?
チラリとラージスに視線を向けると、気まずそうにしているラージスが「クレアは、ルミナス様に謝罪したがっていました。しかしルミナス様にご不快な思いをさせてしまうのでは…と行くのをやめたのです。」と補足するように話して言葉を続ける。
「日が沈んだあと平民街の方で火事が起こり、人手を集めていると聞いた私はクレアを店に残して馬で駆けました。広場には騎士や兵士が多くいましたから、まさか、クレアがいなくなるなんて…」
悔やんでいる表情をしているラージスは太ももに乗せている拳を固く握りしめて、僅かに肩を震わせていた。自分が店に戻ったらクレアがいなくて驚いたに違いない。きっと広場にいた兵士たちには姿を見ていないか行方を尋ねただろうけど、パーティーで起こった爆発に、火事………偶然? それとも……
私が思考に耽っていると、隣で話を聞いていたマナが火事は大丈夫だったんですか〜? と質問した。
「酒場は全焼しましたが、木造の建物がそこだけでしたので、被害は最小限で済みましたよ。」
公爵が柔らかい笑みを浮かべて…
私は胸がざわつく。
「酒場…? 店の、名前は…?」
「木兎亭という酒場で」
「店主は!?…っ…怪我人はいなかったの!?」
公爵の言葉を遮り、テーブルに両手をついて前かがみになった私に視線が集まる。
マナ以外がポカンとした表情をしているのは、私が酒場を気にしていることに驚いたのかもしれない。
まさか行ったことがあるとは思わないだろう。
「怪我人はございません。店主も無事でございます。」
公爵からの返答に、良かったです〜。とマナが明るい声で返して、私もホッと息を吐くけど……
……酒場、なくなっちゃたんだ…。
僅かな時間だったけど、接客をしたり、楽しい時間を過ごせた場所だ。帰る頃には地元感のある酒場が結構好きになっていたから、またエールを飲みに行きたいなって、そう…思ってた。酒場の店主にとって思い出が詰まっている場所だし、火の不始末で火事が起こったとは考えられない。
なんで火が…と私が独り言を呟くと、その声に反応したように公爵が口を開く。
「先ほど陛下の元を訪れた時に聞いたのですが、故意に火をつけられた可能性があるそうです。酒場の近くで傭兵の姿を見た兵士がおりました。その傭兵はドレスを着た女性を連れながら、人目を気にして逃げるように歩いていたとの目撃情報もあります。」
耳を傾けていた私は、相槌をうって返す。クレアはドレスを着ていたようだし、その傭兵が凄く怪しく思えた。
「兵を向かわせたそうですから…その傭兵を問い詰めれば、すぐに白状するでしょう。」
公爵はロリエ会長の肩にそっと手を乗せると、すぐに戻ってくる。と優しく声をかけて、はい…。と弱々しい声でロリエ会長は返した。
ロリエ会長は、サンカレアス王国でクレアがしたことや、国外追放になったことはラージスかクレアから聞いているだろうけど、娘のクレアを純粋に心配しているように見える。イアンは疑っていたようだけど、私はクレアが何か企んでいるようには思えなかった。
「ルミナスさん、そろそろ戻りますか?」
マナに話しかけられた私は、そうだね。と一言返して、公爵からの提案でリバーシは廊下に控えている使用人に部屋まで運んでもらうことになった。
「ルミナス様、申し訳ございません。一つだけ…お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
軽く挨拶を交わして部屋を退室しようと立ち上がろうとした私に、公爵が最後にと言わんばりに話しかけてきて「ええ、構いませんわ。」と私はイアンの元に早く行きたい気持ちを堪えて笑顔で返した。
「ルミナス様がリバーシと同じような物を作られていたと知って、とても驚きました。ルミナス様も……」
「前世の記憶があるのでしょうか? 」
爆弾が降ってきたかのような質問に、私は思考が停止した。




