青ざめる者
歓迎パーティーから日付が変わった深夜に、とある建物内で気を失っていた女性が、ゆっくりと瞼を開けた。
「……え? ……ここは……」
冷たくザラリとした感触を頰に感じて、埃や鉄の匂いが鼻につく。明かりが一切なく暗闇に包まれているなか、目覚めたばかりで女性は頭が混乱していた。
「〜〜〜〜っ!?」
上体を起こそうと手を動かそうとした、瞬間
手足の違和感に気づく。
まるで罪人か、奴隷のように手枷と足枷が付けられていた。
動いたことで、じゃら…と短い鎖で繋がれている枷の音が鳴る。心臓が早まるなか、なんとか上半身を起こした女性は深呼吸をして気持ちを落ちつかせ――……
「 なんなの! もう、ほんっっと、最悪っ!! 」
今の状況を整理しようと記憶を辿っていた女性は、自分が気絶させられて攫われたのだと考え、吸い込んだ息を全て吐き出すように声を上げた。
地下室に、女性の声だけが虚しく響く。
反響した声や風を感じないことから、自分が室内にいることは分かった。暗闇のなか、以前自分の身に起こった出来事を思い出して、恐怖から手足が小刻みに震える。
「……っ、こんな…所で、絶対に死にたくない。わたしには、まだやりたい事が沢山あるんだ!」
自分を奮起させるように口にだした女性は、室内を探ろうと立ち上がって、足を引きずるように動かしながら腕を前に突き出す。まずは壁の位置を確認しようとしたが……
腕を突然誰かに掴まれて、きゃあああっ…! と女性の叫び声が響き渡った。
「〜〜〜っな、だ、だ、だっ!?」
腕を引こうとしてもビクともせず、掴まれている感触に鳥肌が立ち、女性はパニックになる。
「……静かにしろ。五月蝿い。」
不機嫌そうな低い男の声に、動きを止めた女性は「す、すみません…」と反射的に謝った。他にも誰かいたことに女性は内心驚いたが、黙ると男は手を離したのでホッとする。
「貴方が、わたしを攫ったの? それとも、貴方もここに連れて来られたの?」
情報を得ようと男とコミュニケーションを図ろうとしたが、男から何も返答がないことに女性は眉をしかめる。
「…先程は大声を出してすみませんでした。何も見えないから、わたし以外に人がいると思わなかったんです。お願いだから、少し話をさせて下さい。」
「…………。」
丁寧な口調で話しかけてみるが、男からの返答はない。無視する男に女性は苛立つ。
「ちょっと! 何も答えないなら安眠妨害してやるからね! 歌でも歌って」
「よく喋る口だな。てっきり目が覚めたら泣いて震えるだけかと思っていた。……塔で死にそうになって、性格が変わったのか?」
男から発せられた予期せぬ言葉に、女性は体を強張らせて青ざめる。
「……今度はお前がだんまりか、クレア・モリエット。いや…今のお前は、商人のクレアか。」
壁に背をつけて腕を組んでいる男は、軽く息を吐く。クレアと言葉を交わすつもりがなかったのに、今日のオレはどうかしてる…と思いながら胸に手を当てる。パーティーで高ぶった感情が、未だに冷めぬまま胸の奥で熱がくすぶっていた。
「…わたしのことは、別に、いいでしょう。ねぇ、貴方が敵か味方かだけ…教えて。」
辿々しく言葉を紡いだクレアに「その二択なら、オレは敵だな。」と男は即答する。それを聞いてクレアは口を結ぶと、鎖の音をならせながら床に座って男に質問することをやめた。
男はクレアが黙り込んだことで静かになると、床に腰を下ろして仮眠をとる。
一方、クレアはこの状況で眠れるわけがない。
『敵』と答えた男が同じ室内にいて、もしかしたら他にも人がいるかもしれない。床に体育座りをして耳を澄ましてみるが、先ほどまで会話をした男の息遣いすら聞こえなかった。
……落ち着け…大丈夫。大丈夫。あの時から、わたしは変わったんだ。
瞼を閉じたクレアは、楽しかったことや辛かったこと…様々な思い出を振り返る。
塔から助け出されて、城の医務室のベッドで目が覚めた時に思い出した
前世の記憶も。
次話 ルミナス視点になります。




