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肩を並べる者

 

「〜〜〜ッテメェ! ど――っ――!!」


 女性が慌ててバルバールの口を両手で塞ぎ、もごもごと声が手の中でくぐもる。

 静かに…と囁かれて間近に迫った女性の顔をジロリと睨んだバルバールは、眉間に皺を寄せた。


 ……ぁあ? コイツ、どっかで……


 石畳の上に落ちた松明の火が風で僅かに揺らめき、辺りが静寂に包まれたなかで、女性の顔に見覚えがある気がしたバルバールは記憶を辿ろうとする。

 肩で息をしている女性は上体を起こすと、ショートカットの髪を揺らしながら周囲の音に耳を澄ませていていた。女性の顔から首に付けているネックレスに視線を移したバルバールが、値打ちモンだな…と考え事をしていると、口を塞いでいた華奢な手が避けられて、プハァー…とバルバールは息を吐く。


「バルバール、早く起き上がって下さい。」


 豪華なドレスの裾を持ちながら立ち上がった女性に、地面に手をつけながら上体を起こしたバルバールは、目を瞬く。


「誰だァ? なんで…俺の名前を知ってンだ?」

「………え」


 身なりからして平民ではないと予想をつけたバルバールは、地面に落とした松明と袋を拾って立ち上がると瓶が割れていないことを確認してホッと息を吐き、建物の壁を背にして後ずさりした。


 ……貴族…か? 他には誰もいねェし…こんなトコで何してんだ?


 バルバールが怪訝に思っていると、ポカンとしていた女性は途端にキッと眉を釣り上げて、ヒールの音を響かせながら詰め寄る。は、と短い息を漏らしたバルバールは建物の壁に背中を付けた。


「湖で会ったでしょう。……フィーユです。」


 なんで覚えてないんですか…と呟きながら、腰に手を当てて不満げな顔のフィーユに、バルバールは「ああ…」と声を漏らしながら、ようやく思い出す。


「お前…似合わねェな…」


 ジロジロと上から下まで視線を動かしたバルバールに、フィーユは今の自分にはドレスが似合わないと思っていたため、苦笑を漏らした。



「…ん? 誰か来たな…」


 バルバールの呟きにフィーユはハッとする。

 複数の話し声と、足音が耳に入ってきた。


「もし行方を聞かれたら、私が走っていく道とは違う方に行ったと答えて下さい。」


 お願いします。とフィーユは声を潜めながら早口で捲し立てた。面倒くせぇ…と思いながら片眉をピクリと上げたバルバールは手に持っていた松明を遠くに放り投げると、走り出そうとしたフィーユの手首を掴んで大股で歩き出し、足音がした路地から離れる。


 建物の陰に身を隠すようにしてフィーユを壁際に立たせると、バルバールは袋の紐を肘にかけてフィーユ に覆い被さる勢いで密着し、その近くでは転がった松明が足元を照らしていた。

 バルバールの行動にフィーユが戸惑いを感じてるなか、息を潜めていると……足音が徐々に大きくなってくる。


「おいっ! ドレスを着た女性が来なかったか!?」


 松明を手に持ち、鎧を身につけた2人の兵士が路地から出てきて声をかけられたバルバールは、不機嫌そうに顔を歪めた。


「あ〜…そのまま真っ直ぐ走り抜けたのを見たゼ。」


 返答したバルバールの姿が薄暗くて見えづらく、兵士が側に行こうとすると……


「さっさと行けよ。こちとら上からの指示で夜通し見回りの仕事を引き受けてンだ。休憩がてら英気を養ってる所を邪魔すンな。」


 言葉を続けたバルバールは、兵士に向けていた顔を壁の方に向けると、チュ、チュとリップ音を鳴らし始める。

 今夜は城でパーティーをしていることも、見回りを強化していることも知っていた兵士は「お、おい、行こう。」と肩を叩いて声をかけると、近づこうとしていた兵士と一緒に駆け出して、足音が遠ざかっていった。


「……もう大丈夫だ。礼は…そうだな、付けてるネックレスでも良いゼ。」


 ニヤリと笑みを浮かべたバルバールに、バチンッ! とフィーユは頰に平手打ちをする。

 両手を壁に付けていたバルバールはもろに受けて、ブッ! と息を吐いた。


「〜〜〜ッてェなぁ! なにすンだよッ!」

「すみません。つい、手が出てしまいました。」


 壁から手を離してフィーユから距離を取ったバルバールは苛立ちの含んだ声を上げて、顔を逸らしているフィーユは軽く息を吐く。

 振り…だとしても異性とあれだけ密着されて、ましてや卑猥な音を間近で鳴らせられて心臓が早まり顔が赤らんだフィーユは、なんとか誤魔化したかった。


「この礼は、ちゃんとします。けれどネックレスは…返す物ですから、お渡しすることが出来ません。」


 ギュっとネックレスの宝石部分を握りしめて俯くフィーユに「あっそ。なら、別にいらねェ〜よ。」とバルバールは軽い口調で返した。

 言葉遣いが丁寧で、今の身なりと兵士が行方を探すような人物であるフィーユに、バルバールは偉いとこの娘か…と思いながらも、興味なさそうに袋から瓶を取り出してゴクゴクと喉を潤す。


「…私の素性を詮索しないんですね。」

「はぁ? テメェは傭兵のフィーユだろ。」


 それで十分だ。と言って壁に寄りかかって地面に座ったバルバールは、足を止めたついでに瓶を床に置いて休憩することにした。呆然としながらバルバールを目だけで追っていたフィーユは小さく笑むと、バルバールの隣に歩み寄って腰を下ろす。

 「なんでお前も座るんだよ。汚れるぞ。」と横目で話しかけてきたバルバールに「……逃げ回っていたから足が疲れたんです。」とフィーユは少し恥ずかしそうに目線を落として返した。


 手を付けていなかったパンを袋から取り出したバルバールは、半分に千切ってフィーユにポイっと投げ渡す。


「あ、ありがとうございます。」

「パン代も寄越せよ。」


 礼を述べた矢先に金を要求するバルバールに、パンを両手で持ちながらフィーユは呆気に取られるが、夕食がまだだったため有り難く頂くことにした。



 ……お父様には、もう私を見限ってほしい。


 パンを食べながらフィーユは、自分の父親の姿を思い浮かべる。幼い頃から教養やマナー、剣術…様々なことを撤退して覚えさせた父親。上手くできなければ折檻されるために必死にそれらを学んでいたが、フィーユは父親に反発して髪を切り、屋敷を飛び出して傭兵として生活し始めた。


 今夜はフィーユの意思とは関係なく歓迎パーティーに出席させようとした父親に、無理やり屋敷に連れ戻されたのを逃げ出したのである。





 ひっそりと静まり返った路地で、バルバールとフィーユは互いに無言のまま肩を並べた。




お読みいただき、ありがとうございます。


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