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ルミナスは、接客する

 

 店内と同じ飴色の床は磨かれていて、スッキリと整頓されている厨房内は、壁際にある調理台の上に使い込まれた調理器具類が置いてある。壁には白いエプロンが二つかけられていて、私とマナはエプロンを付けると、洗浄魔法で全身を綺麗にする。

 パンが入ってる袋の口を縛っていた、革紐をマナに少し切ってもらって、調理中に髪が邪魔にならないように、私の髪をポニーテールに結ってもらった。


 ……もう1人従業員がいるのかな? 家族?


 店には店主しかいないようだったからエプロンが二つあることに疑問に思ったけど、マナが店主に食材がある場所を聞きながら調理台に野菜や干し肉、今朝仕入れたばかりだという肉の塊を出していき、私はそれらを洗浄魔法で綺麗にしていく。

 マナが刃物を持たせてくれないので、トントンと軽快なリズムで食材を切る音を耳に入れながら、大きな鍋に次々と切った食材を入れていくマナの隣で、私は魔法で水を入れたり、火を付けたり補助をしながら調理を見守った。


「ルミナスさん、そっちに食器がありますから用意をお願いします。パンも袋から出して大丈夫ですよ。」


 鍋をかき混ぜながら指差すマナに従って、私は厨房内の中央に設置されている作業台の上に、皿やパンの用意をしていく。

 ……それにしても…パンがデカイ。

 一つのパンがフライパン程の大きさがあって、このまま皿に載せて良いか私が迷っていると、「後で切りますから置いといて下さい〜。」とマナが振り向いて声をかけてきたため、そのままにした。

 ついでに私たちもここで昼御飯にしようと思って、自分達の分もちゃっかり用意していると、店内の方から扉の開く音がする。


 イアンが戻ってきたと思った私は、厨房から顔を覗かせたけど……



 イアンじゃなかった。



 ぞろぞろと鎧を付けて腰に剣を下げた、6人の男達が来店して、卓に三人ずつ別れて椅子に座る。

 ……あの人達も傭兵なのかな?

 年は大体バルバールと同じか下だろう。剣を下げているだけあって、逞しい体つきをしているように見える。髪の色は茶色が多く、椅子にだらしなく座り不機嫌そうにしている姿を見た私は、なんだか近寄りがたい雰囲気を感じた。男達は店主が椅子に座っていることに気づくと怪訝な顔をしていたけど、エール! メシ! と口々に声を上げて、椅子から立ち上がろうとした店主を見た私は慌てて駆け寄る。


「座ってて!」


「いえ…もう平気ですし、その…」


「さっきまで痛そうにしてたじゃない!」


 いいから、いいから…と言って、腰が浮いてた店主の両肩を掴んで半ば無理やりに座らせる。

 マナは料理をしてるし、どうせ味付けオンチな私は役に立たないから、接客をすることにした。


「なっ…なんだぁ…? すっげェ…美人がいるぞ…」


 男達が私を見つめながら、ぼーっと呆けた顔をしている。


「今話題の白き乙女だゼ。」


 バルバールが腕を前で組みながら、ギシっと椅子の背もたれに寄りかかり、男達は「「はぁ…!?」」と声を揃えて目を見開いていた。


「えっと…いらっしゃいませ。6名様ですね。皆さんエールでいいですか? 食事をされますか?」


 接客未経験だけど、前世の記憶にあるファミレスを思い出しながら、男達に向かって精一杯のスマイルで接客した。


「お…おう…? いや、はい…?」

 男が椅子にキッチリと座り直して、顔を赤くしながら、歯切れの悪い返事をする。周りの男達も慌てた様子で佇まいを直していた。


「ルミナス様〜! 俺のエールを一番に頼むゼ〜!」


 バルバールが空のジョッキを手に持ちながら、ニヤニヤしている。なんだか、この状況を楽しんでいるようにも見えるけど…


「お、おい…バルバール…白き乙女に、そんな態度……ヤベェんじゃねーか…?」


 ヒソヒソとバルバールと同じ席に座る男が話しかけて、周りもそれに同意するように相槌を打つ。


「大丈夫ですよ。私は腰を痛めてる店主の代わりに手伝いをしてるから、遠慮しないで。」


 接客モードの私は素の口調だ。笑顔でバルバールのジョッキを受け取ると、同じ席に座る男達は「あの…オレも…それと、食事も……」バルバールに便乗するように恐る恐るジョッキを(かか)げる。私は誰も座っていないテーブルに手をついて木製のトレーを魔法で作ると、空のジョッキを受け取ってトレーに載せた。


 カウンターに歩み寄ると、奥の厨房からはジュウジュウと肉の焼ける音と、香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激された私もお腹が空いてくる。

 接客の経験なんて、なかなか出来ないだろうと思って、なんだか楽しくなってきた。カウンターの脇にいくつも置いてある樽の注ぎ口から、私は鼻歌交じりにエールをジョッキに注いでいく。


 ……そういえば、エールって飲んだことないなぁ…


 泡立ってないし、冷たくないのに美味しいのだろうか…と疑問に思う。……後で飲んでみよう。

 カウンターの後ろにある棚には、ズラリと空のジョッキやワインボトルが並んでいた。新しいジョッキも出して、私は次々とエールを注いでいく。


【 …ルミナス…手伝おうか? 】


 ジョッキを落とさないように慎重に運ぼうとしたら、指輪から声をかけられた。

 ……リヒト様の目から、そんなに私は危なっかしく見えたのかな。

 このくらい平気ですよ。と言って、ふふっと軽く笑う。もしも落としそうになったら、きっとリヒト様がフォローしてくれるだろう。


「お待たせしましたー。どうぞ〜。」


 トレーに載せていたジョッキを6個、先ほど来店した男達のテーブルの上に置いていく。

「あ、ありがとう…ございます…。」

 ペコペコと頭を下げて、ものすごく恐縮そうにしながら、男達がジョッキを手に取る。男達は互いに顔を見合わせて、本当に大丈夫だろうかと心配しているようだった。


 ……大丈夫だって言ってるのに。


 バルバールは不機嫌そうな顔をしながらギシギシと椅子を揺らしていたけど、せっかちなバルバールは気にしないで、カウンターに戻った私は、再びトレーにジョッキを載せようと……


「ルミナスさ〜ん。食事は何人分ですか〜?」


 奥から声をかけられて、私は座っている人数を再確認する。バルバールのいる席が4名、他の2卓には3名ずつと、店主も食べるだろうから……11名分。

 ……料理足りるかな?

 不安になった私は、一度奥に行ってマナに伝える。


「余裕ですよっ!」

 頼もしい声が返ってきてホッとした。バルバールに先に持っていってあげようと思った私は、スープが入った皿と、パンとスライスされた肉の載った皿をトレーに載せて、厨房を出ようとする。


「それ…バルバールにですか? 」


 ちょっと待って下さい…とマナに引き止められた。マナはトレーから、スープの入った皿を取って鍋に歩み寄り、何かしている。私が首をかしげていると、ニコニコと笑顔のマナが再びトレーに皿を戻した。


 人参が……たっぷりと、追加されている。


「〜〜っ〜〜っくふ…!!」


 私は思わず吹き出しそうになったのを、なんとか堪えた。


「ルミナスさんを『変な女』呼ばわりした、お返しです。」


 いたずらっぽくニッと笑みを浮かべたマナに、バルバールがどんな反応をするかを想像した私は、必死に笑いを堪えて、肩を小刻みに震わしながら運ぶ。




「……おっ! やっとかぁ〜……って! はァ!? なんだよ、コレ !?」


 テーブルの上に皿とジョッキを置くと、スープを見てバルバールが、ガタン! と後ろに傾いていた体を前に移動させて声を上げた。振り返ったバルバールはギロリと私を睨むように見てくるけど、予想通りの反応にとうとう堪え切れなくなった私はトレーで顔を隠しながら、笑い声を上げてしまう。


「〜〜〜っクソ……っンだよ! 随分とルミナス様は、人をおちょくるのが好きなようだなぁ!?」


「…っふ……ご、ごめ…」


 ははっ…と私が笑いながらトレーを避けると、ムッとした表情のバルバールが椅子から立ち上がって、目の前に迫ってきた。

「お、おい…?」

「バルバール! 何してんだよ、座れって…!」

 同じ席に座る男達もガタッと椅子から立ち上がり、眉をしかめるバルバールが舌打ちする。


「……今は、遠慮しなくていいんだよなぁ? こんな男だらけのトコに、…危機感が足りねぇんじゃねーかぁ…?」


「………へ?」


 まさか人参で、そんなに怒らせてしまったのだろうか。湖でも同じようなやりとりをしていたから、軽く流してくれると思っていたのに…まさかのバルバールから顎クイをされて、私はキョトンとしてしまう。


 いやいや、バルバール…散々魔法を目にしてきたのに、血の気が多すぎでしょう。危機感が足りないのは、むしろ貴方なんじゃ……


 そんなことを呑気に考えていると……




 バァアン!!




 凄まじい音が店内に響いた。


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