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ルミナスは、差し出す

 

「昨日通った道とは、違うみたいだな…」


 隣に座るイアンが、窓から街並みを眺めてる。私も窓から外を見ると、大勢の人で賑わう広場には門までの路以外にも街路があるようで、広場内で馬車が方向を変えて、鐘楼が見えなくなった。


 御者に行き先を告げた時に、護衛を1人も連れてかないことに戸惑っているようだったけど、騎士団長に伝えてあるから大丈夫だと言って進んでもらった。

 御者は木兎亭を知ってるみたいだったし、任せて良いだろうと思った私は、正面に座るマナと着くまでの間、お喋りすることにした。


 ……アンジェロ王子達に、酒場に行くとは言ってないけど……


 店主と話をしたら、すぐ戻るから大丈夫だろう。


 暫く馬車が街路を進んでいると、馬車がスピードを落としていることに気づく。馬車が止まると連絡窓が開き「木兎亭までは、ここから徒歩でないと行けませんが…」御者の人が控えめに声をかけてきた。


「分かったわ。用が済んだらすぐに戻るから、馬車を路の端に寄せて待っていてちょうだい。」


 かしこまりました。と御者の人が返して窓を閉めると、私たちはマントのフードを深く被って頭が見えないようにする。馬車を降りると、「本当に行かれるのですか? あそこは無作法な者が多いですから…」と御者の人が心配そうに話しかけてきたけれど、平気よ。と言って私は微笑む。

 イアンがここから先の木兎亭までの路を御者から聞いて、私たちは街路から入り組んだ路地へと足を踏み入れた。


 建物の影で薄暗く感じる路地は、三人で横並びに歩くと窮屈そうで、イアンを先頭にして私とマナが横並びになって後をついて歩く。


 路地を歩いてると、人とすれ違うことがあったけど、フードを被っている私たちの姿に怪訝そうにジロジロと視線を向けられるだけで、特に向こうから話しかけられることもなく通り過ぎ、私たちは先へと進んだ。




「樽と剣の看板……ここだな。」


 イアンの声がして足を止めた私は、フードを上げて絵看板を見上げる。周りを見ると、馬車を降りた時に街路に並び立っていた建物に比べて、この辺りは古い建物が多いようだ。


 ギャハハハハ!!


 絵看板の吊り下げられている木造二階建ての建物内からは、扉越しに複数の笑い声が私の耳にも聞こえてくる。


「…用があるのは店主だけだし…もしも絡まれたら、なるべく穏便に済ませよう。」


 私の言葉に2人は頷き、イアンが扉を開けて店内に足を踏み入る。軋んだ音を立てた扉に、店内にいる人たちの声がピタリと止んで、私たちに視線を向けているようだった。


「店主がどこにいるか…教えてくれないか?」


 イアンの問いかけに、卓を囲むようにして座る三人の男達のうち1人が「…あ〜っ…店主なら、カウンターにいるぜぇ〜…」と指差しながら答えてくれた。

 店内をザッと見回すと、客はどうやら三人だけみたいで、男達はバルバールと同じように胸当てと腰には剣を下げているから、きっと傭兵だろう。

 足を進めたイアンの後をついて歩くと、後ろで男達が何やらヒソヒソと話す声がしたけど、気にせずにカウンターに歩み寄る。


「……注文は?」


 カウンター席に私たちが座ると、正面に立つ短髪の無愛想な店主は、ジロリと私たち一人一人に目を向ける。


「客じゃないわ。情報屋をしている貴方に聞きたいことがあるの。ここにアルが来たでしょう? アルの依頼主が知りたい…と言ったら、貴方は素直に答えてくれるかしら?」


 私の問いかけに、店主は眉をしかめる。


「……何のことか、知らねェな。」


 警戒するような眼差しを向けてくる店主に、隣でイアンが「俺が吐かせるか?」と声を潜めて聞いてくるけど、私は首を振って店主をジッと見据える。


「わたくしの聞き方が悪かったわね。いくら払えば教えてくださるの?」


「……仮に、知っていたとして…商売つっーのは信用が大事なんだぜ。いくら金を積まれても、嬢ちゃんに簡単に教えれるかよ。」


 フンと鼻で笑った店主は「客じゃねェなら帰ってくれ。」と言葉を続けて、しっしっと私たちを追い払うように手を振った。


「……他の客もいるから、騒がないでほしいのだけれど…わたくしの手元を見てくれないかしら?」


 小声で話しかけると、店主は怪訝そうな表情をしながら、私の手元を上から覗くようにして見る。テーブルに手をついていた私は魔法を行使して、四人分の木製のカップを作り、水を満たした。

 は…? と間の抜けたような声を漏らした店主に、フードを少し上げた私は、前髪の部分と髪を一房フードの中から出して店主に見えるようにする。


「白き乙女の噂は、当然耳にしているでしょう? わたくし、脅すような真似はあまり好きじゃないの。正直に話してくれると嬉しいわ。」


 再び小声で話した私がにっこりと微笑むと、店主は目を見開きブルリと体を身震いさせた。

 カップをマナとイアンに手渡し、もう一つは店主に差し出す。「分かり…ました…。」と弱々しい声で店主は、恐る恐るカップを受け取った。



 私たちは水を飲みながら、店主の話に耳を傾ける。



 傭兵の依頼もアルの依頼も、店主のところに依頼主が直接訪れることはなく、使いの者が店に訪れるそうだ。アルが酒場に訪れたら、その強さを確かめるのと、依頼を引き受けるなら平民街と貴族街の境に流れる川の、橋の下で待つように伝言を頼まれた店主は、見知らぬ人物から金を受け取ったそうだ。


 結局、アルの依頼主は分からなかった。


 橋に行っても既にアルはいないだろうし、これ以上店主に聞くことは何も無いと思った私は、イアンとマナに城に戻ろうと声をかけようとしたけど……


「ああ…そういやぁ…アルは随分と貴方様を気にしてるようでしたよ。ウチに情報を買いにきたのは二度だが、二度とも白き乙女に関する情報でしたからねェ…。」


 カウンター席の後方で男達の談笑する声が聞こえるなか、私は店主の話に目を丸くする。


 ……私のことを…?


 アルが情報を集めていたのが、誰かの指示によるものか独断か分からないけれど、どんな情報をアルに教えたのかイアンが店主に問い詰めると、イアンと婚約したことや、商人がシルベリア領で見た話……全て噂の域を出ないものだったから、特に気にしないことにした。


「…わたくしが貴方から聞いたこと、誰にも言いませんわ。その代わり、この場にわたくし達が来たことは秘密にして下さいね。」


 私は自身の口にそっと人差し指を当てると、店主はホッとしたような顔をしながら頷いた。



「イアン、マナ、馬車に…」

「親父ィ! エールくれェーー! あと飯もなァ!!」



 バン!と勢いよく開かれた扉の音と店内に響き渡る声に、驚いた私はビクッと肩が跳ねる。



「…アイツか…」



 ボソッとイアンが呟いて、溜息を吐いた。


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