ルミナスは、ダンスの練習をする
「部屋の作りは同じでも…雰囲気が全然違う。」
キョロキョロと寝室を見回すイアンに、そうだねー。と私は棒読み口調で返して、ふかふかのベッドに腰を下ろす。扉を開けるとイアンが目の前に立っていて、私の声がしたからノックしてみたそうだ。これなら寝ている時に何かあっても、すぐに部屋に来れるな。と扉で繋がっている部屋にイアンは感心していたけど……
あれ? 意識してるの私だけ?
そう思うと…恥ずかしくなった。
「リヒト様、いつもの鍛錬をお願いします。」
私の前に立ち、影に向かって話しかけたイアンは、足下から影の中に引き込まれて食後の鍛錬に行ってしまった。……マナが来たら出てくるかな…。
ボフンっ…とベッドに体を沈めて仰向けになった私は、少し休むことにする。
……………
「――――ス―」
「……ルミナス」
イアンの声が聞こえて瞼をゆっくりと開けると、優しい表情をしているイアンが見えた。慈しむような目をしたイアンは、私から視線を外さないまま、そっと手を離しているのが視界に入る。
……どこ、触ってたんだろう?
手が離れた位置的に頭か肩だろうけど、全然気づかなかった。少し休むつもりが…私は眠ってしまったようだ。目を開けたら大好きなイアンがいるなんて…なんて幸せなひと時だろうと寝ぼけた頭で考えて、ふにゃっと私はだらしない笑みを浮かべる。
「……無防備過ぎ…寝ている時が…一番危ない…」
さりげなく私の背中に手を回して、起き上がるのを手伝ってくれたイアンが、ぽつりぽつりと独り言のように声を漏らした。どこか憂いを帯びた瞳をしているイアンは、純粋に私を心配してくれているのだろう。
「ね、寝ちゃって、ごめんね。…あれ? マナは?」
寝室で2人きりな空間に鼓動が落ち着かなくて耐えきれなくなった私は、立ち上がってリビングの方へと向かう。てっきりマナが来たから、イアンが起こすために影の中から出てきたと思ったけれど…
室内には私とイアン以外、誰もいなかった。
マナなら庭園に行った。と軽い口調でイアンが答えて、私はギョッとする。まさか1人で!? とイアンに問い詰めると首を横に降る姿を見て、どうやら違うようだと分かった。
廊下へ出る扉に向かってスタスタと歩いたイアンは、扉を開けて廊下にいる誰かと話をし始める。少しすると使用人が数人来て、テーブルの上に飲み物とお菓子を置いて部屋を退室した。廊下に使用人が控えていたみたいだ。
「俺が影の中に入った後、ルミナスが寝ているのを見たマナが、起こさずにリヒト様に伝言を頼んだみたいだ。」
ソファに腰を下ろして話し始めたイアンに、私も正面のソファに座って話に耳を傾けることにした。
「正妃様に、王女2人と一緒に庭園でお茶をしようと誘われたらしい。王妃様からの誘いを断るのは失礼だし、1人じゃないから大丈夫ですよね〜…と笑顔で行ったそうだ。」
若干声色を高くしてマナの喋り方を真似したイアンに、手に取った紅茶を口に含んでいた私は、可笑しくて吹き出しそうになってしまう。
……マナなら王女2人とも、すぐに仲良くなりそう。
軽く息を吐いて、カップをテーブルの上に戻す。
私が眠ってから、さほど経っていないようだった。ちょうどイアンとやりたい事があったから、ワインを飲んでいるイアンを見ながら私は口を開く。
「ねぇ、イアン…ダンスの練習をしよっか。」
室内は寝室と部屋が分かれているから、ダンスの練習をここでしても問題なさそうだ。大きな動きは無理だけど、軽くステップをすることは出来る。
私の提案にイアンは、よろしくお願いします。と頭を下げてきて、先生になった気分で私は、笑顔で任せて!と自信たっぷりに返した。
「……ダンスはね、ゆ〜っくりな曲に合わせて男女が手を取り合って、ステップを……そうそう、あっ、もっと…」
「ちょ…っ! はっ!? だ、ダンスって…こ、こんなに密着して……っ大丈夫なのか!?」
顔を真っ赤にして動揺しているイアンに、ダンスだから…と今まで気にしていなかったけれど、私まで顔が熱くなってくる。背中を仰け反るイアンに、それじゃぁダメだよ! と注意しながら、私たちはマナが戻ってくるまで練習することにした。
「……なんだか、イアン背が伸びた?」
ふと、気になって私が質問すると、そうか…?と疑問で返された。身長計なんて無いからハッキリと分からないけれど、初めてイアンと出会った時に比べて背が伸びた気がする。私はこれ以上伸びることは無いけど、イアンはまだ成長期だから2年後にはもっと背が高くなってるかもしれない。
「あっ、膝は伸ばさないで……あと、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。」
顔が強張っているイアンは、普段の俊敏で柔らかい体が、嘘みたいにガチガチに硬い。目線も下がっていて私の足を踏まないように気をつけているのが分かる。
「イアン。ダンスをしている間は…私だけを見てて。」
楽しく踊ろうよ。ニッと笑顔で言うと、イアンは目線を上げて顔を綻ばせた。その表情を見れて嬉しかったのと、手を取り合い距離が近いのもあって…私はイアンに不意打ちをする。
ちゅっ
背伸びして頰に軽くキスをすると、イアンは目を見開いて耳まで真っ赤になった。口をパクパクして言葉が出ないイアンの様子に、もう、好きで、好きで堪らない気持ちが溢れ出そうになる。
会話が出来ていない事に悩んでいた気持ちは、一瞬でどこか彼方に飛んでいった。
お返しといわんばかりに、私の頰にもイアンが小鳥がツンツンとつつくようなキスをしてきて、何度も頰にキスをされるのが、くすぐったくなった私が笑い声を上げていると……
頰から位置をずらそうとしていたイアンが、ビクッと肩を揺らして振り向き、扉に視線を向ける。
その動きで誰か来るのだろうと察しがついたが私は、そっとイアンから離れた。
唇のキスはお預けだね。
そう思った矢先に、離れた私に向かってイアンが一気に距離を詰めてきて、顔が………
………………
…………
「……どうかされましたか?」
扉を開けた先には、目を丸くしているアンジェロ王子が廊下に立っていて、なんでもない。とイアンが口を手で覆いながら答える。ちなみに私も口を手で覆っていた。
まさか、あそこからキスをされると思わなかった私は焦って…結果的にお互いの歯がぶつかってしまい失敗してしまった。地味に痛い。
「…庭園の方にいらっしゃらなかったので、こちらに伺ったのですけれど…入ってもよろしいでしょうか?」
薄く笑みを浮かべるアンジェロ王子の後ろには、にっこりと笑うシルフォード王子が立っていた。
マナが戻ってきたのかと思ったけれど、ダンス練習も済んだし…?…うん。とりあえず、2人に室内へ入ってもらうことにした。
ソファに私とイアン、アンジェロ王子とシルフォード王子が向かい合わせになって腰を下ろすと、室内に入ってきた使用人たちが飲み物とお菓子を置いていく。
「マカロンっ!」
先ほど手をつけていなかったクッキーの載った皿の隣に、色とりどりのマカロンが載った皿が置かれる。
ついテンションが上がってしまった私に、ルミナス様はお菓子がお好きなのですね。とシルフォード王子に微笑ましいものを見るような眼差しを向けられて、ええ…好きですわ…。とお菓子で興奮するのを見られて恥ずかしくなった私は、俯きながら返した。
どうぞ、どうぞと中央に置かれていたお菓子の載った二皿を私の前に寄せられて、こんなに食べれない…と思いながらも私は手を伸ばす。
小さな可愛らしいマカロンは、サクッとして口の中で溶けていくような感触と甘い味に、頰に手を当てながら美味しい〜。と、ついつい声を出してしまう。
ボーっと呆けた顔をしたアンジェロ王子がこちらを見ていることに気づいた私は、マカロンが食べたいのかな…と思って一つ手に取り、どうぞ。と言って差し出した。
側に控えていた使用人が慌てて小皿をテーブルの上に4皿用意して、独り占めするのは悪いと思った私は使用人がやろうとするのを止めて、皆の分を小皿に分けると、それぞれの前に置く。
「…ルミナス様、イアン王子…」
使用人や護衛の者達を下げて、紅茶を飲んで一息ついていると、アンジェロ王子が真剣な表情で何かを話そうとしていた。




