ルミナスは、手を伸ばす
「僕も、ルミナス様とダンスを踊りたいです。」
シルフォード王子が、澄んだ綺麗な瞳で見つめてくる。喜んでっ! と思わず口走りそうになるけれど、「シルフォード…」額に手を当てて、項垂れるアンジェロ王子の姿が視界に入った。手を触れるのさえ恐れ多いと恐縮していたアンジェロ王子からしたら、ダンスなどもってのほかだと思っているのかもしれない。
「ルミナス…だんすは、俺が、一緒にするから。」
イアンが言葉を強調しながら言ってきて、私はくすっと笑ってしまう。シルフォード王子に対抗してるようだったけど『一緒に』の言葉に、素直に嬉しく思った。
「ありがとう、イアン。…シルフォード王子の申し出も嬉しいですけど、わたくしのダンスの相手はイアンだけですわ。」
私はニコリと微笑み、シルフォード王子は眉尻を下げて、残念そうにしながらも頷いてくれた。
ダンスの詳しいことは後でイアンと話をすることにして、「美味しい食事楽しみです〜! 」パーティーをよく分かっていなくても、今から楽しみにしているマナの、ドレスが無いからどうしよう…と私が首を捻らせていると、アンジェロ王子がマナのドレス一式を商人が城に届けにくると言ってくれた。
「もちろん、パーティーはお好きな服で構いません。けれど…お気に召していただけると思います。」
アンジェロ王子が優しげな眼差しをマナに向けながら微笑む。キラキラオーラが半端無い。女性なら誰もがその笑みに、うっとりとしてしまいそうだけど…
「ありがとうございます! 」マナは満面の笑みを返す。アンジェロ王子にときめくポイントは、マナには無さそうだ。
「国王陛下に、お尋ねしたいのですが…」
真剣な表情のイアンを見て、私はアルに関することだろうと察しがついた。「なんでしょうか? 」と返した陛下に対して、再びイアンが口を開く。
「…王都内に潜伏している暗殺者のアルに、賞金がかけていることを耳にしました。アルがコメルサン商会の会長達を殺したと…目撃した者がいるのですか?」
国王陛下は顔を振り向かせて、騎士団長に目配せする。どうやら騎士団長が答えるようだ。私も犯人がアルだと分かった理由を知りたかった。ダイス会長から話を聞いた時から、アルじゃないかと思ってはいたけど……
「コメルサン商会の商人から聞いた話なのですが、会長達が殺された前日に、店内の一室から怒鳴り声が聞こえ、扉から室内の様子を覗き見ると、会長と副会長が黒髪の男に一方的に罵声を浴びせていたそうです。その日客人が来る予定も無く、会長達の剣幕に驚いた商人は、覚えていたみたいでした。」
騎士団長は、スラスラと報告書を読み上げるように話す。きっと陛下にも、同じように説明したことがあるのだろう。
「……屋敷の番兵からの話では叫び声や物音はしなかったそうですが、会長達は寝静まっている間に殺されたのでしょう。朝になって外に出てこないことに怪訝に思った番兵が、屋敷内の惨状に気づいたのです。」
騎士団長の話に相槌を打った陛下が、私たちに視線を向けながら口を開く。
「国内で会長達と関わりのあった者達の中に、黒髪はおりません。サンカレアス王国から黒髪と銀目の男の情報は得ていましたので、王都内の警備を強化し、行方を捜している次第です。」
ルミナス様方の訪れる前に、捕らえたかったのですが…と、消え入りそうな声を漏らした陛下に、騎士団長は目線を下げて口を固く結んでいた。その表情が悔しそうなのは…騎士達を動かし、兵を動かし、賞金をかけても…未だにアルは捕らえられていないからだろう。殺した証拠や目撃者はいなくても、店に訪れていたアルであろう人物と、その手口で、犯人として賞金をかけたようだ。
「俺はアルと面識がありますから、もし俺がアルを見つけたら、場所を選ばず戦います。」
陛下だけでなく、イアンの言葉に騎士団長や宰相も目を見開いて驚いているようだった。サンカレアス王国で私たちがアルと会ってることを、陛下達は知らないようだ。
「面識が…そうでしたか…。しかし、他国からの客人であるイアン王子に、剣を振らせるわけには参りません。我が国の騎士と兵達にお任せください。」
陛下の言葉に、イアンは口を固く結んで難しい顔をする。ここで私が口を挟めば陛下はイアンの好きにしてくれるだろうけど……私は黙っていた。
国王陛下…そろそろ…と、宰相が遠慮がちに陛下に声をかける。もう昼時のようで、私たちは客室に案内されることになり、食事を運ばせるからゆっくりと旅の疲れを癒して下さいと陛下に言われたけど……
「客室を、もう一部屋お借りしても良いですか?」
「はい。何部屋でも、お好きに使って構いません。一部屋は幌馬車に積んであった荷物を運ばせています。後はマナ様で一部屋と、ルミナス様とイアン王子は続き部屋になっておりますので…」
陛下の言葉に疑問を抱いた私は首をかしげる。
……続き部屋ってなんだろう?
とりあえず紹介していない、もう1人のことを話しておかないと…
「国王陛下、魔人リヒト様をご紹介致しますね。わたくしの影の中から出てきますわ。皆さんも…驚かれると思いますけど、取り乱さないで下さいね。」
リヒト様の登場は初見驚いてしまうから、前もって出てくることを言っておかなければと思って話したけど、陛下達はポカンとした顔をしている。
「……もう一部屋借りる必要はない。荷物を入れた客室を使わせてもらう…」
影が伸びて、私の後ろから姿を現したリヒト様に陛下達は目を溢れんばかりに見開かせて、固まってしまった。シルフォード王子は瞳を輝かせてリヒト様を見つめているけど、他は…特に陛下の顔色が一気に悪くなり、胸に手を当てながら呼吸を乱している。
「……ま、ま、魔人…様…ですが……な、なぜ……ど、どう……て…っ……」
陛下は言葉を詰まらせてリヒト様の登場に困惑しているようだった。まさか、これほど陛下達が顔色を悪くすると思わなかった私は、顔を振り向かせてリヒト様を見つめる。眉をしかめて不機嫌そうな顔をしているリヒト様は、腕を前で組みながら陛下達を見下ろしていた。
「わたしは、普段ルミナスの影の中にいる。客室を使うのは夜寝るときだけだ。……ルミナスに護衛は不要だからな。」
邪魔なだけだ。と鋭い声で告げるリヒト様に、陛下は「ヒッ…! か、かしこまりましたッ!」と即座に返す。ゴンッ!と何かがぶつかる音がして陛下の方に視線を戻すと、ガタガタと体を震わせながらテーブルに両手と頭を付けている陛下の姿があった。テーブルの上に置いてあったカップやグラスが倒れて、高級そうな絨毯の上にポタポタと垂れ落ちている。
……リゼ様……
魔人に対してこれほど恐怖しているのは、リゼ様から忠告以外に、何かされたのでは…と思わせるほどだった。聞くのは怖いからやめておこう。
「分かっていると思うが…リゼからの忠告は今代だけではないからな。未来永劫、次代の王へも引き継がせるように。ルミナス…そして、その子孫を傷つけた人間、国も…どこであろうと一瞬で滅ぼす。」
わたしの頭を撫でながら告げるリヒト様の言葉に、嬉しく思うけれど…目の前では陛下達が戦々恐々としている光景に、もうやめてあげて! と私は心の中で叫ぶ。でもリヒト様がこれだけ強く言うのは、目の前にいるのがこの国の王だからだろう。王の意向で、国は良くも悪くもなってしまうから…
リヒト様はポンポンと軽く私の頭を撫で終えると、影の中に戻っていった。
「……リヒト様は影の中に戻りましたわ。客室へ…案内をお願いします…」
声が小さくなってしまったのは…仕方ない。
陛下達は頭を下げたまま全身を震わせていて、なんだか声をかけるのを躊躇してしまった。
スティカ王子は、涙を流しながら嗚咽を漏らしているし…
「僕が客室までご案内致します。」
シルフォード王子が、スクッと立ち上がった。
自分の父親や兄達がこれだけ恐怖の色を見せているのに、一番幼いシルフォード王子が平然としている姿に私は驚く。
……イアンの言う通り…子どもじゃ…ないかも。
その堂々たる姿に、男らしくさえ見える。
けれど…やっぱり可愛い。
鮮やかな緑色の髪を揺らして、私と目が合うと首を傾けながら可愛らしい笑みを浮かべる。私も立ち上がって、シルフォード王子に案内をお願いすることにした。
恐怖心から立ち直ったアンジェロ王子も案内を申し出て、陛下と宰相、騎士団長と別れた私たちは、王子3人と共に客室へと向かう。
…………………
……………
………
「あ〜〜…続き部屋って…なるほど……」
室内に1人でいる私は、腰に手を当てながら扉の前に立っている。この扉は廊下に繋がる扉ではなく…寝室の壁側にある扉は、イアンがいる隣の客室と繋がっているのだと、開けずとも察しがついた。反対側のマナがいる客室の方は壁に扉が無かったから、イアンと私だけ出入り出来るようになっているようだ。
……何のために? ま、まさか……
頭の中で妄想を膨らませた私は、カーッと自分の顔が熱くなるのを感じる。
客室に案内されるまでの廊下を歩いている間、スティカ王子はずっと、怖かったよ〜とメソメソしていて、使用人が手際よくハンカチを渡して冷静に対処し、シルフォード王子に慰められていた。
アンジェロ王子は城内のことを簡単に私たちに説明してくれて、お風呂があると知って驚いた。王族専用のお風呂と、広場には公衆浴場があるそうだ。他の都市や町には無いしお金がかかるから一般的では無いけれど、商人達が身なりを整えるために利用するそうで、是非とも風呂文化がもっと広まってほしいと思った。客室に着くと王子達と別れて食事を用意してきた使用人達に、人数を1人分増やしてもらい、のんびりと食事を堪能した。食事を済ませた後に私たちは、使用人達に食器を下げてもらい、少し休むから…と言って控えていた使用人達には全員下がってもらっている。
広々とした華やかな雰囲気のある室内は、ソファやテーブルなどの調度品が置かれているリビングと、奥には天蓋付きのキングサイズのベッドが置かれた寝室がある。
まさにスイートルームといった感じだ。
食事の時は一部屋を使って皆で食事をしたから、今はそれぞれ、自分の寝る部屋を見に分かれてたんだけれど……
コンコン
目の前の扉からノック音が聞こえて、イアンが続き部屋にどんな反応をしているのか気になった私は、ドキドキしながらドアノブに手を伸ばす。




