ルミナスは、言葉に詰まる
イアンが『 大勢 』と言った通り、応接室の扉が開かれると、陛下を先頭に続々と人が室内に入ってきた。
「全員下がれ。」
陛下の一言で、室内に控えていた使用人達が頭を下げて退室していく。護衛は…と控えめに騎士の1人が騎士団長に声をかけたが、扉の外に2人残すよう告げて、応接室に残ったのは私たち3人と、陛下ならびに先ほど謁見の間で紹介された面々だ。
……なんで皆で来たんだろう?
護衛の話とかは、てっきり宰相か騎士団長と話をすると思っていた。私たちが座っているソファの横側の空いたスペースに移動してきた陛下達が、突然床に跪いて頭を垂れてきて、私は目を丸くする。
「この場にいるのは、ルミナス様が光の者であると知る者達でございます。先ほど謁見の間では、膝を折らなかったことを…どうかお許しください。」
長い髪が床につきそうな程に深々と頭を下げている陛下は、一呼吸おいて言葉を続ける。
「ルミナス様の偉大な魔法の数々は…私の耳にも届いております。我が国の商会長をお救い頂いただけでなく、湖では木々が燃え広がるのを防ぐために、魔法をお使い頂きまして…誠にありがとうございました。」
陛下の言葉を聞いた私はダイス会長と、アジールさん達の姿が頭を過ぎる。
ダイス会長にニルジール王国へ行く事を話していたから、それが伝わって陛下達は私たちの訪れを事前に知ることが出来たのだと思い至った。
隣に座るイアンがチラリと私に視線を向けてきて、未だに頭を下げ続けている陛下達の姿を見ながら、私は口を開く。
「……わたくしは侯爵家の娘であり、イアンの婚約者です。今は人払いをしたから良いのでしょうけれど、わたくしを敬う必要はございません。どうか…頭を上げて、お立ちになって下さい。」
跪いている陛下達は、ゆっくりと頭を上げる。
「ソファに座って話を致しましょう。」と言って私が微笑むと、陛下は「かしこまりました。…お前たちは下がって良いぞ。」と隣にいる王妃様に向かって話しかけた。
……王妃様の髪って、近くで見ても綺麗だなぁ…。
王妃様は鮮やかな金色の髪を、編み込んで後ろでまとめていて、首元が大きく開いたドレスを着ている。香水の甘い匂いがして、男なら悩殺されてしまいそうだと思った。肌も綺麗だし、何人も子供を産んでいるとは思えないくらい若々しく見える。
私がジッと見ていることに気づいたのか、髪と同じ色の瞳と目が合った私は、一瞬ドキッとする。
薄く笑みを浮かべた王妃様は礼をすると、2人の王女と共に部屋を退室した。
「し、シルフォード…シルフォード〜…」
か細い声でシルフォードに声をかけているのは、この国の第三王子…スティカ王子だ。
シルフォード王子より頭一つ分ほど背が高く、王妃様と同じ金色の髪は肩より長くて、後ろで結っている。立ち襟のブラウスを着ていて、フリルは一切ついていないシンプルな装いだ。
……目を隠しているのは、なんでだろう?
両目を覆い隠すほどの長い前髪で、瞳の色がよく見えない。本人は前が見えているのだろうかと心配になる。
私たちの正面に陛下とアンジェロ王子が3人がけのソファに腰を下ろして、そのソファの後ろでは騎士団長と宰相が座らずに立った。スティカ王子も王妃様たちのように退室しようとしていたけど、シルフォード王子が動かないから声をかけたようだ。
「…どうしたのだ?」
陛下の若干低い声が、立っている2人の王子に向けられる。スティカ王子の肩がビクリと跳ねて、シルフォード王子の裾をギュッと指で掴んだ。
スティカ王子の方が兄なのに、なんだかシルフォード王子の弟みたいだ。
「シルフォード王子も、スティカ王子も…どうぞお座りになって。」
もしかして退室したくなかったのだろうかと思った私は、2人に話しかけた。すると、シルフォード王子が「はい、ありがとうございます。」と言って嬉しそうな笑みを浮かべる。シルフォード王子はスティカ王子の背中をぐいぐい押しながら、横向きに並んで設置されている、1人がけのソファにそれぞれ腰を下ろした。
……スティカ王子って、人見知りなのかな…?
謁見の間で陛下に紹介されていた時も、今も、顔が俯き気味で、目が見えないから目線が合っていないような気がする。座るように促したのは失敗だったかな…と思ったけれど、「ルミナス様…」控えめに陛下に声をかけられたため、私は陛下に視線を向けた。
「ルミナス様が、訪れた目的は…イアン王子と同じでしょうか?」
慎重に言葉を紡ぐ陛下は、私に対して一挙一動に気を配っているようだった。リゼ様の忠告が、きっと陛下の肩に重くのしかかっているのだろう。
……私は歩く爆弾みたい。
いつ爆発して国に被害が及ぶか、陛下としての立場からしたら、気が気じゃないみたいだ。
「…正直に申し上げますと…イアンではなく、わたくしがこの国に来たいとお願いしたのです。」
陛下達が体を強張らせている姿を視界に入れながら、実は…と私は言葉を紡ぐ。
「ニルジール王国は、良い品が揃っていると耳にしましたの。店で買い物したら、すぐに王都から離れるつもりですわ。魔法を使うのは殆ど自分の為に使ってますし…わたくしは、この国に魔法を向ける気はありませんから、ご安心下さい。」
ニコリと私が微笑みかけると、買い物…そうでしたか…と陛下の呟くような声が聞こえてきた。先ほどより柔らかい表情をしている陛下は、私から訪問した理由を聞けて安心したようだ。
宰相が廊下に出て飲み物を頼み、使用人達が運んできた飲み物を、それぞれが口にして一息つく。
その後、広場に商会の店舗があることを教えてもらったり、鐘楼の鐘は要人を迎える時に鳴らせるものだと教えてもらって、マナが少し残念そうにしていたけど…庭園を見せてもらえるように陛下にお願いすると、マナが私に抱きつく勢いで喜んでいた。
「今後、我が国とグラウス王国で友好な関係を築ければと、私は思っております。」
「…ルミナスと俺は友好を望んでますけど…国同士の話になると別です。帰国した時に、陛下のお言葉を父上に伝えておきます。」
イアンが顎に手を当てて難しい顔をしながら返すと、陛下は満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
各国ともそうだけれど、私とイアンが婚約したからといって、ずっと険悪な関係だった人間と獣人が交流を深めていくのは時間がかかる…ニルジール王国との外交は、サリシア王女が一番反対しそうだ。
「王都に滞在中は城内の客室でおやすみ下さいませ。
明日は日暮れと共に、城内でルミナス様方の歓迎パーティーを」
「えっ… ! パーティー!?」
思わず声を上げてしまった私に、視線が集中する。
言葉が途切れてしまった陛下は、目を丸くしていた。「ぱーてぃ〜?」「なんだ…?」と、マナとイアンは聞きなれない言葉に疑問を抱いてるようだ。グラウス王国でするのは宴だし、知らないのも無理はない。
「えっと…今からご準備するのは…大変ではありませんか?」
「問題ございません。既に城内で準備は整っておりますし、鐘の音が鳴った翌日にパーティーを催すことは、事前に貴族達と商会長達に連絡済みでございます。」
私の質問に、陛下は自信たっぷりに笑顔で答えた。
陛下主催の歓迎パーティーは盛大なものとなるだろう。歓迎してくれる気持ちは嬉しいけど……
「ルミナス様は…パーティーがお嫌いなのですか?」
不意にシルフォード王子が質問してきて、私は内心ドキッとしてしまう。「いえ、その…」と口ごもる私に、心配げな表情でシルフォード王子が見つめてきた。
「ルミナス…そのぱーてぃー…とは、なんなんだ?」
横に顔を向けて、少しムッとした表情のイアンが質問してくる。
「パーティーは…美味しい食事と、飲み物が出てきて皆が正装に身を包んでお喋りして過ごすの。音楽が流れてダンスをしたり…っ……」
そこまでイアンに説明して、言葉に詰まる
ダンスの練習を沢山して、あれだけオシャレして望んだパーティーは……嫌な記憶しかない。
イアンには卒業パーティーであった出来事を話してはいない。当時の辛い気持ちを思い出してズキっと胸に痛みが走ったように感じた私は、一度固く結んだ口をゆっくりと開く。
「……私…イアンと……ダンスを踊りたい…」
弱々しい私の声に、イアンは目を瞬かせて、だんす…? と声を漏らしていた。




