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鐘が鳴るとき

 


 王都内に響き渡る美しい鐘の音。その音を聴いたことでルミナス達の訪れを知り、動き出したのは城内の者達だけではない。


 闇に潜む者も……




「………ィ……」



「……オイ、聞こえているのだろう。」


 ハッと我に返ったアルは、男からの何度目かの呼びかけで、ようやく反応して体を動かす。

 鐘の音に聴き入っていた自分をアルは心の中で叱咤しながら、建物内に潜ませていた身を男の前に晒した。椅子に座る男は正面に立つアルを見ながら、フンと鼻で笑う。


「…お前にも、明日から働いてもらうからな。」


 男の言葉に、アルは無言のまま頷いて了承を示し、それを見た男は再び口を開く。


「明日は噂の白き乙女を目にできる、またとない機会だ。……その姿を、目に焼き付けておけ。」


 ニィ…と男の唇は弧を描く。


 アルは『 明日 』という言葉を耳にして、不意に自身の胸が弾んだのを感じた。喋り続けている男の話に耳を傾けながら、早まった鼓動を落ち着かせる。


 事前に鐘の音が、ルミナス達の訪れを知らせる音だと男から聞いていたアルは………




 鐘が鳴る日を、ずっと、心待ちにしていた。




 ――――――――――



 鐘楼(しょうろう)の建っている広場には各商会の店舗が(のき)を連ねており、鐘の音が一番良く聴こえる場所でもある。


 ルミナス達が馬車で通る姿を一目見ようと、広場内にはいつも以上の人が集まり、馬で門から駆けてきた騎士によって、決して騒ぎを起こさないように厳しく言及されていた。


「アジールさん! アジールさんっ! ルミナス様達が、これから通るっすよ!」


 外に出ないんっすか!? とグレイス商会の店舗内で興奮した声を上げるタクトに対して、アジールは店舗の奥に設置されている机の上に並べた、色とりどりのドレス用リボンから視線を外さないまま「ん〜…そうねぇ〜…。」と、どこか上の空な返答をした。


 アジール達は先日王都に到着し、門にいたアンジェロに湖であった事を話した。ルミナスが燃えた木々に水を降らせて消し、その木々を元の状態に戻したと聞いたアンジェロは、その日のうちにハウベルト王に報告をしている。アジール達はリグレットと道すがら合流しており、傭兵のフィーユとリグレットの2人は、依頼を無事終えて王都内で別れた。



「…五月蝿(うるさ)いぞ、タクト。」


 不機嫌そうな顔で階段を下りてきた人物の渋い声に、タクトはピンッと背筋を伸ばして、強張った表情で階段に視線を向けた。


「も、申し訳ご、ございませんっす…ルコット会長…。」


 頭を下げて謝罪したタクトは、ルコット会長が歩み寄ってくる足音を聞きながら、冷や汗をかく。

 ルコットは、かけている丸眼鏡の鼻の部分に中指を当てながらクイッと上げると、タクトの前でピタリと足を止めた。


 グレイス商会 会長 ルコット

 40代後半のルコットは、アイスブルーの瞳でタクトをジッ…と見据えて、ゆっくりと口を開く。


「タクト。お前がアジールと共に貴婦人方の元に赴き、お前の愛嬌の良さを気に入っている方がいる。商人見習いを辞めて、そちらの屋敷で働かせてもらうか? 愛玩動物のように可愛がってもらえ…」


「―――っ! お、お、オレ、上の階を清掃してくるっす〜〜!!」


 淡々としたルコットの言葉に、ぶるりと身震いしたタクトは、ルコットの横を通り抜けて一目散に階段を駆け上がっていく。

 その様子を目で追っていたルコットは軽く息を吐くと、アジールの側に歩み寄った。


「…私の冗談に静観した態度を取るなんて……珍しいな。 」


 ギシっ…とアジールの座る背もたれに手を乗せながら話しかけたルコットに対して、アジールは「ん〜…そうねぇ…」と、再び上の空な返答をした。

 それだけアジールが悩んでいるのだろうと察したルコットは椅子から手を離して、フッと軽く笑う。


「…少しは自分の家に帰って休め。帰ってきて早々、店に駆け込んできたと思ったら…」

「決めたわっ!!」


 アジールは一本のリボンを手に取り、椅子を倒す勢いで立ち上がると、しゅるりとリボンをなびかせる。


「……あら? 会長いらしていたのね。…どうかしたの?」


 リボンを手に持ったままニコニコと上機嫌なアジールは、振り向いてようやくルコットがいた事に気づいた。アジールが何かに没頭している時は、周りに意識が向かない事を知っているルコットは「なんでもない。」手を軽く振って答える。


「鐘の音は…流石に聞こえただろ? 明日…」


「そう、そう、そうなのよぉ〜〜! んもぉ〜今夜は徹夜ねっ! 針子の手伝いに行ってくるわっ!!」


 徹夜と口にしても楽しそうなアジールは、慣れた手つきでクルクルと長いリボンを巻くと、棚の上に置いてあった自分の鞄の中に丁寧に入れる。


「……待て。せめて誰からの注文なのか教えろ。」


 店から飛び出そうとしたアジールの腕を掴んだルコットに「前にアンジェロ王子から注文を受けていた、特別な品よ。」とアジールは言って、ウフっと笑みを浮かべた。


「ああ…あれか…」


 ルコットは、そっと手を離して言葉を続ける。


「…間に合うのか?」


 扉から店の外に出ようとしたアジールは、振り返って真剣な眼差しをルコットに向けた。


「愚問ね、会長。ワタシは女性を着飾ることに生きがいを感じているのよ。間に合わせるに、決まっているじゃない。」


 力強いアジールの言葉を聞いたルコットは、腕を前で組んで「…そうか。」とだけ返す。

 ルコットは、頑張れ…と心の中でエールを送って、アジールが扉から出て行く姿を見送った。




 ――――――――――



 広場内に建つ、マルシャン商会の店舗内では……


 鐘の音が鳴り、キャアアっ! と女性の嬉しそうな悲鳴が上がっていた。



「か、か、鐘が鳴ったわ! ルミナス様方が、いらっしゃったわっ! クレアちゃん、大変よーーーっ!」


 女性が声を上げながら、バタバタと店舗内を走る。


 途中で何もない所でつまづいてバタンッ! と盛大に前のめりに倒れた女性は、涙目になりながら上半身を起こすと、目の前には腰に手を当てながら、ハァ〜…と深いため息を吐くクレアの姿があった。


「クレアちゃんっ! か、鐘……っ!」


 クレアの腰にしがみつきながら、あわあわしている女性が言葉を詰まらせていると、「ちょっと、落ち着いてよ…この日が来るのは事前に分かっていたんだから…。」とため息混じりに話したクレアは、その場にしゃがむ。

 腰に付けているエプロンのポケットから、可愛らしい花の刺繍が施されているハンカチを取り出して、鼻血が出ている女性の顔に押し当てた。


 モゴモゴと女性が何か喋ろうとした為、押し当てていたハンカチを避けると……



「お願い、クレアちゃん…。リバーシは、クレアちゃんが渡してきて……」



 潤んだ瞳で見つめてくる女性の懇願するような声に、クレアは手に持っていたハンカチを、はらりと床に落とした。



次話 ルミナス視点になります。

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