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緊張する者達

ルミナス達が王都に到着する前から謁見を終えるまでの、国王達の話になります。

 

 ルミナス達が湖から出立した頃、食事を抜き睡眠時間を削って馬を走らせた、リグレットからの知らせが城に届き、城内ではルミナス達を迎えるための準備が行われていた。王妃自らが指示を出して使用人達が客室を万全な状態で整え、いつも以上に城内の清掃に力を入れ、提供する飲み物や菓子類の事前チェックなどをしているなか、ハウベルト王の執務室では……



「鐘楼の点検を…(おこた)ってはいないだろうな?」


 執務室内の椅子に深々と座るハウベルト王の問いに、机を挟んで正面に立つ宰相は「はい。定期的に(おこ)なっておりますし、ルミナス様方の訪れを知った後にも、念のために点検を(おこ)ないました。」と、返答する。

 鐘楼は王の祖父の代で建てられたものであり、当時はもしも他国からの襲撃があった際に、国民にいち早く危険を知らせる目的で建てられたものであった。しかし、平和を願うハウベルト王の代からは、国に要人を迎える際に鳴らすものとしている。最後に鐘が鳴ったのは、数年前にジルニアが訪れた時であった。



 カール・テンペスト宰相

 30代半ばの宰相は若干盛り上がっている、くすんだ黒色の髪をひと撫ですると、憂いを帯びた(あお)い瞳で王を見つめる。


「…ルミナス様が訪れる目的は何なのでしょうか…。まさか、魔法を我々に」

「宰相、滅多なことを口にするでないぞ。」


 宰相の言葉を、王は鋭い声でピシャリと遮る。

 申し訳ございません…と沈んだ声で謝罪し、頭を下げた宰相を見ながら、王はため息を吐いた。


 シルフォードからの情報によりシルベリア領での事を聞いた王は、ルミナスが人目を気にせず躊躇なく魔法を使っていると判断した。そして、その日のうちに宰相と騎士団長を執務室に呼び……


『 今からする話は胸の内に留めておき、決して他言せぬように。ルミナス様は今はなき国、ファブール王国の王族の血を引いており、魔法という奇跡の力を使える存在なのだ。』


『 今回のルミナス様方の訪問は慎重に対応しなければ……国が滅びかねない。』


 王は手元から無くなった指輪と、魔人の存在については話さなかった。指輪が無い今、こちらからは連絡することも会う手段も無くなり、次に魔人と会う時は忠告通りに国が滅びる時だと思ったからだ。


 宰相と騎士団長は、困惑した。

 国を滅びるなど…魔法とは、それほどのものなのかと、にわかに信じられない気持ちであった。



 王は両肘をテーブルの上に乗せて、指を組みながら思考に耽る。身体能力の高い獣人と、人の身で魔法を使うルミナスに少なからず脅威を感じていた。


 ……ライアン王子は、自分の身を危険に晒してまで外交に望んでいる……我が国の外交官にも見習わせ…いや、騎士団の副団長を務めているライアン王子だからこそか……


 他国でも同じように指輪が回収されたのか、リゼに聞けなかった王は、気になって仕方がなかった。

 争いが収まりグラウス王国に、一切非はなく全ては野心に目が眩んだオルウェンと、それに従ったジルニアの企みであったと、事の真相をリゼが現れた数週間後にサンカレアス王国から届いた文を見た時は、しばし言葉が出ないほどであった。

 もしもグラウス王国がオルウェン王の手に落ち、我が国にも、その手が伸びていたならば…と考えて恐怖したのである。指輪のことを文で尋ねるのを躊躇した王は、他国の情勢が落ち着いてからアンジェロと外交官を、サンカレアス王国に向かわせようと時期を見計らっていると…


 ライアンがニルジール王国に、突然お忍びで訪問した。


 それはグラウス王国にライアンが訪れ、ルミナスとも会った後のことである。ライアンはグラウス王国を発った後に、そのまま帰国せずにニルジール王国にも赴いていた。


『 王女と手合わせして二度負けてしまいましたが、向こうは不服だったようで、再び手合わせする約束をしてきました。』


 兵を差し向けた二国とグラウス王国は間違いなく険悪な関係になるのでは…と王は思っていたが、ライアンは王に、サリシア王女は美人で強くて…と、楽しそうな口調で話していた。


『 指輪を付けていらっしゃらないのですね。実は自国で親父…いえ、国王陛下の元に、魔人様がいらしたのですが…』


 指輪を嵌めていないことに気づいたライアンからの言葉がキッカケで、王は他国でも指輪が回収されたと知った。ライアンはグラウス王国で一度フラムを目にしていたので、すっげぇ恐い爺さん…という印象をフラムにもっている。そのフラムがサンカレアス王国に現れた時ライアンは側にいなかったが、城に戻ってくると自分の手に戻ってきた指輪が回収されたことに、酷く落ち込んでいる父親の姿に驚いたものである。


 ……グラウス王国と友好な関係を築くには、どうすべきか……


 ルミナス達が国に訪れる目的は定かではないが、今回の訪問で今すぐには無理でも、将来的に国同士の交易が盛んになるキッカケになるかもしれないと王は考えていた。



「…騎士団長。警備体制は万全か…?」


 重たい口を開いて王は、宰相の隣に立つ騎士団長へと視線を走らせた。「はい。アンジェロ王子と共に、門の前で日の沈むまで、警備に余念がありません。」騎士団長は胸当てに手を添えながら答える。

 リグレットからの知らせが届いてすぐに、アンジェロは騎士達を引き連れて門まで馬で駆けた。

 魔法で何が出来るか全て把握していなく、ルミナス達の進行速度も分からない以上、アンジェロと騎士達はこの日からルミナス達が訪れるまで、日の出ているうちは門にいて待ち構えていたのである。


 グラース・エザンス騎士団長

 二十代後半の騎士団長は、後ろで結っている金の長い髪を揺らして、髪と同じ色の瞳で斜め後ろに置かれているソファに視線を向けると、口を開く。


「シルフォード王子は、本日も読書をされているのですね。今回のルミナス様方の訪れを前もって知れたのも、シルフォード王子からの情報によると伺いましたが…」


「ああ…そうだな、シルフォードはお手柄だった。シルフォード、お前に褒美をやらんとな。」


 何か欲しいものはあるか? と王からの質問に、シルフォードはパタンと本を閉じて、目線を上げる。


「ん〜…。僕の欲しいものは、とっても大きなものだから…もっと功績を得てから父上に申し上げます。」


 ニコリと微笑むシルフォードに、王は目先の欲に捉われず、先を見据えた息子の言葉に嬉しく思いながら

「そうか、そうか。お前の働きに期待しているぞ。」と柔らかい表情で返した。まだ幼い我が子には出来ることが限られていると思いながらも、期待せずにはいられない。シルフォードが情報を得ることも、王は全く予想だにしていなかったからだ。


「……ルミナス様とお会いできる日が…待ち遠しいな…」


 まるで恋する乙女のような目をしているシルフォードの声は、誰の耳にも入らなかった。


 王と宰相達は話し合いを再開しており、シルフォードは、話に耳を傾けながら本を開く。

 手に持つ本は既に読んだことのあるもので、特に関心は無かった。大人達の話し合いに参加させてもらえずとも、こうして側にいれば話を聞くことができる。この部屋は…重要な話が飛び交う場でもあるのだ。






 それから数日後……


 鐘の音が鳴り、城内に緊張が走る。





「…グラウス王国では、今まで他国との外交が一切無かったのだ。マドリアーヌ領で市民達に手を振って応えていたのもルミナス様と聞いている。謁見での挨拶も…社交の経験のあるルミナス様が述べるであろう…」


「国王陛下、貴方様は一国の主であります。ルミナス様を敬う気持ちは心中お察し致しますが、どうか…謁見においては、王としての振る舞いをお忘れなく…」


 王は身なりを整えた後に謁見の間に足を進めながら、右隣を歩く宰相の言葉に、無言のまま頷いて返す。早まる鼓動を落ち着かせるために、そっと手を胸に当てて、深く息を吐いた。


 緊張で胸が張り裂けそうな気分であった。


 ここ数日は碌に睡眠も取れず、今は僅かに化粧を施して隈を誤魔化している。形式的なものがもちろん大事だと分かってはいるが、ルミナスよりも上に自分が立つことに内心恐縮していた。


「国王陛下、もしもの時は…御身(おんみ)だけでもお守り致しますゆえ…」


 左隣から話しかけてきた騎士団長の、決意を込めたような言葉に王は、眉間に皺を寄せる。騎士達の配置など本当はしたくない王であったが、何がルミナスの機嫌を害するか分からないために、警戒もやむを得ないとしていた。


「ルミナス様方が、どのように振る舞うか分からぬが…王の私に対して本来なら不敬な態度を取ろうとも、お前たちが動いては決してならぬからな。」


 王は厳しい口調で2人に告げて、謁見の間に到着した。






「…シルフォードはどうしたのだ? 」


 椅子に腰を下ろした王であったが、第三王子、第一、第二王女も揃うなかでシルフォードの姿がないことに気づく。椅子に座る王妃が首を捻らせたのを見て、王は眉間の皺にグッと指の腹を押し当てた。


 ……鐘の音が鳴れば各々で支度を整えて謁見の間に集まり、城内からは出ないように話しておいた筈だが……


 王は城内を探すように指示を出し、心を落ち着かせるために正面の扉ただ一点を見つめて全神経を集中する。王の緊張が周りに伝染し、暫し謁見の間は重たい空気に包まれた。



 …………………




 ……………





 ………




「……シルフォード。」


 ルミナス達が謁見の間を退室し、王は鋭い眼差しをシルフォードに向ける。周りの視線が集中するなか、シルフォードはフッと柔らかい笑みを浮かべた。


「特別なお方であると重々承知の上でしたが、僕は1人の女性としてルミナス様と接したまでです。ルミナス様はとても(つつ)ましく、お優しい方のようですね。」


 シルフォードの言葉に、王は口を固く結ぶ。

 軽く息を吐いた王は……もう、良い…。とだけ返すと、先ほどの謁見の間で目にしたことを思い出す。

 ルミナスを特別だと知る者としては、自ら跪き頭を下げてきただけでなく、婚約者であるイアンを前に出してきたことに内心驚いていた。

 シルフォードがルミナスの手を取りながら入ってきた時は、叱咤しようと思っていたが……


 ……こちらが、過剰にルミナス様を特別な方として見ているだけなのだろうか……


 王は重たい腰を上げると、段をゆっくりとした足取りで降りて、顔を振り向かせる。




「この先は、非公式な場とする。」




 その言葉に周りが頷いたのを見た王は、一歩一歩足を前に進ませた。

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