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ルミナスは、手を引かれる

 

 王都内には様々な規模の水路があるようで、石畳の上を走り続ける馬車は、水路を越える時に短い橋の上も通っていく。幅の広い水路には、小舟が進む様子が遠くに見えた。私も乗ってみたいな…と思ったのは、前世から今まで一度も船に乗った経験が無いからだ。グラウス王国で見た小舟は転覆しそうで怖くて乗れなかった。


 門を抜けてから結構経ったように感じるけれど、王都内は今まで立ち寄った場所と比べると1番広いだろうから、移動するのに時間がかかるのは仕方ない。


「ねぇ。イアン、マナ…もしかしたら、城に着いたらすぐに謁見の間に通されるかもしれない。」


 事前に私たちの訪れを知っていたなら、準備万端で待ち構えていそうだ。今まで会ってきたのは私の身内や友人だから良かったけれど、相手が私たちを特別視しているとしても陛下に会うときは礼儀正しくすべきだと思った私は、2人と謁見の間に通されたら、どう対応するかの打ち合わせをしておく。


 2人共、真剣な表情で私の話に耳を傾けてくれた。



「……マナ、庭園を見つけても飛び出したらダメだよ。もし単独行動したら即影の中へ…」


 一通り打ち合わせを終えて、マナに念のため忠告しておくと、コクコクと何度も首を上下に振って頷いていた。



 しばらく進んでいると、石畳で覆われた広々とした空間に馬車が入る。シルベリア領より規模が大きいその空間を見て、きっとここが広場だろうと私は思いながら外を眺め続ける。

 誰か先行して私たちが通るのを伝えているのか、時間が止まったかのように大勢の人達が足を止めて、こちらに向かって頭を深々と下げていた。広場内をじっくりとは見れなかったけれど、そびえ立つ塔が視界に入り……


「あれが鐘楼(しょうろう)かな…」


「あれがそうですか!? あの音をまた聴きたいですっ!」


 マナが私の方に体を寄せながら外を見て、弾んだ声を上げた。私たちが頼めばいつでも鐘を鳴らせてもらえそうだけど…鐘が頻繁に鳴らされるものか分からないので「んー…後でアンジェロ王子に聞いてみよっか。」と私が軽い口調で返すと、マナはニッコリと笑って満足そうに頷く。


 広場を通り抜けてすぐに、緩やかに馬車がスピードを落として停止した。


 ……城に着いたのかな…?


 馬車の前方がよく見えないから、広場から近くに城が建っているのかな…と私が思っていると、馬車が前へと進み出す。跳ね橋の上を通り、今まで通った中で1番規模の大きい水路は、広場に建つ建物のすぐ側にあって、荷物を載せた船が行き交う様子が見えた。私が移り変わる外の光景に目が離せないでいると……


「王都が、これほど……思わなか………入り組んだ道や……も多いし……いや、城壁に登れば…」


 イアンのブツブツと独り言を呟いている声が、途切れ途切れ私の耳に聞こえてきた。窓から街並みをジッと見ながら何か考え込んでいるイアンの姿を見て、まさか1人でアルを探しに行こうと考えているんじゃ…と不安に思って口を開く。


「イアン、マナ、絶対に1人で行動はしないでね。迷子になっちゃうし…私達はただでさえ目立つんだから、フードを被ってても、絶対に、ダメだからね。」


 言葉を強調しながら私が2人に話すと、はーい! とマナは元気に応えてくれて、イアンは私と目を合わせると……分かった。と言って苦笑いを浮かべた。


 イアンの足の速さには誰も追いつけないし、リヒト様にイアンを監視しててもらおうかな…と私が考えていると、再び馬車が止まる。


 今度は城の手前にある門で止まったようで、門を通り抜けて進むと、手入れされた庭園の見える道を通り、城の入り口前に馬車が横付けされる。

 大きな扉の前には数人の使用人達がいて、こちらに向かって頭を深々と下げていた。

 馬車の扉が外から開けられて、馬から降りているアンジェロ王子が手を差し伸べてくれる。


 紳士的なアンジェロ王子に、前世の記憶が戻る前だったら、ときめいていただろうけど…今は心が揺れるようなことはない。


 その手を取り、私はお礼を述べて馬車から降りると、目の前にそびえ建つ外観の美しい城を見上げた。


 ……あっ、フードを被ったままだった。


 城に着くまでは髪色を隠さなきゃと思っていたから、すっかり忘れていた。これから国王陛下に謁見することになるだろうし、マントも脱がないと…

 そう思った私は被っていたフードを下ろして、マントを脱ぐ。周りが一瞬(ざわ)ついたのは、きっと私の髪色を目にしたからだろう。

 金属が擦れるような音が複数聞こえるのは、周りに鎧を纏った人達が多いからだ。


「……っ……ルミナス様、あの…」


 後ろからアンジェロ王子に遠慮がちに声をかけられた私は振り向こうとしたけど…大きな両開きの扉がゆっくりと開かれるのが視界に入り、前に意識を向ける。


 ……女の子…? いや、男の子…かな?


 扉が開かれた先には、可愛らしい笑みを浮かべている子供が立っていた。中性的な顔立ちを見て性別の判断がつかなかった私は、着ている服に視線を移す。

 真っ白のブラウスに首元のフリルはリボンの形をしていて、白いタイツの上に紺色のハーフパンツを履いている。……可愛い……。

 その子供の後ろからは、エプロンを付けている女性や、兜は付けていない兵士の姿もある。



「シルフォード…なぜ出てきたんだ? 城内から出ないように国王陛下に言われていただろう。」


 アンジェロ王子が私の左隣にきて、怪訝そうな口調で前から歩み寄って来る子供に向かって話しかけた。

 私の右隣にはイアンとマナがいて、使用人が側に来てよろしければ、お預かり致します。と声をかけられたため、私たちは脱いだマントを手渡す。


「…申し訳ございません、兄上…。白き乙女に早くお会いしたくて…」


 待ちきれませんでした。と沈んだ声で言ったシルフォードは、眉尻を下げて悲しそうに澄んだ瞳を揺らしている。その表情を見た私は抱き締めたくなる衝動に駆られて、大丈夫だよ!と声を上げそうになったのを、口を結んでグッと堪える。

 ズボンスタイルだから男の子だと思うけど…声変わりがまだなのか、女の子のような高い声をしている。


 ……わ、私に早く会いたかった? 嬉しいし……

 かわいい〜!


 アンジェロ王子は額に手を当てながら軽くため息をついて、シルフォードは佇まいを直すと口を開く。


「お初にお目にかかります。ニルジール王国 第四王子、シルフォード・フウ・ニルジール と申します。皆様にお会い出来る日を、心待ちにしておりました。」


 しっかりと挨拶して、綺麗に礼をするシルフォード王子は私と目が合うと、はにかんだ笑顔を見せた。

 ……10才くらい…かな?

 細い手足に、白い肌。小柄な体格のシルフォード王子は見た目も言動も可愛くて、なんだか母性本能をくすぐられる。


「挨拶のキスは…してもよろしいでしょうか?」


 首をコテンと傾けて聞いてきたシルフォード王子に


「……シルフォード。 他の者ならいざ知らず、ルミナス様のお手に触れるだけでも恐れ多いことだぞ。」


 アンジェロ王子が諭すような口調で話して、シルフォード王子が、しゅんと肩を落としている。

「あ、挨拶でキスをするのか…?」とイアンの困惑しているような声が耳に入り、グラウス王国では馴染みのない習慣だから知らないもんね…と思いながら私はスッ…と手の甲を上にして、前に出した。


 

「わたくしの手は、他の方と同じですわ。」



 ニコリと微笑みかけると、シルフォード王子が嬉しそうな笑みを零して私の手を取り、そっと唇を落とした。



 ん?



 唇を離したけれど、私の手をきゅっと握りしめたまま離してくれないシルフォード王子に、どうしたのだろう…と疑問に思って私は首をかしげる。


「その…もし、よろしければ……僕に、ご案内させていただけませんか…?」


 私の手を握り締めたまま、照れたような笑みを浮かべるシルフォード王子に「よろしくお願いします。」と私は即答した。


 隣で「なっ…!」とアンジェロ王子の動揺する声がしたけど、シルフォード王子に手を引かれた私は、そのまま扉を抜けて城内に入る。

 ルミナスさんは子供が大好きですもんね〜。と後ろからマナの声がしたけど、否定の言葉を返すことはしない。だって、その通りなんだもの。



 シルフォード王子に私は手を引かれたまま、後ろからはイアンとマナ、アンジェロ王子、使用人や護衛の人達を引き連れて城内を歩く。


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