ルミナスは、耳を澄ます
目についたのは、豪華絢爛な馬車だ。金の細かい装飾が見事で、これが陽の光を反射しているかのように、光り輝いて見えたのだろう。大型四輪馬車は見るからに高価なもので、イアンが光ってると言っていたのも納得がいく。
そして馬に乗って頭には兜を被り、全身鎧を纏う人達が馬車二台分を取り囲むようにして配置されてるようで、周囲に目を配りながら厳重な警戒をしていた。よく磨かれた鎧は目を凝らしてみると複雑な装飾を施しているようで、馬も甲冑を纏っている。なんだか動きにくそうだと思った。
隣にいたマナが車内から軽く飛び降りて地面に足を付けると、凄いですねぇ〜…と声を漏らしながら、馬車をジロジロ見ている。
私は車内から降りないままでいると「もし、よろしければ…お手を…」と、緊張しているような口調で手を目の前に差し出されたのが視界の端に入り、私は咄嗟にその手を取って車内から降りた。滑らかで女性のようにきめ細かい白い肌をしていて、剣を振っているイアンの手とは全然違う感触に、思わずジッとその手を見てしまう。
私は相手の顔を見ようと目線を上げ……
目の前に立っていたのは、イケメンだった。
「お初にお目にかかります。ニルジール王国第二王子、アンジェロ・フウ・ニルジール と申します。」
一歩足を後ろに引いて礼をとり、頭を下げてきたアンジェロ王子はショートの髪をさらりと揺らして、私と目が合うと薄く微笑み、緑色の瞳は何か使命を宿しているかのような意思の強さを感じた。真っ白なブラウスを着たアンジェロ王子の首元には、大きなフリルが付いている。絵本の中から出てきた王子様みたいだ。いや、王子そのものだった…
私も名乗るために口を開こうとしたけど……アンジェロ王子の顔を見てから私は、胸の奥でざわりと嫌な感情が湧き上がってきて、思わず口を噤んでしまう。
「国王陛下より、皆様を丁重にお迎えするよう仰せつかっております。どうぞ馬車にお乗り下さいませ。」
「わー! これに乗れるんですか?」
マナが馬車に躊躇なく近づいて、まるで遊園地で初めてアトラクションに乗る子供のようにはしゃいでる。それをイアンが宥める姿が視界に入り、イアンはいつの間にか御者台から降りてこちらに回ってきていたようだった。
……なんか、モヤモヤする……。
馬車は私たちの為に用意されていたものだったみたいで、モヤモヤした気持ちが何かよく分からないまま、私たちは馬車に乗り移った。
内装も豪華で、座り心地の良いクッションに私は腰を沈める。イアンは落ち着きなく視線を彷徨わせていて、マナはクッションを手で触って、へぇ〜…と声を漏らしていた。幌馬車の方は代わりの人が引いていくようで、アンジェロ王子も一緒に馬車に乗るかと思ったけど、馬に跨る姿が窓から見える。
馬車がゆっくりと動き出し、窓から外を見ると幌馬車が列になって並んでいて、立っている人がこちらに向かって深々と頭を下げていた。
騒ぎになっていないのは、事前にアンジェロ王子が知らせていたからだろう。
「この馬車、全然揺れないですねー!」
私の隣に座るマナが、すご〜い! と笑顔で言っている。確かに今まで乗ってきた馬車の中で1番揺れが少ない。派手な外装をしていたし、本来なら国王陛下が乗るような馬車なんじゃ…と私は自分達がそれだけ特別視されている存在なんだと、身を引き締められる思いがした。
門を通過し市内へ入ると、煉瓦造りの建物が並び立っていて、足を止めている市民達の姿があったけれど、深々と頭を下げているから、顔が全く見えない。
マドリアーヌ領で市民達に笑顔で歓迎を受けた時とは違い、緊張した雰囲気が漂ってるように思えた私は、ハァ…と軽くため息を吐くと……
不意に、鐘の音が聞こえてくる。
「な、なに、なにーーーッ!?」
「 なんの音だ!? 」
私は鐘の音だと気づいたけれど、マナとイアンは初めて耳にする音に驚いているようだった。
イアンが窓を勢いよく開けて、音の出所を探っているのか猫耳をせわしなく動かしている。窓を開けた事で鐘の音がよく聞こえるようになった。オルゴールの音のように、耳心地の良い音を鳴り響かせている鐘は、王都全域に響き渡っているように聞こえる。
イアンが窓を開けた為か馬車が止まり、馬に乗ったアンジェロ王子が馬車の横につくようにして来て、馬から降りながら「どうかされましたか?」とイアンに話しかけた。未だに鐘は鳴り続いていて、イアンが「…この音は何ですか?」と質問すると、アンジェロ王子が眉尻を下げて申し訳なさそうな表情をする。
「グラウス王国に鐘楼がございませんでしたか……申し訳ございません、事前にお話しておくべきでした。ルミナス様方の訪れを、鐘を鳴らせて皆に伝えているのです。」
丁寧な口調で答えたアンジェロ王子は「鐘楼に興味がおありでしたら、城に着く前に鐘楼の建っている広場を通りますので、お立ち寄り致しましょうか?」と言葉を続けた。イアンは顔を振り向かせて、どうする?と私とマナに聞いてくる。
「広場には興味あるから行ってみたいけど…まずは国王陛下に挨拶に行こう。私たちが来るのを待ってるかもしれない。」
そう答えた私が隣に視線を向けると、マナは「広場に行くのが今から楽しみです。」と笑顔で返してくれて、イアンは頷いて了承を示した。
「かしこまりました。何かございましたら遠慮なくお申し出くださいませ。」
アンジェロ王子は柔らかな笑みを浮かべると馬に跨り、馬車が緩やかなスピードで再び動き始める。
鐘楼はサンカレアス王国にも、グラウス王国にも無かったからニルジール王国で独自に建てたものなのかな…と私は思いながら、背もたれ部分にあるクッションに寄りかかり、鐘の音に耳を澄ませた。
移動しているうちに鐘の音は止まり、隣に顔を向けると、マナは窓からずっと街並みを眺めているようだった。
「……イアン? 」
どうかしたの? と私は俯き気味なイアンが気になって声をかけた。イアンは顔を上げて「……」何か言おうとしたけれど、躊躇しているのか口を閉じてしまう。余計に気になった私は前屈みになりながら、ジーっとイアンを見つめ続けた。
すると、イアンはチラリと窓に視線を向けて、「いや…その……」と言葉を濁しながら、私の視線に耐えきれなくなったかのように、軽く息を吐いて言葉を続ける。
「初対面のアンジェロ王子に対して失礼だとは思うんだが……なんだか顔が、マーカス王子と似ていて…殴りたい衝動に駆られてしまうんだ……」
頰をかきながら気まずそうに話したイアンの言葉に、私はハッとする。胸の中でモヤモヤしていたのは、マーカス王子と被って見えたからだと気がついた。
「その気持ちは…分かるよ。」
でも殴らないでね。と私が言うと、イアンはもちろんだ。と言って苦笑を漏らしていた。
マーカス王子の存在をすっかり忘れていたから気づかなかったけど、アンジェロ王子は佇まいや言葉遣い…声も違うけれど、髪と瞳の色や白い肌…顔のパーツが似ているんだ。
……あんな最低王子と比べたら失礼だね。もしかしたら、王妃様がニルジール王国出身の王族だったのかな…?
お父様に聞けば、きっと知っていただろう。
グラウス王国を発つ前に、事前にニルジール王国の王族のことを誰かに聞いておけば良かったと今更ながらに思う。お父様だけでなく、ライアン王子に聞くこともできたのに……
ニルジール王国に外交目的で私たちは来た訳じゃないし、ここまで来たら気にしても仕方ない。
私はモヤモヤの原因が分かってスッキリした気持ちになりながら、窓から街並みを眺めた。




