ルミナスは、立て続きに質問する
「おはよーございま〜す! ルミナスさ〜んっ! 食事の支度しておきますねー!」
マナの明るい声が辺りに響き、私は湖の向こう側に視線を向ける。小屋の前に立つマナが、元気にこちらに向かって大きく手を左右に振っていた。その隣の小屋から出てきたタクトが、マナに駆け寄る姿も見えて、馬車の近くには朝食を食べる時も使えるように、昨日のテーブルや椅子もそのまま残してある。
タクトの後から出てきたフィーユが、こちら側にいる私たちに気づいて来ようとしたようだけど、アジールさんが何か話しかけてフィーユを引き止めていた。
木々の間から朝日が差し込み、木が長い影を作っている。爽やかな風が頬を撫でて、湖のなめらかな水面には、日が高くなるにつれて沈んだ色調から木々の生き生きとした色へ映り変わっていく様子が見えた。
普段なら気持ちの良い朝に清々しい気持ちになるけれど、先ほどアルの名前を聞いてから胸がドクドクと嫌な音を立てているように感じる。
「……バルバール、何故アルに…? どこで会ったんだ? ……詳しく教えてくれっ!」
イアンの声がして視線を移すと、じりじりとバルバールにイアンが詰め寄っていた。
「わたくしも知りたいわ。」
私は土の地面に手をついて魔法を行使する。
テーブルと椅子を3つ、テーブルの上にはカップを作って水を入れた。自分だけじゃなく2人も喉が渇いていると思って、椅子に座って話の続きをしようと私は促す。何度見ても信じられね〜なァ…と、バルバールが独り言を漏らし、私の魔法を見て頬を引きつらせていた。
椅子に座り、早速私が水を飲んで喉を潤していると、バルバールはカップを傾けてゴクゴクと一気に飲み干しているのが視界に入る。バルバールはフゥ…と軽く息を吐いてテーブルにカップを戻すと、口を開いた。
「……アルには、会長等を殺した罪で賞金がかけられてんだ。騎士の連中が酒場で飲んでた俺等に、知らせにきたんだよ。門番の見張りを増やしてるそうで、王都内から逃げれないように取り締まりを厳しくしてるそうだゼ。」
喋るのが面倒なのか、気だるげそうにしながらもバルバールは話してくれて、イアンは真剣な表情で話に耳を傾けていた。これから向かう王都にアルがいた…いや、今もいる可能性が高い。
「生死は問わねェそうだし、俺だけじゃなく周りで聞いてた連中も金が絡む話題に沸き立ったがよォ…そこら中探しても、全然見つからなかったが…」
ふと、バルバールが私に視線を向けていると感じて、首をかしげる。
「そういやぁ…ルミナス様は、アルと同じ瞳の色をして…」
「全然、違う。ルミナスと、アルを一緒にするな。」
バルバールの言葉に被せるようにしてキッパリと否定の言葉を口にしたイアンは、眉をひそめて不快感を露わにしていた。私は自分の目もとに、そっと指先を当てる。全く同じか分からないけど、確かに私の瞳はアルと同じ銀色だ。
イアンが訂正しろ、と言わんばかりにバルバールをジト目で見て「あー…よく見りゃ全然違うなァ。」とバルバールは棒読み口調で喋ると、苦笑を漏らしていた。
「……っあー……んで、いつものように馴染みの酒場で酒を飲んでたら、店主からアルが店に来たって教えてくれてよォ…兵や騎士には言ってねェから、お前らで捕まえたらいいと話を持ちかけられて、アルが次に訪れるのを待ったんだ。」
「え? なんで兵や騎士に伝えなかったの…?」
皆で協力した方が容易に捕らえられるのでは、と私は思ったけれど……そんな事したら俺等に金が入らねェじゃねーか。と呆れたような口調で返された。
そして続きの話を黙って聞いていると、酒場に訪れたアルを捕まえようとしたけれど、結局捕まえるどころかバルバールは手に傷を負わされた。兵や騎士には酒場にアルが訪れたことは知らせていなく、アルの訪れを隠していたと兵や騎士に知られれば、罪に問われかねないそうだ。私たちは他国の者だからバルバールは正直に話してくれたのかもしれない。
それ以降、酒場にアルが来ることは無かった。
「バルバールは…今もアルの行方を捜しているの?」
話が一区切りついた所で私は質問をした。
フィーユと剣を交えていたから、今は剣を振るうことに問題はないようだし、アルに対して怒りを露わにしていたから…と私は思ったのだけど…
「俺は賞金を諦めてる。あの場にいた他の連中もそうだろうなァ。」と、アッサリした答えが返ってきた。
疑問に思った私は、どうしてなの? と再び質問をする。
「俺等は店主に、アルの力試しに利用されただけだ。アルは依頼を受けたようだから、今頃は誰かの下に付いてるんじゃねェか?」
っんなもんと関わりたくねェよ。と答えられて、私は驚きに目を見開く。イアンがすかさず「アルは何の依頼を…誰の下に付いてるんだ!?」と声を上げたが、バルバールから返ってきたのは、知らねェ。と、一言だけだった。酒場の店主が何故…利用された事に対しても、店主に怒りをぶつけなかったのかと立て続きに私は質問した。
バルバールは、ため息を吐きながらも素直に答えてくれる。
話を聞くところによると、店主は仲立ち人のような役目をしていて、傭兵は直接商人から依頼を受けることもあれば、店主を通して依頼を受けることもある。だから店主に突っかかるような事をすれば、依頼が回ってこなくなると危惧して、誰も不満を口にする者はいないそうだ。
……酒場の店主、かぁ……。
その店主を問い詰めれば、もしかしたらアルに辿り着けるかもしれない。イアンはバルバールから話を聞いている間ずっと難しい顔をしていたし、きっとイアンも私と同じように考えているだろう。
「ルミナスさーん! そっちに食事、持ってきますかー?」
私たちが動かないから、マナが湖の向こう側から声をかけてくれた。どうやら食事の支度が終わって、皆が席に着いているようだ。
「今から、そっちに行くねー!」
魔法は使わずに、私は声を上げて答えた。
はーい! とマナから返事が返ってきて、私は立ち上がると2人に向こうに行って食事をしようと話しかける。テーブルと椅子を元の土に還すと、スタスタと歩き出したバルバールに、私は声をかけて引き止めた。
「……まだ、なんか…」
私とイアンからの質問攻めを喰らってウンザリしたような様子のバルバールに、私は首を横に振ってニコリと微笑みかけた。
「話してくれて…ありがとう。」
バルバールは虚をつかれたような顔をして、言葉が出ないようだ。
私はバルバールに向かって手をかざし、洗浄魔法で全身を綺麗にしてあげる。ボサボサだった髪には艶がでて、胸当ては磨かれた後のように陽の光を反射し、薄汚れた服や手に巻いてる包帯も全て見違えるように綺麗になった。
手を伸ばすと、バルバールは身じろぎしたけれど…構わずに胸当てに触れた私は、魔法を行使する。胸当てをよく見ると細かい傷がいくつもあり、それが全て塞がるようにイメージした。
「…貴方の仕事に口出しする事は、しないわ。」
けれど…と私は言葉を紡ぐ。
「自分の身体を…大事にしてね。貴方が傷を負うと、悲しむ人がいるのだから…」
呆然としていたバルバールは、グッと口を結んで何かに耐えるように顔を歪める。
「――――っ……そんな、奴……いねェよッ!!」
バルバールは自らの髪をくしゃりと掴み、手を振り下ろしながら振り向いて私に背を向けると、大股で歩きながらあっという間に背中が小さくなっていった。
私はその背中を見つめながら、少なくとも1人は悲しむと思い当たる人物の顔が頭を過ぎる。
タクト……
それに、孤児院にはタクト以外にもバルバールを兄と呼ぶ子供達がいるのだ。その子たちも…悲しむだろう。
立ち止まっていたイアンの隣に歩み寄った私は、共にマナ達のいる方に向かって足を進めた。
次話 別視点になります。




