ルミナスは、目を剥く
「あっ! バルバール兄ちゃん、人参を残したらダメっすよ〜。」
食事を終えて食器を下げていたタクトが、バルバールの前に置かれた皿の中を、上から覗くようにして見てる。舌打ちしたバルバールは、眉間に皺を寄せて人参を掬ったスプーンを口に運んだ。
「…人参が嫌いなんて…まるで子供みたい。」
フィーユが横目で見ながら馬鹿にしたような口調で話して、ゴクリと飲み込むようにして食べ終えたバルバールが「ア〝ァ !? ッ誰が、ガキだってェ!?」とドスの利いた声を出してフィーユを睨んだ。
……私も内心、子どもみたいって思ったけど……
私が2人をジーっと見ていたからか、ハッとしたような顔をしたフィーユとバルバールは、互いに視線を逸らして、何事もなかったように振る舞っている。
「ルミナスさーん、全部まとめましたよ〜。」
「……え? 洗わないんっすか?」
キッチンの上に積み重ねられた皿と、その横にはスプーンがまとめて置いてある。タクトがキョトンとした顔をしているけど、私は手をかざして洗浄魔法で一気に食器類を綺麗にした。
タクトは私が魔法を使う度に、凄いっす! ルミナス様、凄いっす! と何度も褒めてくれて、尊敬するような眼差しを向けてくるから…少し照れくさい。
マナとタクトが自分たちの食器を木箱に片付けに行く姿を見た私は、馬車の奥に並んで作った小屋に視線を向ける。
食事の途中で、気絶していた2人が目を覚ましたから私はすぐに謝ったけど、もの凄く恐縮された。
2人とも顔色は良く、意識もハッキリしてたから癒しの魔法をかけてないけど、念のために早めに休んだ方が良いと思ってスープを渡して、小屋の中で休んでもらっている。皆も休めるようにアジールさん達の分も合わせて、小屋は4つ作った。
「ルミナス、わたしは先に休んでいる。」
「はい、おやすみなさい。」
リヒト様が席を立ち、小屋に向かって歩いていく。
アジールさんが口元に人差し指を当てて、ん〜…と声を漏らし、リヒト様の姿を目で追って残念そうにしていた。
「ねぇ、バルバール…」
突然声をかけたせいか「――ッ―ゔぇ!? あ、ハイッ!!」バルバールが手に持っていたカップを落としそうになって、慌てて両手で掴んでいるのが視界に入るけど、私は構わずに言葉を続ける。
「タクトと貴方って兄弟なの?」
バルバールは見た目、二十代半ば〜三十手前だろう。タクトとバルバールは容姿が全然似てないし、兄弟なのか疑問に思っていた。眉をしかめたバルバールがジト目でニコニコ顔のタクトを見て、気だるげそうに口を開く。
「俺たちは、兄弟じゃねェ…同じ孤児院出身で、コイツだけじゃなく、下の奴らが勝手に俺を兄って呼んでるだけだ。」
私と目線を合わさないまま答えたバルバールに、フィーユが厳しい眼差しを向けて「ルミナス様に対して、その言葉遣いは失礼よ。」と鋭い声で話した。
ゔっ…と喉を詰まらせたような声を出したバルバールが、伺うような視線を私に向けてくる。
「別に構わないわ。」と私が返すと、バルバールは目を見開いて「え…いいのか…?」と、私の言葉が信じられないといった口調で話した。
「 席に着く前に言葉遣いは気にしないって、わたくしが言ったのよ。一度口にしたことを、取り消すようなことはしないわ。」
そう告げると、バルバールは呆気に取られた顔をして、プイッと顔を横に逸らした。
「ルミナス様っ! バルバール兄ちゃんは態度も悪いし、女遊びが酷くて呑んだくれで、金への執着が凄いっすけど…根は優し」
タクトの言葉は、バルバールがゴンッ!と頭を叩いたことで途切れてしまう。
傭兵の仕事が、いくらお金を貰えるか知らないけど…鎧は胸当てだけで所々に傷があり、年季が入ってそうだ。お金の使い道に口を出す気は無いけど、給料を女遊びと酒に使うよりも、他に回せば良いのにと思ってしまう。
うぅ…痛いっす…とタクトが頭を押さえながら唸るような声を出して、バルバールは眉を釣り上げて舌打ちしてる。フィーユは侮蔑するような目でバルバールを見てるし「女遊び…? 最低のクズだな。」とイアンの呟く声が私の耳に入ってきた。
横に顔を向けると、イアンとマナの2人は冷めた目でバルバールを見ている。
「ウフフ…タクトは正直すぎるわね。」
アジールさんが頰に手を当てながら、困った子を見るような視線をタクトに向けて、う〜…とタクトが頭から手を離して再び口を開く。
「…バルバール兄ちゃんと会うのは久々っすけど…ずっと苛々してるみたいっすし…フィーユさんに突っかかったのだって、普段なら絶対しないっす。何かあった」
「―――――――ッるせェ!!」
バルバールが怒鳴り声を上げながら、バンッ!! と勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。
「ご、ごめんっす……」
肩を落としたタクトが俯いて、バルバールは面倒くさそうにしながらガシガシと頭を掻くと、何も言わずにそのまま小屋の方に歩いていってしまった。
……タクトが兄と呼んで慕っている人が、どんな人かと思ったら…
私に対する口調や態度は別にどうでも良いけど、タクトに対してあの態度は酷いと思う。
シン…とこの場が静まり返っていると「皆さんもう休みましょ〜」とマナが笑顔で声をかけてくれて、各々が席を立ち、小屋で休むことになった。
小屋の前まで来ると私は上空に手をかざして、ずっと浮かせていた火の玉を全て消し、無風状態だったのを解く。
「…綺麗…」
空を見上げた私の呟きは、光源が1つもない暗闇に消えた。雲がないから星がよく見えてとても綺麗で、あれだけ強かった風も、今は穏やかなものに変わっている。
「ルミナスさん、どうかしましたか?」
ボーっとしていた私に、マナが小屋の扉を開けながら声をかけてきた。なんでもないよ…と私は答えて、マナと一緒に小屋の中に入ると、眠りにつく。
…………………
……………
…………
何かが頰に当たり、くすぐったくなって身じろぎすると、肩を優しく揺らされてることに気づいた私は、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
「――――っ―――?」
薄暗い中リヒト様の顔が目の前にあって、思わず悲鳴を上げそうになったのを、口に手を当てて防いだ。
頰に当たっていたのはリヒト様の髪の一部で、私が目を覚ましたのを確認したリヒト様が、ゆっくりと前屈みになっていた体を起こして顔が離れていく。
………び、びっくりした……
上半身を起こして隣に顔を向けると、マナはまだ寝息を立てて寝ているようだった。きっとリヒト様は影の中を通って私の側に来たのだろう。
驚いて一気に目が覚めた私はリヒトに視線を向けて「どうしたんですか?」 と声を潜めて尋ねると、リヒト様は口を閉じたまま扉を指差した。
……外……?
リヒト様は私の影の中に入っていき、よく分からないまま扉に歩み寄った私は、マナを起こさないように慎重に扉を開ける。外はまだ日が昇る前のようで薄暗く、ぼんやりと周りが見える程度だ。
「――――ッ――せ! 俺は―――――ェよ!」
低い声が聞こえて、湖の向こう側に人影があるのを、目を凝らしてようやく捉えられた。
声が途切れ途切れに聞こえてきて、バルバールの声? と私は疑問に思いながら外に出る。
声がした方に向かって、ゆっくりと歩いて行くと「正直に話せ!」と、イアンの問い詰めるような声も聞こえてきて、近づいてくと動く人影が2つ見えた。
バルバールとイアンが一緒にいるみたいだ。
「 どうした…の…」
火の玉を1つ頭上に浮かせて2人に向かって声をかけるけど……目の前の光景に私は目を剥く。




