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ルミナスは、息をつく

 

「ワタシはニルジール王国でグレイス商会の副会長を務めております、アジール・キャンベルと申します。ルミナス様とイアン王子のお手を煩わせてしまい…大変申し訳ございませんでした。」


 私が許可を出すと、口を開いたアジールさんが跪いたまま、昨日とは別人のようなキリッとしたバルバールらしい顔つきで名乗った。

 ……やっぱり商人だったんだ。

 これが初対面だったら何も気にならないけど、オネエ言葉の印象が強くて違和感を感じてしまう。


「……昨晩(さくばん)わたくし達は食事を共にしたのよ。口調を改める必要は無いわ。」


 私がそう言って微笑みかけると、アジールさんの弧を描いた唇からは、ウフッと小さく笑みが零れた。


「え……? 昨日っ…?」


 アジールさんの隣に跪いてるタクトが、ポカンとした顔をしてる。アジールさんとフィーユは私の言葉に動揺している様子は無いけど、え? え? まさか…とタクトは俯きながら独り言を呟いて、頭が混乱しているようだった。


「タクトとは今朝も挨拶を交わしたじゃないの。」


 タクトの前でしゃがんだ私は、顔を覗き込むようにして話しかけた。目が合ったタクトは、大きな目を溢れんばかりに見開かせて、ボッと火のついたように顔を真っ赤にすると「―――っ―――えぇーーーーっ!?」 と声を上げながら、後退り…………



「あっ…」



 危ない…私がその言葉を発する前にタクトの体が後ろに傾き、湖の中に吸い込まれるように落ちてザブンッ! と水しぶきが上がる。

 湖から顔を出したタクトがゲホ ゲホッ! と水を飲んだようで()せながら上がってきた。全身びしょ濡れになってツンツンしていた頭がぺったんこになっている。


「イアン…リヒト様とマナをこっちに連れてきてほしいな。」

「分かった…すぐ戻る。」


 イアンは、黒ずんだ木々の間を駆けていった。


 バルバールは体を震わせながら地面に額をつけそうなくらい頭を下げたままで、危険性を感じないし…アジールさんの素性もハッキリした。


「向こう側で倒れている人達の所に、皆で行きましょうか。」


 皆を立つように促して、ズボンが濡れていたアジールさんとタクトの全身を風魔法で乾かす。向こう側に行く前に振り返って地面に手をつけた私は魔法を行使して、燃えた草木は何事もなかったように生い茂った。


 


 …………………




 ……………



 ………




「……この辺りは人が住んでいなかったから惨事にならずに済んだけれど…気づいた時に剣を収めて、皆で協力すれば炎が広がるのを防げたかもしれないのに……。」


 魔法で作った土の椅子に座っている私は、頰に手を当てながら、ため息をつく。

 目の前にはフィーユとバルバールが並んで地面に正座していて、申し訳ございません…。スミマセン…。と肩を落としながら、声を揃えて謝罪の言葉を口にした。


「ルミナスさ〜ん! スープが出来ましたよ!」


「わぁっ! 美味そうっすね!」


 マナとタクトの明るい声が聞こえて、3台並んだ馬車の近くに魔法で作った、土製のキッチンに私は視線を向ける。馬車があったから見えなかったけど、こちら側には道があり、整備された道と繋がっているそうだ。


 せっせとスープを皿によそっている2人の姿を見た私は、思わず笑みが零れる。


 キッチンの近くには魔法で作った木製の大きなテーブルと背もたれ付きの椅子がいくつもあり、リヒト様とイアン、アジールさんが座っている。

 アジールさんがリヒト様をチラ見して、目が合うとキャ〜と語尾にハートマークが付いたような声を出した。頰を赤らめてるのが気になるけど……


 リヒト様の容姿が、どストライクみたいだ。



「ほら、2人とも握手して和解なさい。今後は(いさか)いのないようにね。」


 ニコリと私が微笑むと、フィーユとバルバールは気まずそうに顔を見合わせる。


「その…(けな)して、悪かったなァ…。」

「…私も、言い過ぎました。」


 お互いに謝罪し合って握手を交わし、2人はゆっくりと立ち上がった。

 私め立ち上がって座っていた椅子を元の土に還すと、イアン達の側まで歩み寄る。歩いてる途中で馬車の影で横になっている、2人のバルバール性が視界に入った。


 ……私の魔法で気絶させちゃったし、目が覚めたら謝っておこう……。


 地面に倒れていた2人は勢いよく水を被って全身びしょ濡れだった為に、乾かして寝かせておいた。

 ぽっちゃりした青年の方が商人で、少年は傭兵だと聞いている。イアンがリヒト様達を連れて馬車で来た後、全員から話を聞く必要は無いと思って、私は剣を抜いていたバルバールとフィーユから事の成り行きを聞いた。


 フィーユとバルバールは傭兵で、この場に居合わせた時に言い争いになり、剣で手合わせする事になった。焚き火の炎が木に燃え移って、勢いの増してく炎は手の施しようが無かったそうだ。

 近くに人が住んでいれば急いで知らせに行くけど、この辺りは人が住んでいなく、自然に消えるのを待つしかない。きっと桶や木箱を使って水を汲んでも、消しきれなかっただろう。

 幸い道がある方は炎や煙がくることなく、青年と少年は馬車の近くで待機していて、アジールさんとタクトは風向きが変わって火がこちらにくることを警戒しながら、湖を通り早くこっちに…!と2人に呼びかけていたそうだ。


 そんな状況でも2人は剣を収めずに、互いに引こうとしないままでいると…私とイアンが姿を見せた。


 ……やれやれだね。


 どんな言い争いをしたか聞かなかったけれど、フィーユは女だし、きっとバルバールの方がフィーユを馬鹿にして実力を示すことになったのだろう。グラウス王国ではサリシア王女が隊長をしてるし、女性が剣を振るうことは普通だけれど、他国で女性騎士や兵士を見たことも聞いたこともないから、一般的ではないのかもしれない。

 


 私はイアンの隣の席に腰を下ろす。


 木々に囲まれた湖は波打つことなく、上空には私が生み出した火の玉を残してあるから十分な明かりとなっていて、無風状態のままにしているために、とても静かだった。


「ど、ど、どう、どうぞ…っす!」


 グレイス商会の商人見習いをしているタクトが(ども)りながら、カタカタと手を震わせて皿を運んでくる。木製の皿に入ってるスープが今にも溢れそうなほど揺れながら、私の前に慎重に置かれた。


 無事にテーブルの上に載ったことに、見守っていた私もタクトと一緒にフゥ…と息を吐く。


 アジールさんが名乗ったから、移動する前にフィーユとタクトもそれぞれ私に名乗ってくれていた。

 タクトが一生懸命言葉遣いを気をつけようとしてくれたけど、アジールさんと同じように無理して改まる必要は無いと話してある。


「ありがとう、タクト。…そんなに緊張しないでも大丈夫よ。貴方もマナと一緒に調理をしたの? 食べるのが楽しみだわ。」


 私が微笑みかけると、タクトが胸を押さえながら地面に跪いて「お、お口に合えば光栄っす…!」と、青色の瞳を輝かせて、感極まったような声をあげた。


「タクトは材料を切っただけですよ〜」


 マナが軽い口調で、両手に載せて運んできた皿を次々にテーブルの上に置いていく。


 ……私からしたら、切れるだけでも十分凄いと思うけどね。


「お手伝いするっす!」


 タクトとマナが2人でテーブルの上に皿とスプーン、カップを運んでいく様子を見ながら、私はホッと息をついた。


 ……フィーユ達が襲われてると思ったけど、そうじゃなくて良かった……


 あれ?


 フィーユとバルバールの姿が見当たらないと思って、立ち上がった私は周りを見回す。まさか、また……

 そう心配したのは杞憂だったようで、2人の姿はすぐに見つかった。


「…2人も椅子に座って。」


 私が座る椅子の後ろで並んで再び正座している姿を見つけた私が話しかけると、フィーユが口を開く。


「私は昨日ルミナス様方に失礼な態度をとっただけでなく、今回自分勝手な行動でルミナス様方に迷惑をかけてしまいました。如何なる処罰も甘んじて受ける所存でございます。」


「……………。」


 フィーユは覚悟を決めたような表情をしていて、バルバールは口を固く結んで黙っている。


 まるで死刑を待つ罪人みたいだ。


 ……昨日のこと…ああ、マナの質問に答えずに素っ気ない態度を取って席を立ったからかな? 全然気にしてないし、今回のだって別に故意に火をつけたわけでも、誰かを傷つけたわけでもないし…


 先ほど2人が仲直りして、私の中では全て丸く収まったように思えたけれど…そうはいかないようだ。



「わたくしが貴方達に処罰を与えることは、ありません。罪の意識を感じるなら、それは貴方達の胸の中にしまっておきなさい。」


 ほら、座って。と2人を促すと、フィーユは頭を深々と下げてアジールさんの隣の席へと移動し……



 ん?



「どこに行くのかしら?」


 バルバールが椅子に座ろうとしなく、私たちがいる反対方向に向かって歩き出したために問いかける。

 立ち止まったバルバールは振り向いて頭を掻きながら「……俺は、口が悪りィし…傭兵の俺が一緒に食事をするのは……」とボソボソと話した。

細い眉の眉尻が下がり、つり目なグレーの瞳が所在なさげに視線を彷徨わせている。



 深く息を吐いた私は、バルバールを見据えると口を開く。



「貴方の席もちゃんとあるし、言葉遣いは気にしないから、さっさと座りなさいっ! せっかくのスープが冷めちゃうでしょ!!」



 つい素で喋っちゃったけど、バルバールはビシッと背筋を伸ばし「ハッ…ハイ!」と上擦った声で返事をして、そそくさとフィーユの隣に移動した。

 全員が席に座ったのを見た私はニッコリと微笑み、いつもより少し遅めになった食事をし始める。


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