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声を潜める者達

 

 日が昇り始める少し前、薄暗いなかで火の後始末をしていたフィーユの元に、幌馬車の車内から出てきたアジールが歩み寄る。


「おはよう、フィーユ。」


 小声で挨拶したアジールは、焚き火を囲うようにして置いたままの木箱に腰を下ろした。

 おはようございます…と、フィーユも小声で挨拶を返す。徐々に他の場所で野宿している者達も動き出す姿があるが、まだ休んでいる者達のことを考慮したフィーユとアジールは、声を潜めて会話をする。


「タクトを起こしますか?」


 フィーユの問いかけに、日が昇ってからで良いわ。と答えたアジールは、木によしかかって眠っているタクトに視線を向けながら、ウフっと小さく笑う。

 フィーユは木箱の中から取り出した木製のカップにワインを注いで、アジールに差し出した。

 お礼を言って受け取ったアジールが、寝起きで乾いた喉を潤していると「あの…」控えめに声をかけられる。「な〜に?」アジールはフィーユに視線を向けて、にっこりと優しげな笑みを浮かべた。


「アジールさん…リグレットさんが戻ってくるのを待たずに出立して、本当に良かったのですか?」


 少し不安げな表情を見せるフィーユに対して、アジールは人差し指を口元に当てながら、ん〜…と悩むような声を漏らす。


「リグレットには宿にいるように言われたけど…イアン王子方よりも先に王都に着きたいもの。」


 それにしても…とアジールは言葉を続けながら、チラリと幌馬車に視線を向ける。


「まさか護衛の1人も付けていないとは思わなかったわ。」

「 !! やはり…っ…あの方々は……」


 アジールの言葉に目を見開かせたフィーユは、声を大きくしないように、咄嗟に口を両手で覆った。


「んまぁ〜…フィーユも気づいてたなら、あんな態度取ったらダメじゃないの〜…。」


 ヒソヒソと話すアジールに、フィーユは伏し目がちになりながら「確証はありませんでしたので…けれど、ワインを口にして…まさか…とは、思ったのですが…」と、歯切れの悪い言葉を返した。


 庶民が口にするワインは、味が薄いものや安く手に入る品質の悪いワインで、酸っぱ味があったり酷いものだと苦味を感じる。

 けれどルミナス達がアジール達に分けたワインは品質の高いもので、アジールは今まで数回だけ口にした事があった。ニルジール王国内で確かに人気のある品だったが、高値なために王族や貴族などの富裕層のみでの話である。


「…男1人と女2人…市内で見かけた時はイアン王子とルミナス様の姿しか確認はしていないけれど、聞いていた人数とも一致するし、ほぼ間違いないとワタシは思っているわ。」


 アジールの言葉に、フィーユは軽く相槌を打つ。

 昨夜焚き火を囲んでいた時、アジールはルミナス達だと気づいても、知らないふりをして普通に接することにした。食事を共にするだけの関係で素性を詮索することも、この場で騒ぎ立てることも、相手に不快な思いをさせてしまうかもしれないと考えた故であった。


『ルミナス様とイアン王子を見かけ次第、すぐに知らせるように 』


 服飾を扱う商会の副会長を務めているアジールは、品物を届けに王都を発つ前に、そう指示を受けていた。


 ……ルミナス様が白き乙女で間違いないわね。やっぱり、自分の目で確かめるのが一番だわ。


 ニルジール王国内では、ルミナスに関する様々な噂が飛び交っており、それらはアジールの耳にも入っていた。髪色が黒から白に変わっている話や、不思議な出来事を目にした話を(にわ)かには信じられなかったアジールは、マドリアーヌ伯爵にもルミナスの容姿を尋ねていたのである。


 アジールは伯爵に品物を渡した後、フィーユとタクト、そしてもう1人…この場にはいないリグレットと共に市内の広場に面した宿で滞在していた。


 イアンとルミナスがお忍びで行動しているか、それとも豪華な箱馬車に乗り護衛を引き連れて行動しているか……情報が少なく、都市に寄る確証もない。

 いつ来るかも分からないルミナス達の訪れを、アジール達は待つことにした。すると、広場に続々と大量の花が運ばれ、花びらをちぎる作業を市民達がしている姿に目を剥く。


『 エクレア様のご友人が来るそうだよ。それがルミナス様で、婚約者のイアン王子も一緒だそうだ。』


 市民の1人から事情を聞いたアジール達は、ひたすら宿で待ち続けた。花びらをどう扱うかも聞いたため、ルミナス達が来ればすぐに市内が騒がしくなるのは察しがついたからだ。アジールは市民から話を聞いた後、すぐにリグレットに指示を出して王都に先に知らせるために馬で駆けさせた。


 ……着飾ったら、更に美しさが増すでしょうねぇ……


 アジールはワインをゆっくりと飲み、市民達の歓迎を受けながら馬車を進めていた、ルミナスの姿を思い出す。

 女の心をもつアジールは、自分では似合わないドレスや装飾品を女性に見立てるのが好きであり、頭の中ではルミナスに似合うドレスのイメージを膨らませていた。


「タクトは何も気づいていないようです。」


 火の後始末を終えて一息ついたフィーユが、木箱に腰を下ろして話しかけた。


「…そうねぇ…タクトには話さない方がいいわ。」


 騒ぎそうだもの。と言ってアジールは、フッと笑みを零す。


「しかし、本当にイアン王子とルミナス様なら…王都まで共に行動した方が良いのでは? 道案内を…」


「ワタシ達が独断で決めて良いことじゃないわ。」


 フィーユの言葉を、アジールは鋭い声で遮る。

 グッと固く口を結んだフィーユは、ゆっくりと口を開くと、すみません…と眉尻を下げながら謝罪した。


「…フードを外さなかったのは、身分を隠して旅をしたいのかもしれないわ。向こうから道案内や護衛を頼まれたなら、もちろん承諾はするけれど…ワタシ達の好意が相手の負担になることもあるのよ。」


 日が昇り始めて明るくなってきた空を見上げたアジールは、立ち上がると軽くフィーユの肩を叩いて再び口を開く。


「ワタシがタクトを起こしてくるわね。王都までは馬車の行き来も多いし、兵士の見回りを増やしていると聞いてるわ。襲ってくる輩はいないでしょうけど…もしもの時は任せたわよ。」


 アジールは濃いまつ毛を、パチリと上下に動かす。


 任せられることの嬉しさで、胸の奥でジワリと温かいものが広がるフィーユは、若葉色の瞳を真っ直ぐアジールに向けると腰に下げた剣の柄を掴んだ。


「女の身で剣を持つ私を雇ってくださる…アジールさんには感謝しています。」


 ありがとうございます…そう言って頭を下げたフィーユに対して「ワタシはフィーユの腕を見込んで雇ってるのよ。他の連中は目が曇ってるのね。」頰に手を当てながらアリージアはクスッと笑うと、タクトに向かって軽い足取りで歩き出した。














 タクトの上擦った叫び声が辺りに響く。





「―――アジール、さんっ!! その起こし方……っ…まじで勘弁してほしいっす!」


 アジールに勢いよく抱きつかれて目覚めのキスを頰に受けたタクトは、すかさず木の陰に隠れて顔を出していた。何度もアジールにされたことがあるタクトが、慣れることは決してない。これが女性相手だったら喜んで受けているだろう。


 ウフフフ…とアジールはタクトの反応を見て、楽しそうに笑う。



 フィーユは2人を見ながら…小さく笑みを浮かべていた。

次話 ルミナス視点になります。

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