ルミナスは、手こずる
「オレは、ここに座るっす!」
タクトが自分の場所を確保するようにして、アジールさんの近くの地面に胡座をかいて座ったため、私たちは木箱の上に腰を下ろした。イアンが私とマナに、白パンや干し肉を皿に載せて手渡してくれて、食べ始めたけど……
……ぐぬぬぬっ…!
私は干し肉が噛み切れなくて、手こずっていた。
いつもはマナがナイフで切ってスープに入れてる干し肉を、そのまま食べるのは初めてだ。
これほど干し肉が硬いと思ってなかった。
チラ見すると、マナやイアンは普通にモグモグ食べている。アジールさん達も干し肉を口にしてるみたいだけど、問題なく食べ進めているようだ。
……噛む力が弱いのかな……。
携帯電話ほどのサイズの干し肉を、両手で持ちながらギリギリと歯に力を入れる。
……ダメだ。
私が軽く溜息を吐きながら途方に暮れていると、イアンが左手を伸ばしてきた。持っていた干し肉を手渡すと、ナイフで細かく切って皿に載せてくれる。
「あらぁ〜。さりげなく気遣いが出来る人って、素敵ねぇ〜…。」
アジールさんが口に両手を当てながら、ウフフフと笑っている。どこか獲物を見るような視線をイアンに向けているのは、私の気のせいだろうか。
イアンは口を固く結んで、体を強張らせていた。
細切りにしてくれた干し肉をよく噛んで食べると、香辛料でしっかりと味付けしてあり、スープにして食べる時とは違った味わいがあった。
「あっ…! 良かったら、私たちのワインを飲んでください。」
マナお願い。と言って私はイアンの側に置いてあったワインボトルをマナに手渡す。私がちまちまと干し肉を食べている間に周りは食事を終えていて、女性が木箱からカップを取り出したのを見た私は、声をかけてくれたお礼をしたいと思った。
「……貴重な飲み物を分けて良いのですか?」
女性が私を見つめてきて「大丈夫ですよ。」と答えた私は、ニコリと微笑む。
お父様達の所で貰ったワインもまだ残っているし、魔法で水を出せば良いから飲み物の心配は特にしていない。
「嬉しいわぁ〜。一杯ご馳走になりましょう。」
アジールさんが弾んだ声を出して、女性からカップを受け取った。マナが私の後ろを通って女性の方から順番にカップにワインを注いでいく。
「これは…マドリアーヌ産のワイン……」
ワインを口にした女性が、手に持つカップを揺らしながら独り言のように呟いた。
……まるでソムリエみたい。
ワインボトルにはラベルが貼られていないから、どこの産地か当てた女性に私は目を丸くした。
「凄いですね! なんで分かったんですか?」
マナがアジールさんの手に持つカップにワインを注ごうとした手を止めて、感心するような声をあげた。
女性はマナにチラリと視線を向けると「……これくらい、分かって当然です。」素っ気なく返した。
「んもぉ〜。フィーユちゃんてば無愛想なんだからぁ…。そんなんじゃ、いつまで経っても恋人が出来ないわよぉ〜。」
「…すみません…。けれど私には恋人など不要です。作り笑いを振り撒いて、男に媚びを売るような女にはなりたくないですし…」
眉をしかめる女性…フィーユはカップに入ってる残りを一気に飲み干して立ち上がる。
「……先に休みます。タクト、貴方が先に火の番をしてて。」
淡々と言い放ったフィーユは、川の方に歩いて行ってしまった。手にカップを持ったままだったから、きっと川で洗ってから休むのだろう。
「ごめんなさいねぇ〜。決して悪い子じゃないのよ。」
アジールさんがマナに顔を向けて、頰に手を当てながら話すと「大丈夫ですよー。」マナは笑顔で返して、アジールさんのカップにワインを注ぐ。
「マドリアーヌ領は、濃い緑色のワインボトルを使っているのよ。味や香りが濃厚でニルジール王国内でも人気の品よ。」
アジールさんがワインを口にした後に、先ほどのマナの質問に答えてくれた。
「そうだったんですか!」
マナが明るい声で返して、手に持っているワインボトルを顔に近づけて見ている。
会話を聞いていたタクトは知らなかったようで、へぇー…と声を漏らしていた。
今まで喉を潤すために飲んでいたワインの味に、違いがあるのは流石に気づいていたけど…ボトルの色には目を向けていなかった。私はワインに詳しくないし、産地を気にしたことも無いから、フィーユやアジールさんが素直に凄いと思う。
……『分かって当然』…そうなのかなぁ…?
先ほどのフィーユの言い方に、私は疑問を抱いた。
タクトはニルジール王国出身って言ってたし、アジールさんは帽子を被ってはいないけど、ダイス会長と同じ緑色のベストを着てる。……もしかして商人?
フィーユは剣を下げてるから護衛だろうか。アジールさんが商人なら、どんな品を扱っているか少し興味が湧いた。
「……マドリアーヌ領…それなら、昨日のルミナス様とイアン王子を都市内で見たっすか?」
オレは2人をバッチリこの目で見たっすよー! と鼻息を荒くして自慢げに喋り出したタクトに、私は急に自分の名が出たことに動揺して、掴んでいた干し肉をポロリと皿の上に落とす。
「花びら凄かったよねー!」
マナがタクトの側に移動しながら返した。
マナの頭の中には花びらが降っていた光景が、強く印象に残っているのだろう。
「あっ! どもっす…」
タクトは地面に置いてたカップを慌てて手に持ち、マナにワインを注いでもらいながら口を開く。
「花よりも…ルミナス様の方にオレは見惚れちゃいました! オレと目があった時に…笑って手を振ってくれたっすよ!」
タクトが興奮気味に声を上げて、にんまり笑った。
私は俯いてタクトを目にしたか思い出そうとするけど……全く覚えがない。
あの時は大勢の人がいたし…目があったのも手を振ったのも、偶然のような気がするけど、タクトはそう思っていないようだ。
「タクトったら宿でも同じこと言ってたけど…きっと勘違いよ。カ・ン・チ・ガ・イ。」
人差し指を立てて左右に振りながら話したアジールさんに対して、タクトはむー…っと子供のように、ふくれっ面になっていた。
ようやく私が干し肉を完食し終えると、木箱の上に座ったマナが、私の分もワインを注いでくれる。
パチっと焚き火から音がする炎を、ぼんやりと見つめながらワインを私は口にした。
「さてと…ワタシも、そろそろ休むわね〜。」
ワインご馳走さまっ。と言って微笑んだアジールさんが、立ち上がって幌馬車の方に歩き出した。
私たちの横を通り過ぎる時に、投げキッスをしてたけど……イアン狙いかな。
悪寒がする。とイアンの呟く声が耳に入ってきた。
「おやすみなさいっす。」
「おやすみなさい。火の番頑張ってね。」
ニカッと笑みを浮かべるタクトに向けて軽く手を振った私は、皿やカップを片付けて木箱を持ったイアンとマナと一緒に、焚き火の側から離れて幌馬車に向かって歩き出す。
月明かりの下で辺りを見回した私の目には、火の明かりが未だにちらほら残っているのが見えた。私たちのように談笑していたような声は鳴りを潜め、虫の音や葉擦れの音がする。
「……リヒト様、食事はどうしますか?」
幌馬車の車内に入って前後のカーテンを閉めると、私たちはフードを外して、影に向かって小声で話しかけた。「もう食べたから大丈夫だ。」
影から出てきたリヒト様が、軽く私の頭を撫でながら答えた。いつのまにか食事を済ましていたようだ。車内には袋に入ったパンがあったから、私の影から車内に移動して食べていたのかもしれない。
4人揃った車内で「全身綺麗にするね。」と私は声をかけて、自分も合わせて皆の全身を洗浄魔法で綺麗にする。
「ルミナス、寝る時はどうする?」
イアンが車内を見回しながら質問してきた。
「少しキツイけど…皆で車内に寝れそうだよ。」
私が笑顔で提案すると、イアンとマナに微妙な顔をされる。
「念の為に、わたしは馬車の影に入って周りを警戒しておく。……イアン、お前は影の中で眠ると良い。日が昇ったら影から出すから安心しろ。」
暗いからよく眠れるぞ。と言って私の影に再び入ったリヒト様は、……は?と声を漏らしたイアンを、あっという間に影の中へ引きずりこんでいった。
私とマナは顔を見合わせと小さく笑うと、車内に横になって大きめの布を体にかける。
「おやすみなさい、ルミナスさん。」
「おやすみ、マナ…。」
私たちは明日に備えて、瞼を閉じた。
次話 別視点になります。




