ルミナスは国王に挨拶し、経緯を話す
ライラと食堂で別れて、サリシア、イアン、ルミナスの3人は国王の執務室へと向かっていた。
…そういえば私、イアン王子にもサリシア王女にもフルネームで名乗ってないよね。国王陛下にも教えない方が…いや、やっぱりちゃんと自己紹介するべき……でも…どこまで自分のことを話せばいいんだろう…。
ルミナスは歩きながらも考えを巡らせていた。ルミナスが何か考え事をしているのが分かったのか、サリシアもイアンも口を閉じたまま歩く。
――そして執務室の扉の前に着いた。
ルミナスが俯いているのを見て、サリシアが声をかける。
「緊張しなくても大丈夫だ、ルミナス。」
「そ、そうだ!父上は怒ると凄く怖いけど、普段は優しいから大丈夫だ!」
「え…あ、はい!」
ルミナスはサリシアとイアンの声を聞き、自分が俯いていたことに気づく。
ルミナスは深く深呼吸をして、正面の扉へと顔を向けた。その表情は何かを決心したように感じられた。
その様子にサリシアは薄く笑みを浮かべ、扉をノックする。イアンもルミナスの様子を見て、安堵の表情を浮かべていた。
「父上、参りました。」
「サリシアか、入っていいぞ。」
中から声がし、サリシアが扉を開けて三人は中に入る。
「父上、兵の者から報告が上がっていると思いますが、こちらがライラを助ける為に尽力してくれた、ルミナスです。」
サリシアが国王にルミナスを紹介する。
その紹介にルミナスは足を一歩前へと進み出た。
「お初にお目にかかります。わたくしはサンカレアス王国、ダリウス・シルベリア侯爵の娘、ルミナス・シルベリアと申します。」
ルミナスは背筋を伸ばしたまま両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろに引き、もう片方は膝を軽く曲げ、所謂カーテシーと呼ばれる挨拶の仕方をする。
前世ではした事は無いが、ルミナスとして当たり前に今までしてきたのだ。体がそれを覚えていた。
「兵の者達から貴族の身なりをしていたと聞いていたが、サンカレアス出身であったか…。私はこの国の王、レオドル・フェイ・グラウスだ。」
グラウス王国の国王
レオドル・フェイ・グラウス王
金色の髪は癖っ毛で肩まであり、瞳の色も金色で獅子の獣人だ。穏やかな笑顔を浮かべながらルミナスを見つめるレオドル王は、仕事をしていた為か机には書類の束がのっており、手には一枚書類を持っていた。
お互いの挨拶を終えて、レオドル王は手に持っていた書類を机に置く。
「…君がここに来るまでの経緯を知りたいと思ったのだが…教えてもらえるかな?」
「はい、お話し致します。」
――そしてルミナスはここに来るまでの事を思い出しながら、ゆっくりと語り始めた。
眠らされて牢屋に囚われていたこと。その後気づいたら森の中にいて、彷徨っているうちにライラ王女と出会ったこと。イアン王子に助けてもらいこの国に来た事を…。
卒業パーティーでの事や男爵のことは話さずに、ルミナスはそれ以外の事を全て話した。男爵の名を出してもグラウス王国で男爵を捕まえる事はできないし、クレア嬢にマーカス王子をとられた…などと、ここで言う事を躊躇したためだ。
「気づいたら森の中にいた、とは?誰かに連れてこられた記憶はあるか?」
「それが…わたくしにも分からないのです。馬車で連れてくるにしても、サンカレアス王国からここまでは距離がありますから、移動中に気づくと思うのですが…。」
「そうか…。」
レオドル王はルミナスの話を聞き、顎に手をやり何か思案するような表情を見せている。
ちなみにサリシアとイアンは、レオドル王とルミナスの話をルミナスの後方で口を閉じ聞いていた。
「…話は変わるが、そなたの髪色は変わっているな。毛先だけ白いのは幼少の頃からか?」
「いえ、元々は黒色でした。先程お話した、森で目が覚めた際に白く変わっていることに気がついたのです。」
「……ふむ…。」
なぜ突然髪のことを?そう思ったルミナスだったが、黙って聞かれた事に素直に答える事にしようと思い、聞くのをやめた。
「…んん?そういえばルミナスという名前、どこかで聞いた事があるような…。」
「父上、きっとサンカレアス王国第三王子の婚約者の名前と聞き及んでいたのだと思います。」
「おお!そうだそうだ、ありがとうサリシア!思い出してスッキリしたぞ!名前を聞いていた時から気になっていたのだ!」
――うっ!出来れば思い出してほしくなかったです!
流石に10歳の頃から8年間王子の婚約者でいたんだもんなぁ…他国の王族は知っている事か…。
出来ればマーカス王子の事をあまり聞かれたくはないんだけどなぁ…。
そう思っていたルミナスだったが、それは避けられない事であった。
「これは君の物かな?」
「はい…わたくしのです。」
レオドル王は机の引き出しを開け、中に入れていた装飾品を手に取りルミナスに見せる。それは森の中で、ルミナスがライラを男から引き離す際に、男へと差し出していたネックレスであった。ルミナスはネックレスの存在をすっかり忘れていた為、レオドル王が持ってることに少し驚きながらも返事をする。
「捕らえた男の一人がこれを持っていたんだ。兵が報告に来た時に一緒に持ってきて、私が預かっていたんだが…もしかして婚約者からのプレゼントかな?君が国からいなくなって、とても心配しているだろう。これは君に返しておこう。」
そう言ってレオドル王は手のひらに置いたネックレスを、ルミナスへと差し出す。
――ううっ…!それは聞かれたくなった…!マーカス王子からプレゼントなんてもらった記憶ありません!自分で自分の為に用意したなんて言いづらい!
婚約者に装飾品を贈る。そして贈る相手には宝石の色を自分の瞳の色にすることが多い。あなたは私の物という意味合いがある為だ。ルミナスはマーカス王子から贈られなかった為に自分でマーカス王子の瞳の色を身につけていた。 虚しすぎる。
ルミナスはレオドル王の前まで進み「ありがとうございます。」と言いネックレスを受け取った。
表情は微笑みを作っていたが、内心は焦りまくりである。
「…その…実は囚われる前にマーカス王子からは婚約破棄を申しつけられて…今頃は他の女性とご結婚されたことでしょう。」
…婚約破棄もクレアとの結婚も、私が国にいない今となっては、なんの障害も無いはずだよね。ヒロインと王子様はハッピーエンド…か。
そのうち他国にも伝わる情報なら今言ってしまおう。そう思ったルミナスは、レオドル王へと正直に話す。ネックレスの事には触れずに…だが。なんで自分で?とレオドル王に聞かれたくなかった為だ。婚約者は私に今まで微塵も興味はなく他の女性とラブラブでした、など言いたくはない。
「そうか…言いづらい事を言わせてしまい、済まなかったな。」
「い、いえ!とんでもございません!頭をお上げください!」
レオドル王が軽くではあるが、頭を下げてルミナスに対して詫びの言葉を口にし、ルミナスは驚いて声をあげた。
…一国の王が自分に対して頭を下げるなんて…公の場でないとはいえ、ここにはサリシア王女とイアン王子もいるのに…。
ルミナスの知識として国王が頭を下げるなど絶対にあり得ないという認識だ。後方にいたサリシアとイアンも驚いた表情で見ている。
「さて…それで君は、これからどうしたいかな?すぐに国に帰りたいと望むなら、馬車を用意させて送りとどけよう。もちろん護衛の者は付ける。君は怪我をしているから、数日この国で療養しても構わない。君は私の愛する娘であるライラの為に尽力してくれた。望みはできるだけ叶えたいと思っている。」
「はい。わたくし、は……。」
レオドル王は下げていた頭をあげて、ルミナスをしっかりと見つめながら言う。
ルミナスは、すぐに返事できなかった。
今後の事を全く考えていなかった為である。
…国に帰る…?でも国に帰って、私はどうするの?マーカス王子にはクレア嬢がいる。そもそも私はこれから安全に過ごす事ができるのだろうか。
男爵の件があったルミナスは、国に帰りまた捕まったら…と思っている。父親と兄が暮らす領地に行く事も考えるが、ルミナスは父親と過ごした記憶が少ない。父親は忙しい人で滅多に顔を合わせておらず、その分兄が一緒にいて、甘やかしてくれた記憶があるが、兄が学園を卒業し自分も学園に入ってからは顔を合わせなくなってしまっていた。
…もしかしたら、父親にも兄にも嫌われていたかもしれない……。
ルミナスは疑心暗鬼になっていた。
黙ったままのルミナスを見て、サリシアがレオドル王に声をかける。
「父上、ルミナスは疲れていることでしょう。ひとまず今日は休ませてあげて、また明日話せば良いのでは?」
「そうだな。明日また話すとしよう。ゆっくり休んで今後の事も考えておいてほしい。サリシア、客室に案内してやってくれ。」
「はい、父上。」
「…お気遣いいただき、ありがとうございます。」
決断ができなかったルミナスは、サリシアとレオドル王の言葉にホッと心の中で安堵する。
ルミナスとサリシアはレオドル王へ退室の挨拶をし、部屋を出て行った……
「父上、お話したい事があります。いいですか?」
「ああ、構わない。」
……イアンをその場に残して。




