ルミナスは、抱きしめあう
力強く私の背中に手を回しているイアンの腕の中は、心地よくて安心する。
ずっと…
このままでいたいと思った。
「…日が昇ったね…。」
「そうだな…。」
「支度、しないと…」
そう言いつつも、私はイアンから離れようとはせずに、お互いに無言のまま抱きしめあう。
昨夜は覚悟を決めてイアンの胸に飛び込んだけど、そのままベッドに吸い込まれるように倒れてしまった。ドキドキしながらイアンの胸の中にいたら、寝息が聞こえてきて、少し、いや…かなりショックだったけど…別に焦る必要は無いと思ったし、寝顔を沢山見たり、毛並みの良い耳や尻尾を触って堪能できた。
普段大人びてはいるけど、無防備なイアンは可愛くて…可愛くて、堪らなかった。
「……誰か来た。」
イアンの呟きが耳に入った後に、控えめに扉を叩く音がする。私は名残惜しい気持ちになりながら、イアンの背中からそっと手を離して、目を合わせた私たちは……お互いに照れたような笑みを浮かべた。
扉を開けた先には使用人が1人いて、もう暫くお休みになりますか…支度を整えるお手伝いに参ってもよろしいですか…と、私とイアンが一夜を過ごしたと思っているのか、遠慮がちに尋ねてきた。
「支度は自分達でするから大丈夫よ。」
にっこりと私が微笑むと、使用人は朝食のご用意が出来ましたら、またお声をかけに参ります。と言って下がっていった。
扉を閉めた私は振り向いて室内を見回す。
イアンはベルトを腰に付けていて、窓から外を眺めている。窓を開けたようで、室内に気持ちの良い風が入ってきた。
私から見て右側の壁際にはソファがあり、左側の壁際にはアンティーク調のクローゼットがある。
昨日お風呂に入る時に脱いだワンピースを、使用人が客室のクローゼットに入れると聞いていた私は、クローゼットに歩み寄ると、中からワンピースを手に取った。
「イアン、着替えるね。」
「だ、大丈夫だ! お、俺は…外見てるから!」
私が窓の方に顔を向けて話しかけると、イアンは窓枠に手をついて、動揺したような声を上げた。
こっちを見ないとは思いながらも、着替えをするのが少し恥ずかしくなった私は、魔法で自身の影を伸ばす。自分の周りを囲うように影の壁をつくり、さっさと着替えを済ました。
影を元に戻して、脱いだガウンとシュミーズを畳んでソファの上に置いた私は、洗浄魔法で全身を綺麗にする。俺もしてほしい。と頼まれて、イアンの全身も綺麗にしていると……再び扉を叩く音がして、私たちは部屋を後にした。
朝食は別室に用意されていると聞いて、使用人に案内されながら廊下を歩いていると、エクレアとマナの2人と会った。
「おはようございます! マナはもう食べ終わりましたから、エクレアさんと薔薇園にいますね!」
マナが軽い足取りで、私とイアンの横を通り過ぎる。
「イアン王子、ルミナス様、おはようございます。ごゆっくりお食事を召し上がってください。今リヒト様もお食事をされていますわ。」
エクレアが私たちの前で立ち止まって、穏やかな表情で挨拶すると、「エクレアさ〜ん!」先を歩いていたマナが早く早くと急かすように名を呼んで、エクレアは急ぎ足でマナの後を追いかけていった。
……エクレアは、マナがイアンを好きだったことを知らないよね……。
マナの前では、先ほど部屋でイアンと抱き合ったような雰囲気になった事は、今まで一度もない。
今花に夢中なマナだけど、グラウス王国を出立する前は、イアンへの気持ちが残っているようだった。
……イアンと私が一緒の部屋に泊まったことを、エクレアから聞いてるのかな……。
イアンの事を私は大好きだから、触れ合えることは素直に嬉しいけど、マナの心が傷つかないか不安に思う時がある。
マナは私にとって、前世の記憶が戻ってから初めてできた……
大切な友達だから。
案内された部屋には白いテーブルクロスがかけられた大きなテーブルがあり、いくつもある椅子の1つにリヒト様が座っていた。
リヒト様の正面の席に私は腰を下ろして、イアンがその隣に座る。白パンやフルーツなどが載った皿や、グラスとカップが、私とイアンの前に次々に置かれていった。
食事の手を黙々と進めていると、隣でイアンがグラスに伸ばした手をピタリと止める。
……もしかして、昨夜の事を気にしてるのかな?
私は顔を横に向けて「きっと昨夜は、飲みすぎただけだよ。」と囁くような声で言って、微笑みかける。
「そうだな…これからは気をつける。」とイアンが苦笑しながら返して、グラスを手に取り一口だけ飲んでいた。
「……ルミナス、イアンに無理強いはされなかったか? また部屋に戻るなら、出立を遅らせて愛を育むと良い。」
リヒト様が目を細めて、私を気遣うような口調で話しかけてきた。私とイアンが一緒にいたのを、知っていたような口ぶりに驚いたけど……
絶対、勘違いしてる。
どう返せば良いか言葉が出ないまま、イアンに視線を向けると、イアンは肩をプルプルと震わせていた。
「……全員下がって良いわ。」
私は壁際に立っていた使用人達を下がらせると、何か言いたげにしているイアンに視線を向ける。
「……俺とルミナスは、その…してません、から…。食事を終えたら、出立しますので……」
静かな声で話したイアンに対し、リヒト様は驚きに目を見開かせて「何だと…?」と怪訝そうな声を漏らして、言葉を続ける。
「お前は…本当に男なのか…?」
リヒト様の言葉に追い詰められていくように、イアンが肩を縮こませて、項垂れてしまった。
「リヒト様。私とイアンのことを考えてくれてる気持ちは有り難いのですけど、あまり急かさないで下さい。私たちは…私たちのペースで、ゆっくりと愛を育んでいきます。」
昨夜何があったか詳しい事は説明せずに、私はリヒト様を見つめながらニコリと微笑む。
「そ、そうです! 俺たちは、その…」
隣からイアンの口ごもる声が聞こえた。
「……そうか…すまない。あまりイアンを苛めるのはやめておこう。」
リヒト様は無表情のまま、優雅にワインを飲む。
……イアンの反応が可愛くて、つい苛めたくなる気持ちは分かるけど……
横目で見ると、イアンは少しムッとした表情をし
ながら、カットされてるフルーツをフォークでブスリと刺していた。その様子を見て、私はクスリと笑みを零す。
……イアンの唇…柔らかかったなぁ……
フルーツを食べながら、唇が触れた時の感触を思い出す。前世では二の腕が唇と同じ感触だと何かの本で読んで、自分の腕にキスをしていた虚しい記憶がある。
……ファーストキス……
私はパクパクとフルーツを一気に完食しながら、顔が火照りそうになるのを誤魔化す。
正面に座るリヒト様が、何かあったな…と口には出してないけど、察したような優しい眼差しを私に向けてきて、思わず視線を逸らしてしまった。
「食事もしてお腹も膨れたし…マナを呼んで、マドリアーヌ伯爵達に挨拶した後に出立しよう。」
立ち上がって話しかけると、イアンとリヒト様は2人とも頷いて、私の言葉に同意を示した。
廊下に出た私たちは、城の外に向かって歩き出す。




