ルミナスは、動揺する
「……………。」
「……………。」
お互いに見つめ合ったまま無言で、その静けさが……私にとっては、やけに長く感じた。イアンの猫耳がピクリと動き、金色の目が瞬きを繰り返している。
「イアン…どっ、どうしたっの?」
うっ。動揺して声が裏返ってしまった。
ベッドは室内の中央に横向きに設置されていたから、扉の前に立つイアンの姿がよく見える。
……イアンが来ると思わなかった……。
よく見れば、イアンの手にはグラスが2つとワインボトルを持っている。
……何か話をしにきたのかな?
もしかして、同じように暇を持て余したイアンが、誰かから私が1人で部屋にいることを、聞いて来たのかもしれない。
イアンは足が床にくっ付いたように、その場から微動だにせず、私への返答も無い。
私は胸に手を当てながら軽く息を吐いて、ベッドの端に移動する。先ほど転がって乱れた髪を手ぐしで整えると、ベッドから降りて立ち上がった。
「とりあえず扉を閉めよう?……グラスは、ここのテーブルの上に置こっか。」
「えっ!? あっ……そう、だな……」
首をかしげる私に対し、イアンはビクリと肩を震わせると、ベッドの側にある丸テーブルの上にワインボトルとグラスを置いて、ぎこちない動きで扉を閉めた。私はその間にソファにかけていたガウンを取って羽織り、再びベッドに腰を下ろす。
室内にはソファの前にテーブルが無く、ベッドの端に座って届く距離に置かれた、丸テーブル1つのみだった。
「ほらっ、イアンも座りなよ。」
ポンポンと軽くベッドを叩きながら隣に座るように促すと、イアンは顔を両手で覆いながら項垂れてしまった。
「………俺、ここで今夜は寝るんだけど……」
「そうなんだ。私も………へっ!?」
イアンの言葉の意味が分からず、私は目が点になる。寝る? ここで? …部屋間違えたのかな?
疑問に思いながら、私はテーブルの上を指差して口を開く。
「グラスが2つあるのは、なんで?」
「…マドリアーヌ伯爵に、ここまで案内された時に渡されたんだ。何か話しでもあるのかと思ったら、『ごゆっくりお寛ぎ下さい』とだけ言われて、リヒト様を連れて奥に行ってしまったから……」
イアンが前髪をかき上げて、はぁ…とため息を吐く。顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。
エクレアの言ってた『寂しい』って
まさか
イアンとラブラブして下さいってこと!?
えええええええっ!!
確かにイアンと一緒は嬉しいし、一日中ベタベタしても良いけど…寛ぐどころか、むしろ………
想像を膨らませて一気に顔が熱くなってきた私は目線を下げて、もじもじしていると……
「そういえば…マナは一緒じゃないのか?」
「ま、マナはエクレアの部屋に泊まるって…。私はこの部屋に案内されたから……。」
私は目線を絨毯に固定したまま、イアンの質問に答えた。すると…コルクを抜く音と、トクトクと注ぐ音が耳に入ってきて、私は顔を上げる。
「イアン…注ぎすぎだよ…。」
なみなみと2つのグラスに注がれたワインを見て、クスクスと思わず笑ってしまう。
「ご、ごめん!」
イアンが謝りながらグラスを2つ手に取り、ゴクゴクと一気に飲み干した。
……お風呂上がりで喉が乾いたのかな?
イアンは私の分を入れ直すと差し出してきて「ありがとう」と私はお礼を言って受け取る。
濃い色の赤ワインは香りも濃厚で、飲んでみると渋みが強く、ズシッとした重みのある味が口の中に広がった。グラウス王国では果実酒を飲んでいたし、甘口ワインが好きな私は、ゆっくりとテーブルの上に戻す。
イアンは私の隣に腰を下ろして、座る時に勢いがよかったからか、ギシっ…とベッドの軋む音が鳴った。
「……あ、あのね、ちょうどイアンに相談があったんだ。ニルジール王国に着いてからなんだけど…私たちが向かう事は知らせてないし、フードを被ればバレないだろうけど、リゼ様が私の事を話してるから、国王陛下には挨拶に行くべきだよね。」
一気に畳み掛けるように話し終えると、イアンはポカン…とした表情で私を見つめていた。
相談したかったのは本当だし、緊張を紛らわすために口を動かしていないと……
「それで」
「ちょ、待て…ルミナス。」
再び喋ろうとしたら、言葉を遮られてしまった。
落ち着け…と言われた私は、頷いて深呼吸をする。
なぜかイアンも一緒に深呼吸していた。
……もしかして、イアンも緊張してるのかな?
そう思ったら、少し肩の力が抜けたような気がした。
「俺も国王陛下には、挨拶した方が良いと思っていた。アルの情報も欲しいし、もし市内で戦闘になった時に、騎士や兵士に邪魔されないようにしたい。」
イアンがテーブルの上に手を伸ばして、再びボトルと空になってる自分のグラスを手に取り、ワインを注ぐ。イアンの頭の中では、ニルジール王国内にアルがいて、自分が戦うことが確定事項のようだ。
「そういえば…ニルジール王国でアクア様達にお土産を買うのか?」
「うん! 商会がいくつもあるようだし、職人も多いってマドリアーヌ伯爵が話していたから、王都内で買い物するつもり!」
私が笑顔で答えると、イアンはフッと優しげな笑みを浮かべて、「一緒に見て回ろう。」と言ってくれた。リゼ様以外の2人には、どんな土産が良いか話をしたり、マナは花があれば飛んでいってしまいそうだと言って、笑い合う。
グラスに入っていた残りを飲み干したイアンが「明日も早いし……そろそろ…寝るか……」と、たどたどしい声で言って、ドキッと私は胸が弾む。
イアンは腰に付けてるベルトを外して絨毯の上に無造作に置き、剣や小袋が音を立てた。それに気にした様子は無く、靴を脱ぐと躊躇なくベッドに上がる。
テーブルの上を見ると、ワインボトルは既に空になっていて、私は最初に飲んだ時以外は口を付けていない。度数が高そうな感じがしたけど、会話の合間にもゴクゴクとイアンは飲んでいて、短時間で一気に飲んで大丈夫かと心配になる。
……イアンって、お酒に強いのかな?
応接室でワインを出された時や食事の時も、喉を潤す程度にしか飲んでなかったような……
「ルミナスっ、ルミナスっ。」
弾んだ声が聞こえて顔を振り向かせると、イアンがベッドの上で胡座をかいて、普段はあまり見せない満面の笑顔で、私に向かって手招きしていた。
その笑顔に引き寄せられるようにして、私はベッドに上がってイアンの側に近づく。
すると…
正面からギュッと体を包み込むように、優しく抱きしめられた。
「………っ……!」
イアンから微かに薔薇の甘い香りがして、心臓の鼓動が速まる私に、耳元で「好きだ…」と囁かれる。
そのままイアンは私を離さなくて、好き、大好き、好き好き……と何度も耳元で囁いてきて、全身が溶けてしまいそうな気分になる。
「い、イアン―――ちょ、ちょっと待って…」
私の声に反応して、ゆっくりと体を離したイアンは、首を傾けながら「やだ…」と、弱々しい声で呟いた。金色の瞳を潤ませていて、まるで捨て猫みたいに見えた私は、キュンと胸が締め付けられる。
ゴクリと喉を鳴らせながら、風魔法で蝋燭の火を消すと、私は暗くなった室内でガウンを脱ぎ、絨毯の上に放り投げる。
「………っ……よ、よろしくお願いします!」
覚悟を決めて、イアンの胸に飛び込んだ。
次話 イアン視点になります。




