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ルミナスは、固まる

 

 使用人達が壁とソファの間の空いたスペースに、木箱を丁寧に絨毯の上に並べて置いていく。

 エクレアが見せたいものは、これだったのだろうか? 私が疑問に思っていると、木箱の蓋が次々に開けられた。


「国王陛下とシルベリア侯爵から、イアン王子とルミナス様への婚約祝いの品ですわ。」


「お父様達が……」


「……え? 俺にも!?」


 エクレアが穏やかな表情で話して、私は箱の中身を見て目を瞬かせる。イアンは自分への贈り物が予想外だったようで、驚いた声を上げた。

「そちらは、エクレアがいない間に私が商人から受け取った品々です。」伯爵の声が耳に入るけど、私は木箱から視線を外さなかった。


 それらは、木箱に入ってるから部分的にしか見れないけど、最高級の品であると一目で分かる。大きな箱の中には、肌触りの良さそうな純白の布が見えて、きっとドレスだろうと思った。いくつもある小さな箱には、靴や煌びやかな装飾品が入っている。まるで結婚式に着る時のような品々に、じわりと胸の中に熱いものがこみ上げてきた。


「わたくしの方で不備が無いか、確認してほしいとブライト様から頼まれていましたの。シルベリア領に赴く時に品物をお持ちしたかったのですが、間に合いませんでしたので…」


 けれど…とエクレアは言葉を続けて、「こうしてお渡し出来て良かったですわ。」と言って、薄く笑みを浮かべた。


「手にとってご覧になりますか?」


 伯爵が声をかけてきたけど、私は涙ぐみそうになるのを堪えながら、首を横に降って断る。

 なんだか触れるのすら、勿体無く思ってしまった。

 お父様がお母様の話をした時に、ファブール王国では王族は白色の服を着るのが、しきたりであった事を話してくれたから、きっと色はお父様が決めたのだろう。

 明日ここを発つ前に幌馬車に積み込んでもらう事にして、木箱は全て別の部屋で保管しておくことになった。使用人達が部屋を退室していく姿を視界の端に入れていると、エクレアが1人掛けのソファに腰を下ろしてカップが追加で置かれる。


 それからはマナはキャロルと花以外にも、普段何をして過ごしているか話し始めて、伯爵はイアンにグラウス王国の民達がどんな暮らしをしてるか尋ねていた。

 私はエクレアと夫人と、3人で石鹸の構想を練る。薔薇以外にもハーブやラベンダーも良いけど、人によっては、肌に合わないかもしれないと注意もしておく。今の私は平気だけど、前世では肌が弱かったから、体に使う物は気をつけて購入していた。


「ルミナス様…実はお願いがあるのですけど…」


 ふと、エクレアがチラチラと窓のある方を見ながら、遠慮がちに話しかけてきた。


「何かしら? 遠慮なく言ってちょうだい。わたくしに出来ないことは無くってよ。」


 友達からのお願い事なら、なんでも叶えたい。

 ランプの精になった気分で私が胸を張っていると……


「わたくし、あの時に入ったお風呂が忘れられませんの……。」


 エクレアは頰に手を当てながら、うっとりとした表情をする。茶色の瞳を潤ませて、ほぉ…っと軽く息を漏らしていた。色っぽく見えるエクレアに、私は内心ドキッとしてしまう。

 お兄様が目にしたら、エクレアに襲いかかってしまいそうだ。


「よしっ! 皆でお風呂に入ろう! 」


 思わず素で話してしまったけど、エクレアは特に気にした様子はなく「はい。」と満面の笑みを浮かべる。先ほど窓の方を気にしていたのは、陽の明かりを気にしていたようだ。

 外は茜色に染まり始めていた。

 夫人もキャロルも、エクレアからお風呂の話を聞いていたからなのか、興味津々で私とエクレアの会話を聞いている。


 夜の食事の後にお風呂に入る事になり、先に私がお風呂を作っておこうとしたら、一階の奥の部屋を空き部屋にしたそうで、エクレアが案内してくれる事になった。


 ……ふふふ。エクレアもお風呂の虜になったね。


 自分が好きな事を周りも好きになってくれる事に嬉しく思いながら、エクレアと2人で席を立とうとしたけど―――


「あ、あのっ…ルミナス様…」


 呼び止められた為、私は立ち上がっているキャロルに視線を向ける。


「お力を使う所を、見せていただいても…よろしいですか?」


 マナとは会話を重ねるうちにキャロルは笑顔を見せていたから、大分打ち解けたようだったけど…まだ私の前では緊張しているのか、ぎこちない感じがする。

 いいわよ。と私が即答すると、キャロルはありがとうございます。と言って頭を下げてきた。

 伯爵と夫人もキャロルに便乗して、結局みんな私のお風呂作りを見学することになった。



「それでは…始めますわ。」


 コホンと私は軽く咳払いして、扉に視線を向ける。

 全員で応接室から空き部屋に移動しきて、私1人が室内に入り、伯爵達が開けたままの扉の先から、顔を覗かせてこちらを見ている。

 キャロルが凄い真剣な眼差しを向けてくるから、なんだか緊張してしまう。


 ガランとした何も置かれてない室内を見回した私は、煉瓦造りの床に手をついて、シルベリア領に滞在した時と同じように魔法を行使する。

 壁には満開で咲いた薔薇の花をイメージして、大きさの様々な彫り込みをすると…後ろで、おぉっ!と歓声が聞こえてきた。薔薇への食いつきが半端ない。

 喜んでもらえるなら嬉しいな…と思いながら、私はお風呂場を完成させた。


「いかがですか?」


 私がくるりと振り返って伯爵達に向かって尋ねると


「とても素敵ですわ!」

「素晴らしいお力ですな!」


 室内に足を踏み入れたエクレアと伯爵が、声を揃えて絶賛してきた。



「……っ……一体、どのようにして……」


 キャロルは、しゃがんで滑らかにした床に恐る恐る手を伸ばすと、ブツブツと独り言を呟いていた。

 常識では考えられない事を目にして、驚きを隠せない様子だ。


「考えてもしょうがないよ。ルミナスさんは特別なんだから…」


 それでいいしょー。とニコニコとマナが軽い口調でキャロルに後ろから抱きついて、キャロルはビクッと肩を震わせて「ちょっ…マナ様!」あたふたして顔を真っ赤にしている。


 お風呂場内を一通り見た伯爵が、私の側に来てお礼をしたいと言われたけど、丁重に断った。城に泊めさせてもらうし、私がお風呂に入りたい気持ちが強かったから不要と思ったからだ。


 それから少しして、食事の用意が整いました。と使用人が知らせに来て、私たちは再び廊下を歩いて移動する。

 使用人達が私の魔法を目にしても、あまり動揺を見せない事に不思議に思ってエクレアに尋ねると、家族だけでなく使用人にもエクレアは、私の力の数々を話していたそうだ。使用人達の心の内はどうか分からないけど、事前に心構えはしていたのだろう。


 リヒト様に影から出てもらい、全員で席に着いて食事を堪能する。食事が運ばれてきた時に、まさか……と内心ドキドキしたけど、白パンに肉やスープとフルーツに、飲み物はワインで、食事には流石に薔薇を取り入れてはいなかった。


「……お湯に薔薇の花びらを浮かせて、入浴できたら贅沢ですわね。」


 ワインを飲みながら、この後入るお風呂の事を考えていたら、つい口から願望が出てしまった。

 隣に座るエクレアと楽しく会話した後に、女性陣が先にお風呂場に向かい、男性陣は後から入る事になった。


 ……使用人の皆さん、ごめんなさい。


 お風呂場に着くと、籠に沢山の薔薇の花びらが用意されていた。私の発言には、夫人もエクレアも賛同してくれていたけど、急いで使用人達がせっせと薔薇の花びらを準備してくれたようだ。

 既に日は暮れていて、城内は蝋燭(ろうそく)の明かりが灯されている。月明かりの下で薔薇を集めてくれたと思うと……居た堪れない気持ちになった。



「とても気持ちいいですわ…」


 エクレアが軽く息を吐き、夫人もエクレアの隣で満足そうな笑みを浮かべて、お風呂に浸かっている。

 私も使用人の手によって薔薇の石鹸で丁寧に体を磨かれると、ゆっくりとお風呂に浸った。

 お風呂に浮かんだ花びらを手ですくい、甘い香りにホッと息をつく。全身に香りが染み込んでいくようで、優雅な気分を味わった。


 マナは自分の体をさっさと洗って、キャロルの体を使用人と一緒に洗っている。

「マナ様、やめて下さい!」

 キャロルが抵抗するように声をあげるけど、獣人の力に抗うなんて人間には不可能だよ。なんだかマナはキャロルの胸を見ながら、同士を見つけたような眼差しを向けていた。


 お風呂から上がると、私は脱いだワンピースを洗浄魔法で綺麗にして、再び着ようと思っていたら、私とマナの分のシュミーズとガウンが既に用意されていた。せっかくなので借りることにして、皆の髪を一気に風魔法で乾かした後、エクレアが客室に案内してくれて………







「…… 私……1人……?」




 案内された客室の扉の前で佇む。

 私の声は廊下に虚しく消えていき、答える人は誰もいない。


 マナはエクレアと花の話をもっとすると言って、エクレアの部屋に今夜は泊まるようだ。それは良い。

 なら私も一緒に…と思って付いて行こうとしたら、エクレアに止められてしまった。

 長旅をして、さぞや寂しいでしょう…とエクレアに囁かれた後に、こちらの部屋で旅の疲れを癒してください。と笑顔で言われて、私が頭に疑問符を浮かべている間に、2人はさっさと行ってしまった。

 使用人の人は手燭(てしょく)を私に渡そうとして、飲み物を運びますかと聞かれたけど、全て不要だと断っている。


 ……なんだか仲間はずれされたみたいで、この方が寂しいよ……


 しゅんと肩を落としながら、とりあえず客室に入った私は、小さな火の玉を頭上に浮かせながらトボトボと歩く。


 室内には窓から月明かりが差し込んでいて、アーチ状の窓から空を見上げれば、今夜は満月だった。

 火の玉はいいや…と思った私は魔法を消して、壁に視線を移す。燭台(しょくだい)蝋燭(ろうそく)が三本立てられていて、室内を明るく照らしていた。


 壁際に置かれたソファの肘掛けに、脱いだガウンを少し乱暴にかけると、意味もなくベッドにゴロゴロと転がる。



 ……まだ眠くない。



 暇を持て余した私は仰向けになってボーっと、ベッドの天蓋(てんがい)を眺めていると……













 不意に、扉の開く音が耳に入った。









「マナ? もしかして2人とも…………」




 2人がこちらに来たのかと思って、勢いよく起き上がった私は……予想外の人物の姿に固まった。


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