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混乱する者達

 


 数ヶ月前



 ニルジール王国 王都


 アーチ状の大きな窓から入る、明るい陽の光が執務室内を照らすなか、アンティーク調の椅子に座る王は、オスクリタ王国とサンカレアス王国の動きに疑念を抱いていた。

 王の目の前には、光沢のある机の上に2枚の羊皮紙が広げられていて、どちらもサンカレアス王国から届いたものである。



「…国王陛下、如何(いかが)いたしますか?」


 王の正面に立ちながら恐る恐る声をかけたのは、この国の宰相。王は唸るような声を出しながら、宰相に騎士団と兵を、そのまま待機しておくよう命じて下がらせた。


「…我等はどうするべきか…」


 眉をひそめながら羊皮紙を手に取りザッと見返した王は、ハラリと机の上に投げ戻す。


 1枚は、サンカレアス王国レギオン王からのルミナス嬢の捜索願。

 門番に不審人物の侵入に気をつける事と、荷台に乗る人物の確認を徹底するよう通達済みである。


 その後に届いたもう1枚は、サンカレアス王国ジルニア第一王子からだ。

 内容を要約すると、ルミナス嬢がグラウス王国に囚われの身となっており、オスクリタ王国と協力して兵と騎士を動かし救出に向かうとの事だった。


 王は両肘をテーブルの上に乗せて、指を組みながら室内で1人、ハァ…とため息を吐く。

 緑色の長い髪が前に流れたのを払わずに、眉間にグッと指の腹を押し当てて項垂れた。


 ハウベルト・フウ・ニルジール王

 40代半ばの王は、争いごとを好まない平和主義者であり、サンカレアス王国とは長い間良好な関係を続けている。ジルニア王子がレギオン王の代理として動いていると知った王は、すぐに騎士や兵達へと通達して、いつでも加勢に向かわせる準備を整えていた。


『 静観していただきたい 』


 ジルニア王子からの(ふみ)に綴られた言葉に、既に争いは始まっている頃だろうと思いながら、王は内心ホッとしていた。自国の安全が第一と考えていたためだ。


 ……ルミナス嬢1人の為に、何故二国が兵を差し向ける事態になってしまったのだ……


 200年前の争いの歴史を再び繰り返してしまうのかと、救出の為とはいえハウベルト王からしたら、グラウス王国に兵を向ける事は、正気の沙汰とは思えなかった。


 ……平和的に解決する事は、出来なかったのだろうか。


 王は思考に耽りながら、再び深いため息を吐く。

 そう考えてはいても、自分自身だけでなく民達の胸の中では、獣人に対する恐れを払拭(ふっしょく)できずにいた。


 数年前に商会の会長が、単身で1人グラウス王国に向かったのを王が知ったのは、会長が変わり果てた姿で帰ってきた後だった。護衛は会長に国境付近の湖で待つように言われて、暫くした後に獣人に連れられてきた会長は、頰が腫れ上がり喋る事が出来ずに、出血も酷く、帰国した頃には帰らぬ人となった。

 王は何があったか護衛の者に問いただしたが、獣人に『二度と国に近づくな。次は容赦なく排除する。』と一方的に告げられたと聞いたのみで、グラウス王国で何があったか、誰も詳しい事を知らずにいた。

 会長の妻は心労で倒れ、会長の息子は別の商会に移り、経営が危ぶまれた商会は別の商会に吸収されることになった。


 商人達の間で噂が広がり、グラウス王国に近づこうとする者はいなくなり、王は外交官を一度グラウス王国に送ったが、町の手前の村で追い返されてしまっている。



 コンコン…


 控えめに扉を叩く音と、見知った人物の訪れを告げる声に、王は頭を上げて扉へと真っ直ぐに視線を向けると、入室の許可を出す。


「陛下、私は今すぐにでもサンカレアス王国に向かおうと考えております。」


「…お前自らが赴くのか?」


 王の正面に立つ青年が「はい。」と答えて、意志の強い緑色の瞳で王を見据える。

 しかし、王は首を立てに振ることはしなかった。

 争いが既に始まっているなら、人間全てを敵とみなした獣人達の刃が、我が国にも向けられる可能性もある。息子を自国内に留めておきたかったからだ。


 アンジェロ・フウ・ニルジール 第二王子

 側妃の子である18歳のアンジェロは、静観の態度を崩さない王に、心の中で不満を抱いていた。

 他国に赴いていた商人達は続々と帰国してきており、商人達が見聞きした情報も、城に届き始めている。今からでもサンカレアス王国に赴き、争いを止めさせる事は出来ないかと、アンジェロは考えていた。


 王とアンジェロが執務室内で話し合いを続けていると、グラウス王国との国境寄りにある都市から、空の異変を見たと、早馬で城へと報告が入る。

 念のため周辺の村人達を都市内に避難させ、塔の上に見張りを増やし、警戒態勢を取らせた矢先の出来事だった。


 都市とグラウス王国との間は山が無く、平地な為に距離が離れていても、異変に気付く事が出来たのだ。


「 急に暗い雲が現れたように見えた後に、光に弾かれたように、再び明るくなったそうです……」


 早馬で伝えにきた兵士は、見張り番の言葉をそのまま伝えたが、王とアンジェロを前にして跪いたまま体を僅かに震わせていた。目にした異変は必ず城に伝えるように言われていた為、兵士は意味の分からない見張り番の言葉に疑問に思いながらも、急ぎ知らせに来ていたのだ。

 改めて言葉に出してみると、見張り番の見間違いでは…報告は不要だったのでは…と頭の中で兵士はグルグルと同じ事を考えていた。


「なんだ、それは…? 見張り番の目が曇っていたのではないか…?」


 眉をひそめるアンジェロの低い声に、兵士は跪いたままビクリと肩を揺らす。しかし、王だけは別の事を考えており、王は兵士に労いの言葉をかけると、執務室から退室させた。


 ……まさか、いや、しかし……


 王は自身の左手に嵌めた指輪をジッと見つめながら、先王から伝え聞いている事を思い出す。

 争いは終結までに早くとも数日はかかり、救出が上手くいかずに長引けば、数週間はかかると予測していた王であったが、魔法という脅威的な力が頭の中に浮かんでブルリと体を身震いさせた。


「……もし、そうなら……一体、どこの王が馬鹿な事をしでかしたのだ…」


 頭を抱えて項垂れた王が、ブツブツと独り言を呟き、アンジェロは王の様子に目を見開かせて、「ち、父上…」と思わず素の声を零す。


 王がどう動くべきか頭を悩ませているこの時、既に争いは終結し、翌日を迎えていると知らずにいた………



 そして、突如としてソレは訪れる。



【 ちょっと用があるから、そっちに行くわね。】


 指輪から発せられた声にアンジェロは室内を見回し、王はヒッ…! と声を出して、椅子をガタリと揺らした。



 光の入り口が現れる



 アンジェロはその光景に呆然と立ち尽くし、慌てて王はアンジェロの隣に移動して、跪くように促した。


「お、お祖母様…?」


 アンジェロの呟きは入り口から出てきたリゼの耳に入り、ゴオッ! と一瞬つむじ風が室内に吹き荒れる。体を崩した王とアンジェロの前にリゼが歩み寄ると、緑色の髪を後ろに流して「……殺すわよ。」と不機嫌な顔をしながら2人を睨んだ。


「ま、魔人様…ッ! 申し訳ございません!!」


 王が取り乱しながら、額を床に擦り付ける勢いで頭を下げる。アンジェロは理解が追いつかないまま、王の手によって頭を床に押さえつけられていた。

 扉の前に立つ衛兵達が室内に入ろうとしたが、王が「決して中に入るなッ!!」と怒声を上げて、扉を閉めさせる。

 王もリゼと顔を合わせるのは今回が初めてであり、アンジェロの『お祖母様』の言葉に、心の中では同意していた。肖像画が城内に飾らせているが、王の母親とリゼは、顔が瓜二つだったからだ。


「ふふ…まぁ、いいわ。今は機嫌が良いから、私を年寄り扱いした事は許してあげる。」


 リゼは勘違いをしていたが、王は訂正するような事は言わずに「寛大なるお心に感謝致します…ッ!」とお礼を述べて、安堵の息をつく。


 魔人の恐ろしさを王は伝え聞いていた為、機嫌を損ねないよう発言に気をつけなければと考えた王は、背中に冷たい汗を掻く。

 アンジェロは何も知らない為に混乱していたが、父親である王に指示されるままに、倒れたソファやテーブルを2人で元に戻して、リゼがソファに腰を下ろした。


「指輪を回収しに来たわ。」


 リゼは淡々と告げると、王は震える手で指輪を外し、リゼへと手渡す。


 ……何故、突然………なぜ……


 キリキリと胃が痛みだしながらも、王は意を決して口を開く。


「……今、グラウス王国で争いが起こっております。他の王が、魔法を使用したから…っ…回収なされるのですか…?」


 自分だけではなく、他の王も同じように魔人様に指輪を渡しているのだろうかと考えながら、王は乾いた声でリゼに尋ねた。


「争い? もうとっくに終わってるわよ。」


 リゼの言葉に王とアンジェロの2人は、跪いたまま目を丸くさせる。「……そうだわ。折角来たのだから…釘を刺しておきましょう。」とリゼが、足を組みながら妖艶に微笑む姿を視界に入れて、2人は体を強張らせた。




 リゼは王族全員をこの場に集めさせる。

 そして忠告をすると、用意されたお菓子を1人で完食して、光の中へと消えていった。




「―――ッ詳しく説明して下さいッ!!」

「国王陛下ッ! 一体あの人は何者なんですか!?」

「国を、滅ぼす……ヒイィッ…! 怖いよぉ…!」

「落ち着いて下さい、兄上。…父上、知ってる事を全て、お話下さい。」


 第一王子は眉間に皺を寄せながら声を荒げ――

 第二王子は王に詰め寄り――

 第三王子は頭を抱えて(うずくま)り、ガタガタと全身を震わす――

 第四王子は兄を宥めながら冷静に物事を考え、冷たい眼差しを王に向けた――


 妃や王女達は呆然としたまま動かず、退位する時に新王にのみ伝えようと考えていた王は、何も知らない王子達から質問責めに合う。

 混乱する執務内で王は胃が再びキリキリと痛むのに耐えながら、リゼからの言葉を民達に伝えるべく動き出した。

次話も、ニルジール王国側の話になります。

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