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数週間後

 


「エクレアさんの家族が住む場所には薔薇(ばら)の庭園があって、庭師の人と一緒にエクレアさんも手入れをしてるそうですよ!」


 マナ楽しみですっ! とニコニコ笑うマナは、すっかり花の(とりこ)になっていた。エクレアと2人きりの時に色々聞いていたようで、私の知らない事を教えてくれる。

 御者台に座るイアンが「人間の伴侶探しは一体どうしたんだよ…」と前を向いたまま、呆れるような声で言うと、「マナは今、恋より花なのっ!」と反発するような口調で返して、イアンに向けてベーッと舌を出している。


 その様子をマナの隣に座って見ていた私は、ハハっ…と苦笑いを浮かべた。結局マナはシルベリア領で誰かに恋する事は無かった。旅の間にマナと色々話したけど、見るもの全てが新鮮で恋どころじゃなかったそうだ。ピーターは? 護衛をしていたダルやマイクは? と私が聞いてみたけど、マナは首を横に振っていた。



 お父様達に見送られた日から数週間が経ち、そろそろマドリアーヌ領に入る頃だろう。



 馬車の旅は何事もなく順調で、整備された道を通ったり、イアンが町や都市の城壁を視認すると、馬車は道から逸れて回り道しながら、ゆっくりと進んでいた。当初の予定通りマドリアーヌ領までは、どこにも立ち寄る事はせずに日が暮れる前に馬車を人目がつかない場所で停めて、グラウス王国からシルベリア領へと向かった時と同じように、私が魔法で作り出した小屋で寝泊まりした。


 食料は無くなっても魔法で作物を作り、スープなどにして済ませてるし、飲み水の確保も問題ない。


 ……そうそう盗賊が現れることもないか…。


 夜中に襲撃されるような事態もなく、移動中私はイアンの隣に座ったり、車内に移動してマナとお喋りしたりしていた。リヒト様は影から出て車内に座ってジッとしている。

 整備された道は馬車2台ほどが通れる道幅で、たまに馬に乗って鎧を着た人達とすれ違う事があった。兵士か騎士が見回りをしているのかもしれない。



「……ルミナス、城壁が見えてきた。」


 あれがそうだろうか? とイアンが質問してきて、私は車内から、御者台の方に移動して隣に座った。

 都市や町に近づくと道を行き交う馬車も増えてくるし、シルベリア領でもそうだったけど都市の城壁の付近には村々が点在してあった。

 城壁の近くに村が多いのは、きっと何かあった場合に壁の中へ逃げ込めるようにするためだろう。

 グラウス王国でも、シルベリア領で立ち寄った時も、村は柵があるくらいで防御が薄いと感じた。


 イアンに馬車を止めてもらい、すれ違う荷馬車に乗る人に尋ねて、マドリアーヌ領の都市だと確認した私たちは城壁に向かって馬車を進めた。


 念のためイアンとマナの2人は旅の間、薄手の茶色のマントを羽織っていたけど、エクレアにはニルジール王国に向かう前に立ち寄ると話してあるし、フードを被る必要は無いだろう。


 ……お父様から受け取った許可証もあるしね。


 お金はイアンに引き続き管理してもらって、私のベルトから下げた袋には許可証を入れておいた。

 袋をそっとひと撫でした私は、真っ直ぐに前を見据える。お兄様からマドリアーヌ領について事前に教えてもらったけど、都市の規模はシルベリア領より少し小さいくらいで、ニルジール王国へと行き来する人々は、大抵この都市を通るそうだ。


 城壁に近づいてくると馬車の長い列が見えて、少しげんなりする気持ちになった。マナも同様だったようで、御者台の背もたれを掴んだまま顔を出し「うぇ〜っ…」と声を漏らす。並んでいた馬車は殆どが幌馬車で、護衛であろう馬に乗っている人の数も多いから、きっと御者台に乗る人はダイス会長のような商人だろう。


 これは都市に入るまでに、かなりかかるかな…


 そう思いながら順番待ちをしている、馬車の最後尾に私たちが乗る馬車を並ばせようとしたけど、御者台に座る私たちを目にした人達がざわつきだして「お先にどうぞ」「お通り下さい」と次々に道を譲られて、あっという間に門が見えてきた。


「……なんでだ?」

「……さぁ…?」


 私は被っていた麦わら帽子を外すと、隣のイアンと顔を見合わせて、お互いに頭に疑問符を浮かべる。

 前回順番待ちをして都市に入った時と違うのは、御者台に座るイアンがフードを被らずに、猫耳を露わにしていることだけだ。


 ……獣人だから?


 写真なんて無い世界で、御者台に人間と獣人が並んで座っているのを見て、果たして名乗りも上げずに皆がルミナスとイアン王子だ!…と気づくのだろうか。

 私の髪色が変わった事を知っている人はサンカレアス王国内でそれほど多くは無いし、ニルジール王国だと尚更だ。国王陛下が、獣人優先なんて制度を作ったなら別だけど、流石にそんな制度を設けてはいないだろう。


 私が思考に耽っていると、「……『白き乙女』って周りが囁いているが…ルミナスの事、だよな?」とイアンが、横目でチラチラ私を見てきて、不穏なワードを耳にした私は固まってしまう。


 ………私の髪が白だと噂が広がったのかな。

 それなら気づかれても仕方ない。別に髪色を隠すつもりは無かったし……誰だろう…『白き乙女』なんて言い出した人は……


 とりあえず門の前まで来たので私とイアンは門番の人と話をする事にした。質疑応答があると思っていたけど……


 門番の人が2人、私とイアンの姿を見てパァッと表情を明るくさせて、まるで私たちの訪れを心待ちにしていたかのような顔をする。


 ……エクレアが門番の人達に、私たちの訪れを告げているのは予想がついたけど……


 容姿や幌馬車に乗っている事を、伝えていたのかもしれない。門番の1人が「こちらでお待ちください!」と弾んだ声を上げて、私たちの馬車は他の馬車の行き来の邪魔にならないように、門の端に寄せられた。


 他の馬車が門を通過して行くのをボーっと私が眺めていると「お待たせ致しました! どうぞお通り下さい!」と声をかけられて、門を抜けて都市内に入り………










「「 わああああああああっ! 」」と、歓声が上がる。



 私は突然の声と、目の前に広がる光景にギョッとして、イアンは思わずといった様子で馬車を止めた。


 市内は2台ほどが通れる道幅で、煉瓦造りの三階建ての建物が道の両側にズラリと建ち並んでおり、建物と道の間は、人で溢れていた。

 建物の窓から何かを上から投げている人の姿や、道の両端に立つ人は籠を持ち、手から投げ入れられた何かが、中空を舞う。

 ひらひらと風にのって地面へと吸い込まれるように落ちる様子を見て、花びらだと気づいた。

 まるで雪を降らせているように、陽のあたる道が徐々に花びらで埋め尽くされていく。


「ルミナス様ーーっ!」 「イアン王子ーーっ!」


 口々に私とイアンの名前が呼ばれていて、まるでパレードのようだと思いながら、カァ…と顔が熱くなる。ここまで注目の的になるとは考えていなかった。


 都市全体で歓迎ムードなのは、有難いし、嬉しい。


 けど………


 なんか、照れ臭いっ!!




「と、とりあえず…エクレアさんの所に行こうか…。」


「う、うん…。」


 イアンも動揺しているようで、一先ず馬車を進めさせる。馬が花びらを踏み前へと進む中、後ろでマナが「全部花びら!? 綺麗っ!!」と、はしゃぐ声が聞こえるけど……今は無視する。



「な、なんか皆が手を振ってるぞ?」


 振り返した方が良いのか? と、声を潜めてイアンが聞いてきて、私も実際どうしたら良いか分からないずオロオロする。テレビでこんなシーンを見たことあるけど、確かゆっくりと左右に手を振り返していたし、歓迎してくれてるなら笑顔で応えた方が良いと思った私は「イアンは手綱を握っているし、前だけ見ていて。私が手を振り返すから…」と小声で言うと、イアンが真剣な表情で頷いた。


 ……これだけの花びらを用意するのは大変だったよね……。


 門を抜ける前に待たされたのは、市内の住民達に私たちの訪れを告げに行っていたのかもしれない。


 いつ私たちが到着するか分からないのに……

 そう思うと、胸の中で嬉しい気持ちが込み上げてきた私は、心からの笑顔で手を振り返す。



 すると歓声がワッ! と大きくなり、エクレアが住む居城までの道のりは、ずっと歓迎ムードが続いて、私は左右に顔の向きを変えながら、皆の声に応えようと手を振り返し続けた。

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