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ルミナスは、見送られる

 


 城に戻ってきて執務室のソファに再び座った後、お父様はゆっくりと……お母様との出会いと、ファブール王国が滅びた経緯を話し聞かせてくれた。




「………っ……そんな…ことが………」


 重い口を開いてやっと出た私の声は、消え入りそうな程に小さかった。

 前に座るお兄様の表情は、俯き気味で暗く見える。

 お兄様はお母様の姿を殆ど覚えてはいなく、私が産まれてからお母様の話を聞くのは、これが初めてだったそうだ。


 ……国が滅びたのは、お母様が魔法を使おうとしたからだったんだ……


 原因は分からないけど、魔法を行使した時に怒りの感情が強く影響を受けたのかもしれない。

 私も光の膨大な魔力を上手く使えてなかったし、魔法に関する知識の乏しいお母様なら尚更だろう。


「…ファブール王国には…本当に1人も民は残っていないのですか? あれから30年の歳月が経っていますし、誰か住んでいる可能性もあります。」


 お兄様が横に顔を向けて質問するけど、お父様はゆっくりと首を振り、口を開いた。


「私は直接赴く事は無かったが、数年前に1度だけファブール王国に国王陛下の了承も得て、内密に調査を頼んでいる。元々ファブール王国との国境付近には、村や町も無く、足を運ぶ者もいなかった。そして調査して来た者の話では……何も無かったそうだ。草も、木も、川も………」


 1度言葉を切ったお父様は軽く息を吐き、言葉を続ける。



「荒れた大地の先には、見渡す限り…砂地の地面が延々と広がっていたそうだ。水や食料の確保が出来ずにファブール王国全てを見ることは出来なかったそうだが、そのような土地に人が住んでるとは思えない。」


 お父様の言葉を聞いた私が頭に浮かんだのは、前世にテレビで見たこのある砂漠の光景だった。


「……お父様。わたくし達はニルジール王国の次に、ファブール王国のあった場所を見に行くつもりでした。……わたくしは、荒れた大地を蘇らせてこようと思います。」


 私のしようとしてる事は、意味のないことかもしれない。けれど…お母様の生まれ故郷を、そのままにしておくのは嫌だと思った。


「……可能…なのか…?」


 目を見開き、信じられないといった様子のお父様に対して、私はニコリと笑みを返す。


「まずは自分で行って現状を見て参ります。きっと大丈夫ですよ。……そうだ! 一面セラスチウムの花にしてきますね!」


 私が明るい声で答えると「それは…是非、目にしてみたいな。」と言って、お父様はフッと柔らかい笑みを浮かべた。



「フリージアに飲み物を頼んでくるよ。」


 お兄様が立ち上がって、廊下に出て行く。

 テーブルの上にはグラスが3つ置いてあるけど、中身は空になっていた。どうやら扉の近くにはフリージアやセドリックはいなかったようで、少ししてからお兄様が戻ってくる。


「ルミナス、イアン王子には既にアイリスとファブール王国の事は話してあるからな。」


「え? そうだったんですか…」


 お父様の言葉に私は目を丸くする。

 一体いつのまに…

 私がそう思っていると、扉を叩く音がしてフリージアが飲み物とお菓子を運んできた。いつでも持ってこれるように、準備をしていたのだろう。


「ダリウス様は、クッキーがお気に召したようですね。」


 フリージアがテーブルの上にクッキーが載っているお皿を置きながら話す。お父様が鋭い眼差しを向けていたけど、フリージアは素知らぬ顔でグラスにワインを注いでいた。


 ……お父様って甘いもの好きだったんだ。


 自分が型抜きして渡した時に少し緊張したけど、あげて良かった。甘いものが苦手な人もいると思ったけど、渡した人達は皆喜んでくれた。

 マナが渡した庭師のピーターは涙ぐんでたらしい。

 ピーターは独身のようで、他の使用人に『マナ様は可愛いらしい方です』と言ってた事をフリージアから教えてもらったし、マナも庭園によく顔を出すから2人はいい感じなんじゃ…と考えが浮かんでしまう。


 もし、マナがこのまま城に残りたいって言ったら…



 寂しいなぁ…。



 マナの明るさに今まで自分の心が救われていた事を思い出して感慨深い気持ちになりながら、私はクッキーを手に取りサクサクと食べ進める。


 クッキーは、なぜか全てハートマークだった。


 その後も私たちは会話を続けて、お母様の話やお父様の若い頃の話、お兄様は学園生活の話や、エクレアとの馴れ初め。私は(ふみ)では伝えきれなかったグラウス王国の暮らしについて……


 今まで話してこなかった事を、家族の事を、私は今日1日で沢山知る事が出来た。



「アイリスは自分のもつ力を恐れて、自責の念に囚われていた。ルミナスには…好きな事を自由にさせてやりたかったから…お前が今幸せなら…私にとってこれ以上の喜びはない。」


 夜の食事の前に部屋に1度戻る為、立ち上がった私にお父様が慈しむような視線を向ける。


「何かあれば、いつでも私や父上を頼るんだよ。私たちはルミナスをいつも想っているから。」


 お兄様が優しい口調で話す。



「……お父様…お兄様…ありがとうございます…。」


 胸がじんわりと温かい気持ちになって、私は涙ぐみそうになるのを堪えながら、執務室を後にする。



 ……私は、なんて幸せなんだろう。



 愛する人がいる。

 愛してくれる人達がいる。


 この世界で産まれた喜びを強く胸に感じながら、私は軽い足取りで自室へと向かって歩いた。



 ……………




 ………





 翌日


 夜早めに就寝したため、日が昇る前に目が覚めた私とマナは室内が暗い中、魔法を使って小さな火の玉を明かりにしながら着替えを済ませる。


 ふくらはぎまでの長さがある空色のワンピースに着替えた私は、長い髪を軽く手櫛で整えて後ろに流す。

 久しぶりのワンピースだ。

 フリージアやマーガレットに装飾品や、何着かドレスを持っていかないかと勧められたけど、丁重にお断りした。旅の間はワンピースの方が動きやすいし、ドレス姿は目立つと思ったからだ。


 朝日が窓から室内に差し込むと、私とマナは部屋を後にして城の外へと出る。

 幌馬車は既に用意されていて、私たちの見送りにお父様やお兄様だけじゃなく、使用人達も外に出てきた。クルトン料理長がパンを沢山焼いて持たせてくれて、ワインを樽ごとくれようとしたけど、あまり荷物を増やしたくなかったから遠慮して、ボトルを何本か受け取った。



「1週間ありがとう。みんなのお陰で快適に過ごせたわ。」


 フリージア、セドリック、マーガレット、ルカ、マイクとダルやメイド達が並んでいる前に立ち、私はお礼を述べた。


「道中お気をつけて下さいませ。またのお越しをお待ちしております。」


 キリッとした表情のフリージアが、使用人達を代表して挨拶すると、頭を下げて他の使用人達も一斉に深々と頭を下げてくる。「ええ。また頼みます。」と私は言って、薄く笑みを浮かべた。


「マナ様ーーッ!」


 中庭の方から走ってくる人影が見えて、私は目を見開く。「あっ! ピーター!」とマナが反応して、私は内心ドキドキしながら成り行きを見守った。ピーターは胸に花を抱えていて、息を切らしながら私たちの側まで来ると「る、ルミナス様…マナ様、どうぞ…お受け取り下さい。」と言って恐る恐る、花を私とマナに差し出してきた。


「ありがとう…」

「ありがとうございます!」


 私とマナはそれぞれお礼を言って花を受け取る。

 私はセラスチウム、マナは好きだと言っていたマリーゴールドの花が数本、茎が綺麗に切り揃えられていて、手で持ちやすいように下の方で一括りに紐で縛られていた。


「また来れたら、花を見せて下さいね〜。」


 明るい声でピーターに話しかけたマナは、ひらひらと軽く手を振って馬車の近くに立っているイアンの隣に戻っていく。ピーターは頭を下げると、他の使用人達と同じように列に並んで私たちを見送るようだ。


 ……あの様子だと、城に残る気は一切無さそう。


 ピーターをどう想っているか聞けずにいたけど、アッサリとしたマナの態度を見て、内心私はホッとしながら、お父様とお兄様の前に移動する。


「ドレス姿も綺麗だったけど、シンプルなワンピースも可愛らしいね。青空にある太陽のような、明るい笑みを見せてほしいな。」


 お兄様の言葉を聞いた私は満面の笑顔を返すと、お兄様は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 お兄様の隣へ視線を移すと、お父様が口を開く。


「…旅先で楽しい思い出を沢山、作ると良い。お前を縛るものなど、なにもないのだからな。」


 お父様が手に持っていた物を、私に差し出してくる。私は両手で持っていた花を片手に持ち直して、それを受け取った。


 それは羊皮紙を丸めて、中央部分が紐で縛られている。私が何だろう…と首をかしげていると……


「それは許可証だ。お前がニルジール王国に赴くと聞いてから、早馬を王都に走らせて先日帰ってきた。国王陛下とライアン王子…そして私のサインと、ルミナス・リト・ファブールの行く手を阻む者は、何者であろうと我々の敵となる……と、綴ってある。」


「…………!」


 お父様の心遣いに、嬉しさで言葉が出なくなる。

 感謝を、どう言葉にすれば良いのだろう…

 私は俯いてぐっと口を結んだ後に、意を決して顔を上げた。




「お父様…! ……っ……大好きです!!」



 目を丸くしている、お父様の胸に飛び込む。

 子供っぽいかもしれないけど、言葉に出して私の想いが伝わってほしいと思った。



 すると



 お父様は私を優しく、そっと包み込むように抱きしめてくれた。



「…ルミナスを抱くのは…赤子の時以来だな。お前はアイリスと私の……愛する娘であり……っ……私達の、誇りだ……ッ!」



 お父様は少し声を震わせて、私を強く抱きしめる。お兄様が私の頭を軽く撫でてくれて、くすぐったい気持ちになりながら、腕を解いたお父様から私は少しずつ離れて、イアンの隣に並び立った。



「……お世話になりました。」

「お世話になりましたーっ!」


 イアンとマナが軽く頭を下げて、お父様とお兄様、使用人達が皆が頭を下げ返す。



 澄み渡る青空の下、馬車がゆっくりと前へと進み出し、お父様達の温かい笑顔に見送られながら城を発ち……シルベリア侯爵領を後にした。


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