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ルミナスは、家族と過ごす

 


「お父様、お兄様。本日はわたくしの為に予定を空けてくださって、ありがとうございます。」


 起床して朝食と身支度を整えた後に執務室へ訪れた私は、ソファに腰を下ろしてテーブルを挟んで向かい合わせで座る、お父様とお兄様に向かって微笑みかける。


「構わん。もともと1日はルミナスと過ごすつもりだったからな。」


「父上は自分からルミナスに提案すべきか、ずっと迷ってたけどね。」


 お兄様は私に笑みを返して、お父様は気まずそうに顔を逸らした。眉間の皺を深めて口を結んでいる顔は、どこか照れているように見える。

 マナは城に大分慣れて1人でも行動出来るし、今日は庭で花の手入れを手伝うと言っていた。

 毎朝花を届けにくる庭師の男性の名前はピーター。

 私の部屋が華やかになるのは良いけど、花でいっぱいになってきた。マナが喜んでるから、そのままにしてるけど。イアンは中庭でリヒト様と鍛錬をするそうだ。お母様の事とファブール王国の事をお父様から話してもらう気でいたから、リヒト様にも聞いてもらおうと思ったけど『わたしは影に入らないから、家族と過ごすと良い。』と遠慮された。


 明日はいよいよ城を発つ日で、クッキーを手渡した時に私は、執務室にいたお父様とお兄様に1日家族で過ごしたいと事前にお願いをしていたのだ。



 ゼルバ騎士団長が城を発ち、それから今日まではのんびりと過ごしていた。クッキーを作ってからは、料理長がマフィンや蜂蜜入りのパンを焼いてくれたり、どれも美味しくて私は大満足だ。

 お菓子の種類が他に何があるか聞いたけど、焼き菓子メインだった。冷蔵庫が無いし砂糖も高級品みたいだから仕方ない。型抜きは今後も使用したいそうで、クルトン料理長が保管している。


「父上、広場に行きませんか? ルミナスが魔法で作った休憩所を、まだ父上は見ていませんよね。……そういえば、休憩所に何か名前を付けた方が良いかな?」


 ニコニコとお兄様が私に聞いてくる。


 ……私って、ネーミングセンス無いんだよなぁ…。


 悩んでいると、ひとまず3人で広場に行くことになった。マイクとダルが護衛に付き、ルカが御者をして私たちは馬車に乗り広場を目指す。

 ゆっくりと走る馬車の窓を開けると、外からの風が頬を撫でた。今日の私は淡い紫色のドレスを着ていて、お父様とお兄様の髪色に少し似ている。


 広場に行ったのは一度だけだったから、こうして家族で行ける事に嬉しく思った。



 ここ数日は晴れ晴れとした天気が続いて、私はイアンとマナと一緒に都市の城壁の上に登り、都市を見渡しながらグルリと一周してみたり、お兄様にニルジール王国までの道のりについて教えてもらったりした。

 壁を登る時に私は魔法を使い、イアンとマナは自国にいる時のように手足を使って登ったから、私の魔法とイアン達を見て壁の上で見張り番をしている人達が唖然としていたけど。




「……お父様。こちらが休憩所です。」


 広場に着くと、休憩所を最初に見に行った。

 馬車の中でお兄さんが名前の候補をいくつか挙げていたけど、ルミナスの休憩所、ルミナスの……とお兄様は私の名前を付けたがるから、結局名前は休憩所のままにした。


「ほぉ…お風呂もしっかりした作りだったが、これも頑丈に出来ているな。」


 お父様が休憩所の柱を軽く叩きながら、テーブルや椅子を1つ1つ、じっくりと見ている。

 私たちが来る前に、椅子に座って休む人の姿があったから、休憩所として利用されてる事に嬉しく思った。休憩所の前にある建物は、一階が酒場で二階が宿屋だそうだ。私たちが現れると建物から男性が出てきて深々と頭を下げてきた。お兄様がここの店主だと教えてくれた。店主は私が作った休憩所を見に来る人で、客が増えたと満面の笑みで話していた。




「今日は2人でお父さんの手伝いしてるんだね。」

「はいっ!」

「うんっ!」


 市に足を運ぶと、野菜を売りに来ている村長と子供達の姿を見つけて私は声をかけた。女の子が私に抱きついてこようとしたけど、人目が多いからか、村長に止められている。


「るみなすしゃまー! 猫だいじ、だいじしてるの〜。」


 女の子が上目遣いで私を見つめてキラキラした大きな瞳が、なんとも可愛らしい。私の名前も『るみなす』とちゃんと言えてるし、聞けばお兄ちゃんと一緒に練習したそうだ。

 可愛すぎる!! そして嬉しい!!

 ふにゃりと私は頰を緩めて、女の子の頭を撫で撫でする。今日はオクラが無かったので、別の野菜をお兄様が買って城に届けてもらうことにした。


 お父様と3人で市を見て回り、後ろからダルとマイクも付いて歩く。前見た時と同じような品物が並んでいたから特に買うものは無かったけど、お父様とお兄様は商人らしき人と話をしていた。

 休憩所で昼の食事をすることになり、パン屋と肉屋に行くと、前とは違って店主自らが接客していた。

 もしかしたらお父様がいるからかもしれない。

 お父様が、それぞれの店主と二、三言葉を交わした後に私たちは休憩所の椅子に腰を下ろした。


「ダル、パンを切ってもらえるかしら?」


 私が頼むと「お任せ下さい。」とダルがやる気に満ちた顔で答えた。


 ダルがパン屋に寄った時に、ナイフを持参していると言っていたので、私は人数分のパンとハムを購入している。横からパンを半分に切ってもらって、ハムを挟めばサンドイッチの完成だ。休憩所に来てから作ったから、なんだあれは? と周りが不思議に思って、前のように店に殺到することもないだろう。


「ルミナスが話していたホットドッグについて教えてあげたら、パン屋の息子と肉屋の娘が実現させようと頑張っているみたいだよ。」


 お兄様が食事の手を止めて話しかけてきた。


 自分も試しにソーセージを挟んで食べてみたら、とても食べづらかった…と前にお兄様から話を聞いていた私は、あれは本来のホットドッグではないのです!と…つい、言ってしまったのだ。私が思い描くホットドッグを教えたけど、どうやらそれをパン屋と肉屋にお兄様は伝えたみたい。


 ……もしかしたら、この世界でシルベリア領がホットドッグ発祥の地になるかもしれない。


 そう思いながら食事を済ませると、隣に座るお父様が「これも、いっぺんに食べれるから良いな…」と食べかけのサンドイッチを見ながら独り言を言っていた。将来的に、この広場でホットドッグとサンドイッチの出店や、他にも飲食店があれば良いな…と思いながら、私は氷入りの水を飲んで一息つく。


「お父様、お母様は広場に来た事がありましたか?」


 隣に顔を向けて質問すると、お父様は飲み終わったコップをテーブルの上に置きながら、首を左右に振った。


「…アイリスは城にいる事が多かった。侯爵夫人として何度かパーティーに出席したが…それだけだ。もっとアイリスには色々な場所を見せてやりたかったな…」


 お父様は眉尻を僅かに下げながら、どこか遠くを見るような眼差しをして言葉を続ける。


「ルミナスと、こうして共にいれる事に私は嬉しく思っている。幼い頃のお前は私を怖がっていたから、あまり近寄らないようにしてたしな…」


 フッと表情を緩めて私を見つめるお父様は手を私に伸ばしてきて……途中でピタリと止めた。


 手の位置的に私の頭を撫でようとしたみたいだけど、私はもう幼い子供ではないし、躊躇したのかもしれない。お兄様には抱っこされたり撫でられていた記憶はあるけど、お父様からはされた記憶はない。

 ルミナスが嫌がって逃げていたしね…。


「……幼い頃の事ですわ。」


 今は怖いだなんて微塵も思っていません。と言って、私はお父様の手のひらに、自ら頭をグリグリと押し付ける。いい歳してこんな事するのは少し恥ずかしいけど、明日から当分また会えなくなるし、お父様とスキンシップをしておこうと思った。




 すると……




 あははははっ…! と突然笑い声が聞こえて、驚いた私はお兄様に顔を向ける。珍しくお兄様が爆笑していた。周りにいるダルとマイク、遠巻きにこちらを見ていた広場にいる人たちも、足を止めている人がいる。


「ち、父上の…そんな顔、は、初めて見たよ…っ…父上はルミナスが可愛くて仕方ないから、嬉しかったんだね…。」


 はぁー…とお兄様は息を整えていて、私はお父様に視線を向けた。

 私の頭は既に離れているのに、お父様の手は石のように固まったまま動いてなくて、口を半開きに開けて呆けた顔をしている。お兄様が笑った事に対しても、怒っている様子はない。

 お父様の顔の前で私は手を左右に振りながら「お父様? 大丈夫ですか?」と声をかける。強面のお父様の顔が恥ずかしそうに赤らんで、上げていた手をゆっくりと口元に移動させるとゴホンッと咳払いをした。




「……戻るか…」



 視線を下げながら一言だけ呟くと、お父様が立ち上がる。ハッとしたように動きだしたマイクが、慌てて馬車と馬の用意に走り、お母様の事は城に戻ってから話を聞くことになった。



 移動中の馬車の中でお父様が、笑い過ぎだ…と言って腕を前で組みながら、お兄様をずっと睨んでいた。

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