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暗殺者は、冷静さを欠く

ルミナスがシルベリア領に滞在中の出来事になります。

 


 ニルジール王国


 叩きつける勢いで降る雨が、王都内の街路に張り巡らされている石畳の上を濡らしている。

 まだ日が暮れるのは先だが、この雨の中出歩く人影は疎らにしかいなく、茶色のマントを羽織り深くフードを被ったアルは、街路から入り組んだ路地へと足を踏み入れた。


 雨に濡れても気にした様子はなく、アルは迷いなく足を進めると、木造二階建ての樽と剣の絵看板が吊り下げられている酒場〈 木兎亭(みみずくてい) 〉の前で足を止める。

 軋んだ音を立てながら扉を開けて中に入ると、酒場内にいる男達の視線が一斉にアルへと注がれた。

 しかし、それも一瞬の事で卓を囲むようにして椅子に座る男達は、エールを飲みながら再び談笑し始めて、酒場内は相応の賑わいを見せている。


 酒場内は入ってすぐ右側にL字型のカウンターが設置されていて、奥にある厨房と繋がっている。この酒場では食事の提供もしていた。

 左側の空間には、いくつもの卓と椅子があり、20人ほどが座れるようになっている。

 アルは誰も座っていないカウンター席の中央まで歩み寄り、丸椅子に腰を下ろす。濡れたままのマントを羽織ったままで、ポタポタと飴色の床に水が落ちていた。


「……お前か…」


 カウンターに立つ無骨な中年男…この酒場の店主がギロリと睨みを効かせながら、自分の正面に腰を下ろしたアルに視線を向けた。


「…情報は?」


 アルが革袋をカウンターテーブルの上に置きながら問うと、それをすかさず手に取り中身を確認した店主は笑みを浮かべて、アルへと再び視線を向ける。


 酒場内が他の男達の声で騒がしい中、店主はアルへと情報を売った。



「……そうか。」


 一通り聞き終えたアルは、椅子から立ち上がり振り向くと、酒場内の様子が一変していることに気づく。

 いや、店主からの話を聞いてる途中から複数の物音と、不穏な空気を肌で感じてはいたのだ。


「払いの良い客は、誰だろうと大歓迎なんだがなぁ…。こいつ等はお前に用があるんだとよ。」


「………。」


 店主からの言葉に、アルは何も返さずに酒場内をジッと見回す。人数は15人ほど……先程まで楽しげに談笑していた雰囲気は一切無い。扉への道を塞ぐように並び立ち、片手には鞘から抜いた剣を持っていて、ギラギラとした眼差しをアルに向けていた。


「……お前等の殺しは依頼にない。そこをどけ。」


 アルが淡々と告げると、ギャハハハハハハハハと一斉に男達の笑い声が上がり、酒場内は異様な熱気を帯びている。この状況で何を馬鹿なことを…と、男達はアルに対して見下すような眼差しを向けていた。

 店主は情報屋をしていて、この酒場は傭兵の溜まり場にもなっている。

 もちろんアル自身も、この男達が傭兵なのは分かっている。それを知った上で酒場に訪れていたのだから。


「へへへ…騎士が血なまこになってテメェを探してるゼ。ここらで銀の目は珍しいからなァ…。」


 傭兵の男が一歩前に足を踏み出しながら、ジロジロとアルを舐め回すように見ながら、アルと向かい合うようにして立ち、剣を前に構える。


「あそこの会長等は口がうるせェし金払いも悪かったから、別に殺されても何とも思わねェがな。テメェの賞金が欲しくてよォ…生死は問わねェそうだ…」


 傭兵はニィと笑みを浮かべて言葉を続ける。


「…大人しくしてれば殺しはしねェよ。なぁ…アル 」



 傭兵がアルの名を口にした瞬間



 アルは瞬時に床を蹴り、素早い動きで傭兵の背後へと回り込む。アルの濡れているマントが水を払うかのように辺りに散った。低い態勢のアルが一瞬消えたように見えた傭兵は言葉を発する間も無く、アルに足払いをされてダァンッ!! と仰向けに倒れ、持っていた剣が床に落ちる。アルは傭兵の顔面を勢いよく踏みつけて、短いうめき声が傭兵の口から漏れた。



「薄汚い声で………オレの名を呼ぶな……」



 不快そうに顔をしかめたアルは、怒気を含んだ声を出しながら、倒れている傭兵の両手に自身の懐から取り出した暗器を投げ刺す。動こうとした傭兵はズキリと痛む手に、グあッ…! と短い悲鳴を上げて、血が傷口から手を伝って床を僅かに濡らす。


 アルは再び懐から暗器を取り出すと、しゃがんで倒れている傭兵の喉に、切っ先が当たる寸前でピタリと止めた。


「……お前を殺す依頼があれば喉を突き刺し……」


 フードを外したアルの、黒髪と口元を隠している顔が(あら)わとなり、冷たい声で言葉を続ける。



「声を出す暇もなく……死を与えてやる…。」

 


 傭兵はアルの、研ぎ澄まされた刃のように鋭い瞳を見てゾッとする。さながらアルは、確実に死を与える死神のようだった。


 他の男達がジリジリとアルに迫るが、顔をゆっくりと上げたアルと目が合った男達は、ビクリと肩を揺らして、アルの先程の素早い動きと、射抜くような視線に自然と後ずさりしそうになる。


「……あ〜…まぁ、落ち着けや。騎士にも兵士にも、お前がここに来た事は言ってねぇ…。傭兵に遅れを取らねぇなら、依頼を頼みたいと言ってた奴がいる…」


 店主の言葉を聞いたアルは立ち上がって、傭兵の手に刺さっている暗器を抜くと、血をマントで拭って懐にしまう。倒れていた傭兵が手の痛みに耐えるような声を上げながら、体をゆっくりと起こした。


 傭兵と店主がグルだったか分からないが、腕を試されていたと知りアルは不愉快になりながらも、『依頼』と聞いたからには店主から話を聞くことにしてカウンターの椅子に再び腰を下ろした。

 店主は手を払うような動きをして、酒場内にいる男達は鞘に剣を納めて怪我をした傭兵の側に寄り、布で傷口の止血をする。




 アルは店主から依頼についての話を聞くと、フードを深く被って酒場を後にした。雨が降り止まぬ外へと出る前に、傷を受けた傭兵が鼻息を荒くしながらアルを睨んでいたが、アルは一切関心を向けることはなく、足を進めた。


 ……あの酒場も利用出来なくなったな。


 表で活動するのは、もう限界か…と思いながら、軽く肩を落とす。名を呼ばれただけで冷静さを欠いた自分自身に、呆れを感じていた。


『 アル 』


 アルはルミナスの声を忘れられなかった。

 いや…忘れたくないのかもしれない。

 他の者に名を呼ばれると、いつもは冷静な筈の自分が感情的になってしまっていた。



「……ルミナス…」


 アルの呟きは、雨の音にかき消される。


 数ヶ月前に塔でルミナス達と相対して、アルは自分の顔と名が、サンカレアス王国内や他国に知らされる事は予測がついていた。自分が賞金首になっても、特に動揺や焦りを感じてはいなかった。隠れるように暮らす日々は、今までと変わらないと思っていたからだ。



 オレは暗殺者。金を払う依頼主の指示に従う。


 血に染まる両の手は、何者だろうと死を与えるためにある。






 オレは、光の下では決して生きることは出来ない。




 銀色の瞳が、闇の中へ溶け込むようにして路地の奥へと消えていった。

次話はルミナス視点になります。

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