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侍女と護衛は、密談する

 


 日が沈んだ夜に月明かりの下、侍女のマーガレットは仕事を終えて1人中庭を歩き、離れの建物を目指していた。

 休みなく働いていれば1日の疲れが顔に出てもおかしくないが、マーガレットの表情は明るく、ハンカチ程の大きさの布で、何かを包んでいる物を大事そうに両手で持っている。足取りもスキップしそうなくらい軽やかだった。


 離れは3階建ての石造りの建物で、城で働く者達が暮らしている。マーガレットは、いつもなら真っ直ぐに自室へ向かい着替えをして就寝するのだが……


 ひっそりと辺りが静まっているなか、離れの近くまで来ると建物の外に人影を見た気がしたマーガレットは、中には入らずに進路を変えた。


「……何をしてるのですか?」


「侍女殿…その、少し…素振りを…」


 ダルが剣の素振りをする手を止めないまま答えた。剣を振っているのは見れば分かる。マーガレットは質問の仕方が悪かったと思いながら、「…夜に素振りをするのはやめた方が良いと思います。休んでいる方の迷惑になりかねません。」と言ってダルに視線を向けた。ダルはピタリと振っていた剣を止めて、音を立てないように、慎重に剣を鞘に収めた。


 城からは流石に見えないが、離れの建物内は夏の暑さを凌ぐために、雨が降っている時以外は日中も夜も窓を全開にしている。気になる者もいるかもしれないとマーガレットは思ったのだ。


「そうですね…」


 申し訳ございません…と謝り、頭を下げてきたダルの姿にマーガレットは軽くため息を吐く。


「鍛錬するのは自由ですが、護衛任務中に動けなくなっては困ります。しっかりと休むことも大事ですよ。」


 マーガレットは丁寧ながらも鋭い声で言うと、正面に立つダルは気まずげに視線を彷徨わせて「自分の力不足を、この数日で実感しまして…」と沈んだ声で話した。

 ダルの『力不足 』と言った言葉にマーガレットは共感するものがあった。マーガレットも常日頃、母であるフリージアに比べて自分はまだまだ半人前であると思っていたからだ。


 マーガレットはキョロキョロと辺りを見回し、誰もいない事を確認すると、ダルに地面へ座るように促す。ダルは疑問に思いながらも草の上に正座して、向かい合わせでマーガレットも正座して座った。


「…… 特別に1つだけ差し上げましょう。」


「……?」


 マーガレットが声を落として両手に持つ包みを、ダルに見えるように前に出し、布をハラリと外す。


「心して聞くように…これはルミナス様のお手製クッキーです。」


「なっ…!」


 声をあげたダルに対し、すかさずマーガレットは「お静かに…他の者に知られます…」と控えめながらも若干低い声でダルに訴える。ダルはハッとした表情をしながら口を覆うように手を当てて「なんと…」と声を漏らした。


 まるで密談しているような雰囲気の2人は、視線をクッキーに固定する。


 クッキーは5枚。

 ハート、兎、猫の頭…と形は様々だ。


 ゼルバ騎士団長が城を発った後にルミナスはお菓子が食べたい発言をして、厨房でお菓子作りをしていた。むろん材料を混ぜたり焼いたりはクルトン料理長任せだ。『お手製』と言えるか怪しいが、ルミナスは魔法で木製のクッキー型を作った。

 型抜きが一般的に無く、丸形しか知らないクルトン料理長は驚き、マナとルミナスが2人で楽しげに型抜きする姿に、厨房内は和やかな空気に包まれた。


「ほ、本当によろしいのですか…?」


 兎の頭の形をしたクッキーを受け取ったダルが、恐縮そうに尋ねると、マーガレットは頷いて答える。

 クッキーを凝視しているダルの姿を見たマーガレットは「今すぐ食べなさい。マイクに見つかったら食べられてしまうわよ。」と真剣な表情で忠告した。

「くっ…そうですね……」

 ダルは眉尻を下げて、一生の宝にしたかった! と言わんばかりの顔をしながら、恐る恐る口に運んでパクリと食べた。


 ルミナスはクッキーを、厨房にいた料理長達と、ダリウスとブライト、セドリックとフリージア、そしてイアンとリヒトに少しずつ手渡した。ちなみにマナは庭師に花を見繕ってくれたお礼と言って、自分で型抜きした分のクッキーを手渡している。


 ……ルミナス様からのクッキー…大切に食べよう。


 マーガレットはそう思いながらクッキーを、再び布で包み大事に両手で持つ。ルミナスは自分の食べる分を減らして、マーガレットにも手渡したのだ。


『 いつも、ありがとう。』


 クッキーを差し出してきた時のルミナスの言葉と、はにかむ笑みを思い出し、マーガレットは内心嬉しくてたまらなかった。


「侍女殿? どうかされましたか…?」


 マーガレットが立ち上がろうとしないのを見て、ダルが不思議に思って声をかける。

 ダルはマーガレットの1つ年下の22歳で、この離れで住み始めて4年ほどになる。ブライトが学園を卒業して護衛の数を増やすために、腕の立つマイクとダルの2人が選ばれたのだ。マーガレットとダルが2人きりで話すのは、これが初めてだった。


「ルミナス様は、なんてお美しく…そして可愛らしい方なのでしょう…」


 マーガレットは頰に手を当てて、フゥ…と息を吐きながら独り言を呟く。別にダルに話しかけたわけでは無いが、ダルは同意するようにコクコクと頷いていた。

 以前は人を寄せ付けない雰囲気をもっていたルミナスに、マーガレットは萎縮していた。

 けれど、自分は使用人という立場であるから当然の事だと思っていたし、仕事は日々淡々とこなすものと考えていた。しかし…この数日ドレスの見立てを任せられたマーガレットは仕事にやりがいを感じ、充実感を得ていた。


 ……ルミナス様は味の好みも、服の好みも変わられていた。明日からドレスの色を控えめにしましょう。


 海色のドレスを一番気に入っていたルミナスの姿を、マーガレットは思い出す。数ヶ月の間にルミナスに何があったかマーガレットは知らないが、髪色が変わったのは事前にダリウスが使用人達に伝えてあったため動揺は無かった。ルミナスの魔法にもちろん驚いたが、以前は体型を気にして甘いものを決して口にしなかったのが、甘口のワインを望み、クッキーを欲している事にマーガレットも他の使用人達も驚いた。

 以前は残すのが当たり前だった食事も、ルミナスは毎食完食していて、クルトン料理長が内心とても喜んでいるが……



 マーガレットの心に強く残るのは『友達』という言葉。


 分を(わきま)える行動は慎むべきと自覚はしているマーガレットだったが、つい感情が表に出てしまいそうになっている。


「ルミナス様は、凛々しく…気高いお方です。」


 ダルもマーガレットのように、ルミナスの姿を思い出しながら小声で話す。ダルは幼い頃に馬車に()かれそうになった所を、見ず知らずの人に助けてもらった事があり、それを機に自分も誰かを助けるために強くなりと日々鍛錬を重ねてきた。

 ダル本人やマーガレットは知らないが、その時に重症を負って亡くなったのは、マーガレットの父でありフリージアの夫である。


 鍛錬ばかりで女性と関わることが一切無く独身のダルは、ルミナスを見た瞬間に胸を貫かれるような想いがした。もちろん本人は一目惚れしたと自覚はなく、イアンの婚約者であり身分の違うルミナスに手を出す気などカケラも思っていない。


 ダルは獣人の身体能力の高さとルミナスの魔法を目にして、護衛として力足らずな自分はもっと頑張らなければと思い、剣を振っていたのである。



「……ダル。(わたくし)はルミナス様と一緒にいられるのは城内のみで、広場であった事や盗賊たちを倒した話を詳しく知らないわ…だから……」


 立ち上がったマーガレットは、包んだクッキーを取り出し、少し迷いながらも…ダルに1枚差し出す。

 正座したまま息を呑むダルに対して、マーガレットは言葉を続ける。


「ルミナス様のご活躍を、(わたくし)に詳しく教えてほしいの。」


 声量は控えめだが、強い想いが込められていると感じたダルは、ゆっくりと立ち上がるとクッキーを受け取る。マーガレットはルミナスの事をもっと知りたいと思っていたが、それをフリージアやルミナス本人に聞くのは躊躇(ちゅうちょ)していた。しかし、目の前にルミナスの側で護衛をしているダルがいるのだから、チャンスだと思ったのだ。クッキーを渡したく無かったが、休む時間を僅かとはいえ削らせることになるのだから、何もせずには無理だろうとマーガレットは考えた。


 今夜は会話を切り上げて、翌日2人は寝る前に暫しの密談をすることになる。内容は終始ルミナスに関することだった。結局2人で話しているのを他の使用人に気づかれ、建物内で他の使用人達も交えて話をすることになるのだが……




 この事がキッカケで、仕事以外に会話が無かった使用人達に交流が生まれ、団結力が高まる事になるのは……まだ先の話になる。



 ちなみにダルがマーガレットから受け取ったのは、ハート型のクッキーで、その意味を2人は知らずにいた。

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