ルミナスは、散策する
「 ルミナスさん!? 」
「 ルミナス!? 」
ゴホゴホと私が口を手で押さえながら咳き込んでいると、マナとイアンの驚く声と「ルミナスっ! 医師を呼ぼうか!?」とお兄様の焦ったような声が聞こえて、私は首を横に振ってやめてもらう。
咳が止まらなくて周りを見る余裕が無い。
私の背中を誰かが優しく摩ってくれている。たどたどしい手つきが、なんとなくイアンじゃないかと思った。
……はぁ…苦しかった…。
私は口に当てていた手を避けると、深呼吸しながら顔をゆっくりと上げる。
「……大丈夫かい?」
「もう平気ですわ。……お二人の話を遮ってしまいましたね。」
ごめんなさい、お兄様。と私が謝ると「構わないよ。ルミナスが1番大事だからね。」とお兄様は優しい言葉をかけてくれた。
『リバーシ』と、私がグラウス王国で作ったリバーシ台が同じ物とは限らないし、例え同じ物だとしても、私は前世の記憶にある物を真似ただけで、この世界で発案した人がいるかもしれない。
グラウス王国にあるリバーシ台は1つだけで、アクア様が暇そうにしてたから、作ってみただけだ。
特に広めるつもりは無かったからログハウス内だけで使用されている。アクア様に渡した時に遊び方の説明だけして名前を付けていなかったから、イアンもリバーシ台を目にした事はあるけど『リバーシ』と同じ物かと疑問を抱くことはない。
私が落ち着いたからだろう。お兄様が「クレアとは、どんな会話をしたのかな?」とダイス会長に質問したので、私は2人の会話に耳を傾ける。
「…クレアさんに私は挨拶をして…商品を目に出来ませんでしたので、どんな物か尋ねたのですが『秘密です』と言われました。」
ダイス会長はどうやらリバーシがどんな物か知らないようだった。
……ぐぬぬ。秘密と言われると気になってしまう。
「噂を耳にしたのなら、商人の間でだけ話題になってるのかな?」とお兄様が質問を続けた。
「貴族様の間で先に話題となったようです。品薄の為に他の商会では取り扱っていないのかと、お抱えの商人で問われた者がいるようで、そこから商人の間で噂が広まりました。なんでもクレアさんは、今まで商人がやらなかった商品の売り込みかたをしたそうです。」
ダイス会長の話を聞いたお兄様は「へぇ…」と一言零して相槌を打つ。お兄様はクレアが何をしたか気になっているようだ。
「それで…商品については聞けませんでしたので、私はクレアさんに別の質問をしました。リバーシという商品の発案はクレアさんで、お抱え商人のいない貴族様の屋敷に直接商品を売り込みに行ったと聞いております。貴族様の不興を買えば即座に商会が潰されてしまいますから、そのような大それた行動をする商人は今までおりませんでした。」
ゲームでの設定では、クレアは父親だけで母親は確かいなかった。天涯孤独の身となって国外追放されても、常識破りな行動は変わらないみたいだ。
……発案者はクレアかぁ…。
「クレアさんは、よほど商品に自信があったのでしょう。まだお若いのに、その行動力と商売にかける情熱は私も見習わなければと思いました。」
なんだかダイス会長の藤色の瞳が、子供のようにキラキラして見えるのは私の気のせいかな。
クレアの事をさん付けして呼んでいるし、ダイス会長からしたらクレアはカリスマ的存在なのかもしれない。
「…ダイス会長。その商会の名を教えてほしいわ。」
「はい。マルシャン商会といいます。」
知りたかった事を質問すると、ダイス会長は和かな表情で答えた。私は商会の名を、しっかりと頭に刻み込んでおく。商品を見てみたい気はするけど、クレアと関わりたくないからやめておこう。
話の区切りが付くと、お兄様とダイス会長はニルジール王国への帰路について話し始めた。お兄様はもう1日泊まっても良いと提案していたけど、雨も止んだからダイス会長はすぐにでも城を発つようだ。
護衛を付けなくて大丈夫だろうか…と私が思っているとお兄様が兵を2人、既に手配してた。
ニルジール王国では商人が国を渡って行き来する時、護衛として傭兵を雇っているそうで、今回ダイス会長を護衛していたのも傭兵だと言っていた。
ニルジール王国に着いたら兵達に護衛代金を払うようで、2人がお金の話をし始めたから、私はイアンとマナと共に中庭に行くことにした。
「る、ルミナス様!? ど、ど、どうして、このような場所に…? 」
従者のルカは、栗色の目を見開いて私たちが現れた事に驚きのあまり吃っている。
「幌馬車はどこにあるかしら?」と私が尋ねると、ルカは手に持っていた小さな布を、地面の上に置いていたバケツの中に入れて「ご案内致します!」と張り切るような声を上げた。
ルカは雨で濡れた馬車を拭いて綺麗にしていたのかもしれない。近くには馬が何頭も繋がっている厩舎があり、馬の世話をしているのか、私たちに向かって頭を深々と下げている人達の姿がある。
応接室から出ると廊下にマーガレットがいたから、幌馬車のある場所を教えてもらった。馬車は厩舎の近くにあって、雨が止んだからルカがいる筈だと聞いてここに来たのだ。
マーガレットはルカを呼んでこようとしたけど、天気も良くなったし、少し中庭を散策して城内に戻るから大丈夫と告げて、私とイアンとマナ…影の中にリヒト様、4人で中庭に出た。
「こちらでございます。」
ルカに案内されて来た場所は、厩舎から歩いてすぐだった。石造りの小屋は両開きの大きな扉が付いている。馬車を通れるようにするためだろう。
ルカが扉を開けて私たちが中に入ると箱馬車2台と、ダイス会長の乗っていた幌馬車1台、私たちが乗ってきた幌馬車が横並びに停めてあった。
私は昨日魔法でボロボロにした幌馬車の側まで歩み寄り、無事な箇所の車体部分に手を付けて、魔法を行使する。盗賊達を出す為とはいえ、直しておこうと思ったからだ。
アクア様達が穴が開いたローブを直した事があったから、元の姿をイメージすれば良いと前に教わっていた。
イアンとマナは私の側にいて、元に戻った馬車を見ながら「ルミナスさん凄いです!」「流石だな…」と感心するような声を出していた。
サービスで幌馬車全体を洗浄魔法でピカピカにしておく。……うん、バッチリ。
「ルカ、終わったわ。」
ルカは扉の近くで私たちを待っていて、私が声をかけると「いえ、……あっ! も、申し訳ございません!」ルカが突然頭を下げて謝ってきたので不思議に思って私が歩み寄ると、ルカが後ずさりしながら私から距離を取ろうとする。
「どうかしたの?」
「……このような汚れた服で、ルミナス様の前に立ってしまいました……」
私が首をかしげると、ルカは恥ずかしそうにしながら、顔を逸らしてしまった。よく見れば赤茶色のチェニックとズボンは土や泥で汚れている。御者を務める時や普段は服装に気をつけているのだろう。
「気にする必要ないわ。貴方が一生懸命働いてくれている証じゃないの。」
私はルカに向けて手をかざし、洗浄魔法で全身を綺麗にしてあげる。ルカと目が合った私はニコリと微笑むと、ルカは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ルミナス…行こう。」
いつの間にかイアンが自分で扉を開けながら、ジッとこちらを見ていた。
「申し訳ございません! イアン王子!」
ハッとしたような顔をしたルカが、慌てて駆け寄り扉に手を当てている。
「ルカ、ご苦労様。…イアン、マナ、庭園を見に行こう。」
深々と頭を下げているルカに、労いの言葉をかけて外に出た私は、空を仰ぎながら足を進める。
雨上がりの空はいつもより青く、空気も澄んでいるように感じた。風が心地よくて、私は鼻歌を歌いたい気分になりながら庭園を目指す。




