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ルミナスは、噎せる

 


 ……帰らぬ人?……亡くなったの…?


 前会長と副会長の2人が亡くなったと知って、私は疑念を抱く。ダイス会長の言い方だと、捕らえられたり罪に問われた訳じゃなさそうだ。


「亡くなった理由を聞いても良いかな?」


 お兄様が眉尻を下げながら尋ねると、ダイス会長は言いづらそうにしながらも、再び口を開く。


「……私は会長を任された時に知ったのですが、前会長と副会長は王都内にある屋敷で…家族や使用人…屋敷内にいた者全てが、何者かの手にかかり殺されたそうです。」


「……殺した者は見つかっているのか?」


 イアンが質問するとダイス会長は「いいえ…」と首を横に振って答えた。




 室内がシン…と静まり返る。



 ……殺された? 口封じ…?


 そんな事があったなら、誰も会長を引き受けたくは無いだろう。屋敷内の全てを皆殺しとか…不穏すぎる。誰にも知られずにそれを成し遂げたなら、その人は…………



 まさか



 暗殺者のアルの姿が頭に浮かぶ。


 ライアン王子がグラウス王国に訪れた時に、アルの話題になった。モリエット男爵と屋敷内の全ての者を殺したのはアル個人の仕業か、塔に潜伏していた者達だろうとライアン王子は確信しているようで、私もそれには同意見だった。


 彼は未だに見つかっておらず、ニルジール王国の国王とオスクリタ王国の国王には、それぞれ文でその存在を知らせてあるとライアン王子は話していた。

 ダイス会長は知らないだけで、ニルジール王国内ではアルの行方を、ニルジール兵が(さが)しているかもしれない。


 ……ニルジール王国にいる可能性が高いなぁ…。


 お兄様達がグラスを手に取り、再び飲み物を口にするのが視界に入る中、私は俯いて軽く息を吐く。

 今この場で殺した犯人はアルです! と告げても、何の意味も無い。

 お父様とお兄様に私はアルの事を話していないけど、ライアン王子がアルの行方を捜す時に、国内の領主には知らせてあると言っていたから、今の話を聞いて察しはついているだろう。

 きっとイアンも……


 イアンに視線を向けると、凄く不機嫌そうな顔をしている。アイツ……次こそ……と、何やらブツブツと独り言を呟いていた。



「あっ…ルミナスさん! 雨止みましたよ〜!」


 マナの明るい声が聞こえて、「え…」と私は声を漏らす。向かい合わせで座っているお兄様とダイス会長の奥に視線を向けると、窓から明るい日の光が室内に差し込んでいた。考え事ばかりしていて、外の天気を気にしていなかった。「晴れてる方がマナは好きです。」と言ってニコニコ笑うマナの姿に、私の心も晴れたような気分になる。



「ルミナス。ニルジール王国に行く事に…変わりはないんだよな?」


「……っ…もちろん行くよ! イアンとリヒト様、マナが側にいてくれるし、もし敵意を向けて来る輩がいたら、私が盗賊達の時みたいに()らしめるからっ!!」


 私は決意を新たにしながら、胸の前で握りこぶしをつくり声を上げた。……不安に思う必要はない!

 ニルジール王国内で何が起こっているか、元会長達を殺したのがアルの場合、それを依頼した相手が誰なのか真相は分からないけど、もし私達に向かってくる者がいたら返り討ちにするまでだ。


「アルは俺が相手する。」


「マナは…えっと…力技でっ!」


 イアンはアルの仕業と思っているようだ。

 マナは胸の前で拳をつくり、シャドーボクシングのように前にパンチを繰り出している。

 マナは普段鍛錬してるわけじゃないけど、足も速いし力だって人間に比べれば強い。


 私が2人の姿を見て笑みを浮かべていると…


【わたしはルミナスに害をなす者を排除するまでだ。】


 リヒト様の心強い声が指輪から聞こえてきて、私は影を見ながらニコリと微笑む。これほど頼りになるボディーガードは、どの世界にもいないだろう。

 なんせ影の中にいるんだから相手に気づかれる事がないし、音も気配も無く影の中に引きずり込むんだから。


「ルミナス。とりあえず座ったら良いよ。」


 お兄様の落ち着いた声がして、立ったままでいる事に気付いた私は慌ててソファに座り直す。


「それでダイス会長…質問があるのですが…」


 よろしいかしら? と言って、私はダイス会長に視線を向ける。ダイス会長はコロコロと変わる私の態度に目を丸くしていた。


「は、はい。ルミナス様の質問に正直にお答えします。」


 軽く咳払いして答えたダイス会長は、少し緊張しているように見えた。

 ……もし答えられなくても氷漬けになんてしないよ。

 けれど、ダイス会長の私を見る目からは、恐れや怯えは感じられない事に素直に嬉しく思う。


「コメルサン商会で新たな事を始めようと旅をしているなら、自国内では何も見つける事が出来なかったのかしら?」


 話を聞いてニルジール王国内には商会が他にもあるのは分かったけど、旅をするほどのものだろうか?

 護衛を付けていたとしても、旅に危険はつきものだ。探せば自国内で商売になるキッカケは見つかりそうな気がするけど……


「ニルジール王国内には商会がいくつかございまして、その規模は様々です。商会ごとに取り扱っている物は違いまして、勝手にその商会が扱っている物に手を出す事は、商人の間で御法度とされています。」


 丁寧な口調で答えたダイス会長に、私は相槌を打つ。装飾品は身分の高い者が買い手になるから、国を渡り商売も繁盛したのだろう。

 食品類や家具類、日常的な物は手が出せなさそうだ。


「行商人をしていた頃は町から町へ物を売りに行ったり、農民が育てた作物を売りに行ったり…色々な人達と交流しながら、家族で過ごしていました。しかし突然…会長を任せられ店を持つ事になり、他の商会の所へ客は流れていくばかりで…」


 頭に被っていた帽子を取り、ジッと緑色の帽子を見つめて肩を落としている。


 その姿を見て私は、ダイス会長の被る帽子が、もしかしたら会長だけが被る、特別な物かもしれないと思った。シルベリア領では農民が市場に自分で売りに行っていたけど、商人を通して販売する事があるようだ。


「王都内にある小さな商会が、新しい事を始めて注目を集めておりまして、噂を聞いた私は店にも行ってみたのですが、あいにく商品は品薄で目にする事が叶いませんでした。」


「へぇ…。エクレアからは、その話題は聞いてなかったな。まだ王都内でしか出回っていないのかな?」


 お兄様が興味深そうに、ダイス会長に質問する。

 ダイス会長がお兄様に顔を向けて「そのようです。商会で働く若い女性と話をしましたが、とても商売上手な方でした。」と言って、薄く笑みを浮かべていた。ダイス会長は新しい事を始めた商会に触発されて、自分も…と行動を起こしたのかもしれない。

 ダイス会長の表情からは、焦りや悔しさが微塵も感じられなかった。


 お兄様が不意にハッとしたような顔をして「小さな商会……若い女性…」と顎に手を当てながら呟くような声で言って、何か考え事をし始める。



「……お兄様?」


 気になって声をかけると、お兄様はチラリと私に視線を向けて、手を下ろして軽くため息を吐いた。


「ルミナスに話すつもりはなかったんだけどね。ニルジール王国に行くなら、もしかしたら偶然会うことがあるかもしれないし……」


 お兄様はそこで言葉を切ると、私に向けていた視線をダイス会長に移して「その商会で働く若い女性の名を知っているかな?」と質問した。





「はい。その女性はクレアと名乗っておりました。」





 ヒロインっ! お前かーーーーーっ!!



 ………と、思わず叫びそうになったのを、口を固く結んでグッと堪える。


 そういえば国外追放になっていた。

 特に関心が無かったから気にしていなかったけど、クレアは愛嬌があって人当たりも良いから、売り子としては適任だし、クレアが店先に立っていたら、なんでも買ってあげたい気持ちになりそうだ。


「クレアって…確か…」


 イアンが思い出すような口調で、クレアの名を呟く。「クレア〜?」と言ってマナは、頭に疑問符を浮かべているようだ。マナにクレアの事を話してはいないから、知らないのは当然だ。



「お兄様はクレアがニルジール王国にいて、商会で働いていると知っていたのですか?」


「…うん。クレアには見張りが付いてて、クレアの行動はライアン王子の元に報告がいってるんだ。ライアン王子は、こちらにも情報を流してくれているんだよ。」


 お兄様は、私を真っ直ぐに見つめながら答えた。

 お父様には、ニルジール王国に行くと(ふみ)で事前に伝えていなかったし、クレアの事は私の耳に入れるつもりは無かったのだろう。


 けれど、クレアの事を今聞けて良かった。


 私は乾いた喉を潤すために、グラスを手に取って口に運ぶ。お兄様がダイス会長に、品薄という商品の事について聞いているようだったけど、私はクレアのいる商会の名を後で教えてもらって、ニルジール王国に行ったらそこには絶対に行かないで関わらないようにしようと思いながらゴクゴクとワインを飲み……











「 リバーシ といいます。」






 商品の名前を聞いた私は、盛大に()せた。


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